甘きバラ
叔父はコーヒーに口をつけてから、
「それは、遺言なんか?」
「ううん、遺言じゃないな。その人、入院していたんやけど、夢うつつの状態で、何度も口にしたんやって。その言葉の意味が、ご家族には全然わからなくて」
「夢うつつということは、意識が朦朧としているということやろ。そんな状態なら、意味不明で当然やと思うけどな」
「それはそうかもしれないけど」
「まぁ、ええか。夢うつつの状態で、その人、何て言ったんや?」
「【アマキバラヨ、エイエンナレ】」
「はぁ、アマキバラ? アキハバラじゃないよな」
「うん、アマキバラ。甘い薔薇って意味だと思うんやけど。今、秋葉原っていったよね。叔父様、【秋葉原よ、永遠なれ】なら、心当たりがあんの?」
「いや、心当たりはないけど、何となく画が浮かぶな。オタクたちが駅前広場に集結して、旗を振るアイドルに導かれている画が。ほら、ドラクロアの代表作みたいに」
「ドラクロアって誰? 代表作?」
「一九世紀フランスの画家,ウジェーヌ・ドラクロワや。代表作のタイトルは確か、『民衆を導く自由の女神』。フランス七月革命をモチーフにした有名な絵やで」
「本当に有名なんか?」
スマホで検索をかけたら、すぐに出た。なるほど、美術にうとい私でも見覚えがある。ただ、肝心の内容から随分それている。とりあえず、話を戻そう。
私はチラシの裏に、【甘きバラよ、永遠なれ】と書いた。
「たぶん、こうやね。叔父様の第一印象はどう?」
「ざっくりした印象やけど、時代がかった決め台詞かな。昔の映画とかアニメで使われたような雰囲気に近い」
「決め台詞?」
「【甘きバラよ、永遠なれ】。切れ味の良い語感からして、そんな感じやないか。怪獣ブームやアニメブームの後、80年以降の雰囲気か」
「平成生まれの私には、ピンとこないな」
叔父は咳ばらいをしてから、
「まず、怪獣ブームはテレビで『ウルトラQ』や『ウルトラマン』が放映されて起こったんや。次いで『仮面ライダー』が社会現象になり、しばらくして『宇宙戦艦ヤマト』でアニメブームが巻き起こった。その流れは『機動戦士ガンダム』の映画三部作で決定的なものに……」
叔父のレクチャーは聞き流す。言い忘れていたが、叔父はオタクだと思う。キモい感じはしないけれど、アニメについて力説する姿は、正直言って引いてしまう。
ただ、意外なところで、核心をつくことがあるので、叔父は侮れない。なぜなら、
「そういえば、アニソンにも【甘きバラよ】や【永遠なれ】と似たようなフレーズがあったんちゃうかな」と、言い出したからだ。




