第13章 夜鷹〔冒険者視点〕
山道は獣道に変わり、
獣道は消えた。
ガルドが先頭を歩いていた。
木々の隙間から岩壁が見えてきたとき、
シアが手信号で止まれと合図した。
4人が立ち止まった。
「あれだ」
シアが岩壁の一点を指した。
縦に走る亀裂。
高さは3mほど。人が1人通れる幅。
「ギルドの記録と一致する」
クロエが手帳を確認しながら言った。
「生還者なし。侵入者は全員消息不明。
討伐依頼は出ていないが、
消えた冒険者の捜索という名目で入れる」
「名目は何でもいい」
ガルドが顎を引いた。
「問題は中だ。シア、臭いはどうだ」
シアが鼻を上げた。
「血。古いのと新しいのが混じってる。
モンスターの臭い——複数種。
上のほうに何かいる。鳥系か、コウモリか」
レンは亀裂を見ていた。
暗い。
松明がなければ何も見えない深さだ。
だが松明は出さない——それが4人の共通認識だった。
「行くぞ」
ガルドが動いた。
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入口の間は思ったより広かった。
10m四方。
天井は4m近い。
レンは壁際で目を慣らしながら部屋の構造を読んだ。
床に段差はない。柱もない。
シンプルな作りだが、それが逆に怖い。
ガルドが低く言った。
「動く前に一声。返答がなければ止まれ」
3人が短く答えた。
それだけだった——声で位置を確認しながら動くのが、このパーティの暗所での共通認識らしかった。
シアがゆっくりと前に出た。
踏み出し方が変わった——
体重を抑えた、感触を確認しながらの歩き方だ。
中央ライン手前で止まった。
指で「罠」と示した。
次に「2点」と。
落とし穴だ。
レンはクロエに目で合図した。
クロエが手のひらに光を作った。
弱い光だ。周囲2mしか照らさない。
だがそれで十分だった。
シアが石を拾った。
2個、投げた。
落下音で位置を確かめ、
左端を通れと合図した。
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霧が出た。
床の隙間から、白い霧が這い出てきた。
「口を塞げ」
ガルドの声より先に3人は布で口元を覆った。
クロエだけが一拍遅れた——
光を作っていた分、両手が塞がっていた。
クロエが咳き込んだ。
毒霧だ。
レンがクロエの腕を掴んで引いた。
「歩ける?」
「問題ない」
クロエの目に光が残っていた。
問題ある、とレンは思った。
だが足を止めなかった。
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影が動いた。
クロエの足元から、
黒い塊が擬足を伸ばした。
(ダークスライム——)
レンは考える前に動いていた。
右剣でスライムの擬足を断った。
スライムが分裂した。
左剣——右剣——
追いかけながら断ち続けた。
8秒。
スライムが床に散った。
「速い」とガルドが言った。
レンは刃を振って体液を払った。
「もっと先に何かいる。感じないか」
「感じる」とシアが言った。「通路の奥に」
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通路の入口でシアが屈んだ。
床を指でなぞった。
しばらく考えてから、後退した。
「魔法陣。3点。直線配置だ」
「起動点の間隔は?」とレンが聞いた。
「1mずつ。踏んだら全部連鎖する」
ガルドが盾を外した。
投擲用の小型シールドを2枚取り出した。
1枚目——座標を外れた。
2枚目——空中を通過して不発。
「床が起動点か」
ガルドがシアに目を向けた。
シアが短剣を抜いた。
ゆっくりと先端を床の起動点に向けた——
「待て」とクロエが言った。「全員下がって」
「わかってる」とシアが言った。
先端が床に触れた。
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爆発した。
1発目が通路の中央で起きた。
0.4秒——2発目。
0.4秒——3発目。
レンは壁際まで跳んでいた。
だが3発目の爆炎が入口の間まで広がった。
クロエの悲鳴が聞こえた。
振り返った。
クロエが壁に叩きつけられていた。
煙の中で、動かなかった。
「クロエ!」
シアが駆け寄ろうとして、
足をくじいた——背中を爆風に叩かれていた。
肩が抜けている。
ガルドがレンの肩を叩いた。
「前から来る」
煙の向こうから骨が見えた。
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速かった。
骸骨の剣士がショートソードを構えて走ってきた。
レンは入口で迎えた。
右剣で骸骨の剣を外した。
左剣で肋骨を叩いた——
手に硬い感触。
骨か。
斬撃が半分以下しか通らない。
(ボーンスカウトだ)
ガルドが来た。
ウォーハンマーを振り下ろした——
骸骨が盾で受けた。
盾が割れた。
「ハンマーは効く」とレンは言った。
「任せる。天井を見ろ」
コアバットが落ちてくるのが見えた——
シアの頭上から。
レンは滑り込んだ。
間に合わなかった。
コアバットの牙がシアの首筋に迫った——
シアが短剣で払った。
片腕が使えない状態で。
コアバットの翼に裂傷が入った。
「投げろ」とレンが言った。
シアが短剣を投擲した。
コアバットの右翼に刺さった。
コアバットが落下した。
シアが壁に手をついた。
「行ける」と言った。
肩が抜けたまま、目が死んでいなかった。
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後ろでハンマーが鳴った。
ガルドが骸骨の右腕を吹き飛ばしていた。
骸骨は下がらなかった。
残った腕でガルドの顔を叩いた——
兜がずれた。
3撃目でガルドが骸骨の胸を砕いた。
骨が散って、消えた。
「進むぞ」とガルドが言った。
レンはクロエのそばに走った。
「立てるか」
クロエが目を開けた。
火傷と毒。
それでも手を伸ばしてレンの腕を掴んだ。
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レンはクロエを引き起こした。
そのとき、
シアが振り返った。
「うしろ」
シアの声が低かった。
レンも振り返った。
煙がまだ通路に残っていた。
その中に、
白い輪郭が浮いていた。
足がない。
人の形をした何かが、
炎の残滓を通り抜けて、
ゆっくりとこちらに向かっていた。
頭から下が曖昧だった。
床を踏んでいなかった。
クロエが息を呑んだ。
「ゴースト・ガーディアン——」
声が震えた。
「本で読んだだけだ。壁を通る——逃げきれた記録がない」
「どこから——なぜ——」
ガルドが言った。「考えるな。前に出ろ」
「通路で戦えない——壁を抜けてくるぞ」とレンが言った。
「わかってる。前の部屋だ。通路でやったら終わりだ」
レンはクロエの腕を握り直した。
クロエが頷いた。
4人が走った。
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前室に入った瞬間、
ガルドの首元に、牙があった。
一瞬前まで、そこには何もなかった。
ガルドが体ごと旋回して、狼を床に叩きつけた。
狼が転がった。
それでも起き上がった。
突っ込んでこなかった——
低く構えたまま、ガルドの周囲を静かに動き続けた。
同時に、天井から糸が来た。
シアの両腕に巻きついた。
「切れる」とシアが言った。
左腕が使えないのに、短剣を探していた。
レンが糸に向かった——
間に合わなかった。
前方からウルフが電撃を放った。
ガルドの鎧が鳴った。
「サンダーウルフだ!」
レンが叫んだ。
「わかってる」とガルドが言った。
「でかい犬を引きつけろ。クロエを守れ」
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クロエが立っていた。
震えていた。
毒と火傷と、それでも——
両手を構えていた。
「まだ撃てる」
クロエが呟いた。
唱えた。
風の刃が前室を走った。
狼の脇腹を裂いた。
レンの後ろで糸が一部切れた——
シアの左腕が自由になった。
クロエが膝をついた。
それ以上立てなかった。
「クロエ」
レンがそばに行った。
クロエの体を下ろした。
クロエの目が開いていた。
唇が動いた——
「生きて帰れ」
ガルドが声を上げた。
レンが振り返った。
狼がガルドの踵に噛みついていた——
鎧の隙間を正確に選んで。
ガルドの動きが止まった。
サンダーウルフが詰めた。
接触距離から、放電した。
鎧の内側に電気が回った。
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前室の入口に、白い影が立っていた。
後ろを塞がれた。
レンは前を向いた。
ガルドが膝をついていた。
蜘蛛の糸で両腕を捉えられ、
立てなかった。
「ガルド!」
ガルドが手を上げた。
止まれ、という意味だった。
「逃げろ、レン。シアを連れて」
「一緒に——」
「逃げろ」
ガルドが倒れた。
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レンはシアの腕を掴んだ。
振り返らなかった。
2人で通路に走った。
白い影が消えた——
通路には何もなかった。
出口が見えた。あと10m。
走れる。
まだ走れる。
シアが隣にいた。
肩を抑えながら、それでも走っていた。
「行ける」とシアが言った。
レンは信じた。
前方に、白い影が浮かんだ。
「前にも——」
シアの声が途切れた。
足が止まった。
白い輪郭を見た瞬間、
体が反射的に止まった——
縁を踏んだ。
「シア!」
レンは手を伸ばした。
届かなかった。
後ろで何かが吼えた。
それがすべてだった。
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【ダンジョン構造(変更点)】
変更なし(人物視点章)
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【戦力配置(変更点)】
変更なし(第12章と同一戦闘の冒険者視点)
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【PT収支】
変更なし(人物視点章)
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【登場人物(初出:第13章)】
パーティ名:夜鷹(Bランク)
| 役割 | 名前 | 特徴 |
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| 双剣使い(視点) | レン | 速度特化・判断が早い。最後まで生き残る |
| 重装前衛 | ガルド | パーティリーダー。冷静な指揮官タイプ |
| 斥候 | シア | 偵察・罠看破担当。肩を負傷後も行動継続 |
| 術者 | クロエ | 後衛魔法使い。最初に重傷を負い最後まで戦う |




