大人の事情
叔父の家を訪ねたのは、一週間後のことだった。あちこちに問い合わせをしているので、レスポンスが出そろうまで時間がかかる。そう叔父から言われていたが、リサーチは思いのほかスムースに進んだらしい。
「結論から言わせてもらうと、大人の事情だったよ」と、叔父は切り出した。「【甘きバラよ、永遠なれ】ではなく、【甘き花よ、永遠なれ】だったこと。美幸さんは今わの際に、この台詞を吐いたのも、大人の事情が関わっとった」
「叔父様、くわしく話してくれるんでしょうね」
「もちろんや。我ながら冴えていたのは、『タイムリーパー・翔子』のプロデュ-サーやなく、シナリオライターに問い合わせたことやな。フリーランスの気安さが口を軽くさせていたし、本人も話したくて仕方がなかったのかもしれん。仮にS氏としておこか。彼は『タイムリーパー・翔子』のシナリオだけやなく、パイロット版のシナリオも書いとる」
「パイロット版?」
「広告代理店やスポンサーに見せるために、試験的に撮影を行うんや。アメリカの連続ドラマの企画が持ち上がったら、まずパイロット版をつくる。日本でも連続ドラマで新人監督や新人俳優を起用する際、試験的に単発ドラマを制作する。パイロット版なら、物語の重要なカットだけ撮影する場合もあるな」
「へぇ、そうなんや」
「『タイムリーパー・翔子』のパイロット版では、決め台詞が【甘きバラよ、永遠なれ】やったんや。けど、本番ではスポンサーの意向で、【甘き花よ、永遠なれ】に変わった。スポンサーのライバル企業にローズ製薬があるので、バラを出すのはやめてくれと言われたそうや」
「そんな理由で? バッカみたい」
「ローズ製薬はロゴマークやCMで、バラを重要なモチーフにしているからな。バカバカしいと思うだろうが、S氏いわく、ドラマ制作や広告の現場では日常茶飯事らしいで」
「まさに、大人の事情か」
「メグちゃんの思いつきも悪くなかったで。翔子役が美幸さんやないかという推理は、当たらずとも遠からず。パイロット版の翔子役が、若かりし頃の美幸さんやったんだ。もっとも本番では大手プロの新人さんが起用されて、美幸さんはお役御免。相当、悔しかったんやないかな」
「それも、大人の事情か」
「こうして聞かされてみれば、【甘き花よ、永遠なれ】に変更された理由はもちろん、美幸さんが今わの際に【甘きバラよ、永遠なれ】と言ったのも納得できるやろ。おそらく、朦朧とした意識の中で思ったんちゃうかな。ここではないどこかの時空に飛んでいきたいってな」
これで、美幸さんの力強い動機もクリア。おそらく、叔父の言う通りなのだろう。




