漫画原作談義
浦山が次に案内してくれたのは、小さな喫茶店だった。カフェというより純喫茶という呼び名がふさわしい。昭和レトロの雰囲気を醸し出しており、BGMも懐かしさをおぼえるものだった。
「えらく懐かしい曲やないか」俺が言うと、
「さっきまで流れていたのは西岡恭蔵の『プカプカ』、今流れているのは遠藤賢司の『カレーライス』や」浦山も感慨深げである。どちらも半世紀ほど前にヒットしたフォークソングだ。
俺たちは二人用テーブル席に腰を下ろした。酔い覚ましにアイスコーヒーを注文すると、保冷機能に富んだ銅製マグカップで出されてきた。ガムシロップで甘みを加えて、昭和の味わいを堪能する。
しかし、のんびりとしてはいられない。ショルダーバッグからノートを取り出すと、これまでのポイントを書きこんだ。「島おこし」、「野球漫画」、「淡路島の新球団」などである。一応「×ぃかわズ」も書いておく。
俺は以前、漫画原作を書いていた。知人の漫画家と組んで、月刊誌で連載をしていたのだ。単行本が売れなかったため、切りのよい2巻で終わってしまった。他の漫画家と組んだ読み切りも掲載していたので、そこそこの経験はある。だからこそ、部外者には見えないことがわかる。
「率直に言うて、他のジャンルとちがって、野球漫画は難しいと思うで」
「なんでやねん。どの漫画雑誌を見ても、野球漫画は必ずあるやないか」
「だからこそや。野球漫画のある雑誌に持ち込むということは、連載中のそれを押しのけなあかんということや。つまり、求められるレベルが通常より高い。圧倒的な専門知識や新鮮な切り口が必要になるんや」
「それはおまえが勉強して身につけたり、斬新なアイデアを考えたりしたら、クリアできるんちゃうんか」
俺はアイスコーヒーを一口飲んでから、
「俺も最初はそう思っとった。けどな、企画内容うんぬんより、原作者の肩書や経歴がポイントになるねん。いわば、編集部に対するアピール力やな」
「どういうこっちゃ?」
「たとえば、原作者が高校野球名門校の選手やったり、元プロ野球の選手やったりいうことや。そういった経歴があれば付加価値がつくんやろうが、いかんせん俺の経歴は弱すぎる」
「体育の授業で軟式野球をやっていた程度では、話にならんいうわけか。それは差別やろ」
「それが現実や。原作者に求められる資質の第一は、誰も知らない専門的な知識や斬新な情報やからな」
「けど、めちゃくちゃ面白い内容やったら、編集部も飛びついてくるんとちゃうんか」
「まぁ、可能性はゼロやない。俺たちには俺たちなりの戦い方がある。例えば、漫画原作を提出するだけでなく、人気漫画家とセットで持ち込む方法。SNSで公開して実績を上げてから持ち込む方法もある。最初からネット公開を狙う方法もありや。漫画雑誌の発行部数も減少傾向にあるしな」
「人気漫画家の心当たりがあるんか?」
「そういった漫画家は連載をもっているし、自分でストーリーを考えたい人も多い。俺たちが組もうとしている漫画家は、スケジュールに余裕があって、原作つきの漫画を数多く描いている人やな。そんな漫画家ははっきりいうて、ほとんどいない」
「そんなもんかいな」
「あと、野球に興味があって詳しいことも欠かせない」
「なんでやねん。男やったら、大抵は野球好きやろが」
「好きであっても描けるかどうかは別問題や。そもそも、漫画家やったら何でも描けると思うのは間違いやで。それぞれに得手不得手があるし、野球漫画を手掛けるには独得な技術が必要になる。グローブ、スパイク、ピッチングフォーム、バッティングフォーム、これらをうまく描くのは難しいで」
「なるほどな。俺の考えが甘かったかもしれん。茨の道やということはよくわかった。けど、さっき可能性はゼロやないって言ったよな。SNSで公開して実績をつくったり、ネット公開を狙ったり。とも言ったよな」
「ああ、言ったな。企画を形にするためには、いろいろな方法があると思う。何を目指すか、どこと組むか、誰を巻き込むか、俺たちは検討して、判断しないとあかん」
部外者に見えないものがあると言ったが、俺にだって見えないものはある。頭で考えているだけでは判断がつかない場合も多い。そういうときは不明な点を明らかにして、問題を一つずつクリアしていくしかない。確信をもって言えることは、前途多難であるということだ。
筆力などの技術は努力で補えるが、一瞬の閃きや巡り合わせの運も欠かせない。本当に必要なものは何なのだろう。ちょうどその時、岡林信康のフォークソングが流れてきた。タイトルは確か、『私たちの望むものは』だ。




