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瀬戸内海でもっとも大きな島  作者: 坂本光陽
メンタル

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若林というルーキー


 もし生まれかわれるとしたら、絶対にキャッチャーにはならない。キャッチャーというのは最もハードなポジションなのだ。左手は変形し、身体も傷だらけ、慢性的な腰痛にも苦しめられる。肉体的な苦痛だけではない。我儘なピッチャーをなだめすかしたり、首脳陣と選手の橋渡しをしたり、精神的な疲労も半端ではない。


 しかし、リトルリーグから大学野球までキャッチャーを務めてきたおかげで、弱小球団とはいえプロ野球選手になれたのだ。プラスマイナスゼロといったところだろう。わが淡路島パイレーツは万年最下位なのだが、俺が入団したかぎりはAクラスにしてみせる。


「えらそうなことを言いやがって。おまえは何様なんだ」という声が聞こえてきそうだ。遅ればせながら名乗らせてもらおう。俺の名前は岩郷建明(いわごうたてあき)。ドラフト5位でパイレーツに入団した23歳だ。キャッチングとバッティングには自信がある。


 弱者には弱者なりの戦い方がある。最も重要なポイントはメンタルだと思う。MLBヤンキースの黄金期を支えた、かつての名捕手ヨギ・ベラは言った。「野球の90%はメンタルだ」と。メンタルこそが、勝負を決めるのだ。精神的な弱さから自滅したりプレッシャーに押しつぶされたりした選手は数多い。素質とセンスにめぐまれた選手でも、メンタルが弱ければ力を発揮できずに消え去って行く。


 一打逆転サヨナラのピンチを迎えたマウンド、一打逆転サヨナラのチャンスで入った打席。そういった場面で普段通りの力を出しきることが、いかに難しいか。つまり、強靭なメンタルがあれば、肉体的なハンディキャップは跳ね返すことができる。半人前の選手であってもスター投手の球を打ち砕くことができる、ということだ。


 しかも、俺には頼もしい相棒がいる。同じルーキーの若林恭二だ。こいつは高卒なので、俺より4つ年下になる。もっとも、彼の第一印象は「並み以下の投手」だった。


 150キロ後半のストレートがあるわけでも、切れ味の素晴らしい変化球を投げるわけでもない。ストレートの球速は140キロ台だし、使いこなせる変化球はカーブだけである。華奢(きゃしゃ)な身体つきなので、スーツを着ていればサラリーマンと間違えられると思う。


 こいつはモノが違うと感じたのは、二軍の春季キャンプでのことだった。ブルペンで彼の球を実際に受けたとたん、若林の印象は180度変わったのだ。ルーキーらしからぬポーカーフェイス。右投げの理想的なピッチングファーム。そして、何よりも驚かされたのは、彼の特殊なストレートだった。


 この球には心の底から驚かされた。ひょっとしたら、パイレーツはとんでもない拾い物をしたのかもしれない。最速でも140キロ半ばにすぎないストレートだが、間違いなく大きな武器になるはずだった。


 若林の際立っているのは、それだけではない。彼はどんな時でも、自分の能力を100%出し切ることができるのだ。常に冷静沈着であり、状況判断は素早くて正確、プレーにも迷いがない。若林は強靭なメンタルをもっているのだ。


 若林のデビュー戦は、プロ野球ファンに鮮烈な印象を与えた。突発的な起用だったにも関わらず、新人らしからぬ落ち着きぶりで、普段通りのプレーをしてみせたのだ。


 いや、それだけではない。決して大袈裟ではなく、そのプレーによって弱小チームを変えたのだ。ダグアウトの暗い雰囲気を一掃し、開幕12連敗のチームをよみがえらせた、と言っても過言ではないだろう。


 パイレーツファンに向かって、今シーズンで最も熱狂した試合はどれか、訊いてみるといい。まちがいなく、4月10日のタイガース戦と答えるだろう。鳴門海峡を挟んだチーム同士の対戦のため、「海峡ダービー」と呼ばれている。


 若林の初登板があったのは、3連戦の第1戦だった。




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