第18話:世界で一番のお姫様
――うるさい。
喫茶店の外に出ると、お祭りなのか、それとも近くで交通事故でも起きたのか。
どちらなのかわからないが、辺りが騒がしかった。
雑音、騒音、ノイズ、喧騒。
言い方なんてなんだっていい。どれだっていい。
とにかく、邪魔で、うるさかった。
耳の中に自分勝手に入ってくる邪魔な音にイライラしながら、俺は、隣で話す男の口から出る音に全ての注意を払っていた。
「――だいじょうぶかね。顔色が悪いようだが」
「だい……じょうぶ、です」
俺は体力に自信がある方ではない。が、別に特別悪い方でもない。
と、思っていた。
だのに、俺は、彼がただ歩くだけのスピードに、走って追いかけるのがやっとだった。
「……フム。ゴキゲンだな。ならば安心だ」
「はぁ……はぁ……っ。はぃっ……」
「頑張りたまえ。聖北学園はこの林道を抜けた先だ」
「聖北……」
見上げた先に、学園の屋上が微かに見えた。
俺は息を整えながら、すでに痛いわき腹を押さえて坂道を登っていく。
リミテッドと呼ばれる男は、相変わらず歩くスピードはやいが、目的地が見えたからか、少し、俺に歩幅を合わせてくれたようだった。
聖北学園は、俺も絢瀬さんも、柚月さんの行先として考えなかったわけでは無い。
ただ、そうかもしれない。そうじゃなければいいな。柚月さんにとってはトラウマの場所だし、それにちょっと遠いしめんどくさい。まずは近場から探そう。
そうやって、先送りにしてしまっていた。
……俺に都合のいい、ただの言い訳だ。
そんな風に、後に後にって、頭にチラつきながらも、まるで夏休みの宿題のように、一番可能性のある場所を後回しにしてしまっていた。
「まさにだ。いまは夏休みの最終日の夜。寝ないで宿題を一夜漬けで終わらせようとしているのに等しい。もしかして私は君のお母さんだったかね」
「すみません。お母さんではないです……」
「……フム。認めよう。私は君のお母さんではない」
「……はい。おっしゃる通りかと」
『――真宮君。キミは責任を取らねばならない』
喫茶店を出るとき、そう彼に言われた。
その時はついて行くのに必死で、どういう意味なのか聞けなかった。
「あの、俺の責任ってなんですか」
「その質問が出るとは思っていたが……、いざ、本当に問われると失望を禁じ得ないというか、呆れてものが言えないというか、そんなこともわからないのかこの愚か者の甲斐性なし。と、思わず言ってしまいたいところだ」
「そこまで責められるようなこと、俺しましたかね……」
「いいや――していない。キミは何もしてこなかった。だからキミがするのはこれからだ」
「えっと……、どういうことですか……?」
「キミがもっと早く気づいて物語を進めていれば、いまのような状況にはなっていなかったはずだ。キミはずっと傍観者であり続けた。蚊帳の外であり続けた」
「そんなこと言われても……俺は普通に生活してただけすよ……」
「では聞くが。キミはおかしいと思わなかったのかね。ここ最近の柚月君の行動について」
「えっと……そうですね。なんか、すこし、そう。なんか焦っているなっていうのは思いました」
デートしようとか、下の名前で呼んでほしいとか。
いきなり距離を詰めて来るような感じはあった。
映画館でデートして、ポップコーン食べて。遊園地でのデートして、絶叫系乗って。
デートと言えば! みたいな、デートや恋愛経験がない、俺の中のイメージにもあるような、そんな誰でも想像がつくド定番の内容。
それを一日や二日でやろうとしていた。
あれ……なんというか、それって、まるで
「まるで……自分のしたかったことを一気に消化しようとしているみたい、じゃないか」
前に見た、映画の『死ぬまでにやりたい100のこと』みたいだ。
「さすがに100もしている時間は彼女にはなかっただろう。限られた時間でしたかったことがキミとのデートだったわけだ。まったく、女の子だな」
「言われてみれば、確かに。って思います。……でも、言われなかったら気づけたかって言うと、自信はないですよ」
「いいや。キミの頭を持ってすれば、気づけたはずだ。柚月君の静かな別れと、SOSに」
「…………」
本当に、そうだろうか……。
俺に、誰かにヒントを貰わずとも、気づけただろうか。
「そうだとしても、キミはこれから責任を取らなければならない。彼女のヒーローとして」
「ヒーローって、俺、なんもできないですよ」
肉体改造されてるわけでもないし、プロレス技が使えるわけでもない……。
「ヒーローにそんなものは必要ない。それに……見たまえ、上空を。アレが彼女の、柚月君の”力”だ」
「上……って――え」
登る前にかすかに見えた聖北学園の屋上は、いまやその全貌が見えていた。
そして、その屋上とは少しずれたあたりに、クロい、ナニか、でかい球状のナニかが浮かんでいた。
それはまるでブラックホールのように、あたりの色を吸い込みながら徐々に大きくなっているようだった。
「……まるで、終末のようだ」
どこかで聞いたようなセリフが口からでていた。
「アレは……なんなんですか」
「キミは、柚月君の力が、なんかちょっとラッキーなことが起こる。程度に思っていたんじゃないかね」
「はい。なんか、そんなような力があるなんじゃないかなーってぐらいですけど……」
信じてはなかったけど……。
「実際それは正しい。が、それはあの本体から洩れたカスみたいなものだ」
「か、カス……ですか」
「実体は、世界を、彼女の思い通りに作り変える力。そうだな……さしずめ、ワールドイズマイン――とでも言おうか」
「世界を作り変える……ってそんな」
「そんなバカげた話。かどうか、後ろを見てみるといい。ここからの高さなら、少しは見えるんじゃないかね。世界の終わりが」
俺はそう言われて、自分が登ってきた林道の入り口付近に目を向けた。
「――ハッ!?」
俺は、自分の視力がおかしくなったのではないかと困惑した。
何故なら、この山以外に見える視界のすべてが、
何もない黒で染まっていた。
黒、黒、黒
あたり一帯の黒。
広い海に、この山だけが島のようにポツンと浮かんでいる感じだった。
「ワールドイズマインが顕現しているいま、世界の再編はすでにはじまっている」
喫茶店を出るときにあれだけ聞こえていたうるさい音も、いまはもう、なにも聞こえなくなっていた。
思えばあれは、怒号や悲鳴のようなものだったのではないだろうか。
「つまりだヒーロー。我々にはもう退路はないというわけだ。夏休みの終わりのように、ケツはもうそこまで迫っている」
「夏休みの宿題は終わらせればいいかもしれないけど……けどこの状況は……!!」
宿題を終わらせたところでどうにかなるものなのか?
だいたいこの状況の宿題ってなんだ??
絵日記でも描けばいいのか? 最終日に何て書けばいいんだ? 世界は滅亡しました。とでも描けばいいのか?
「どうにかなるかもしれない。それはキミにかかっている」
「マジすか……。俺なのか……。いや、あの、一応聞きますけど、冗談ですよね?」
「ワールドイズマインは最強と言っていい。顕現させたら勝てる可能性は限りなく0だろう。たとえ、世界再編前に柚月君をどうこうしたとしても、再編後の世界に居ないのは自分の方かもしれない。まったく、厄介な力だよ」
「……確かに。そんな力なら、過程なんてどうでもいいってことになりますよね。俺なんかにはどうにもできないですよね」
「その通り。故に、他のリミテッドから狙われた。彼はリミテッドの中でもイカレ具合が随一でね。人類がいない世界を作ろうとしているらしい。まったく、やれやれだよ」
なんで俺の部分にだけ触れねぇんだよ……。
「そのリミテッドと、いま如月さんと絢瀬さんが戦ってるんですか?」
「だろうね。もう戦う意味もないというのに。……2年前、柚月君にトラウマを与え、そして、彼女の前で雛琶君を殺害した犯人。ヘビのリミテッドだ」
「ヘビ……?」
爬虫類系の顔ってことか……?
「でも、殺人犯と戦うなんて、俺できないですよ。ただの学園生ですよ? そういうのは警察に任せるべきじゃ……」
「平時ならそうだろうね。まあ、呼びたきゃ呼んでみるといい。その高性能なスマホで。来られる者なら、ね」
「……ですよね」
俺はもう一度黒に覆われた世界を流し見る。
「そもそも、いまこの世界に存在できるのは、柚月君の意識下にある者だけだ。私も彼女と接触していなければ、とうに飲み込まれていただろう。いやはや、たまには出しゃばってみるものだ」
そうか……。
柚月さんはほぼ喫茶店からでないから、いってしまえば、彼女にとって、行動範囲外の世界は無いようなものだ。
どこにどんなものがあるのか、世界がどうやって崩壊するのかを想像できてない。だから黒い。
「あの……、中にいるリミテッドと戦ってもらうって言うのは……できないですかね……?」
「リミテッド同士のいざこざはNGだ。だからこうして苦労してキミを連れまわしてるわけだ」
「いや、でも世界がこんなんなってるんですよ? そんなこと言ってらんないでしょ、関係なくないですか」
「……まあ、それもそうなんだが。こんな格好をしていたせいか。――ホラ」
めくられた裾からは、手がなくなっていた。
「これは……」
「もっと露出の多い服装にすべきであった。最初に柚月君とこの格好で会ってしまったから、途中で服装も変えられなかった。認めよう。この変装は失敗だったと。……まあつまり、どうやら私も長くないらしい」
「そんな……」
「案ずるな。キミはリミテッドと戦わなくていい。おそらく、わざわざバカみたいに歯向かっていかなければ狙われもしないだろう」
「え……そうなんですか? なんで? 俺はターゲットじゃないとか??」
「もうワールドイズマインは顕現している。すでにキミが言ったように、もはや過程はどうでもいい段階にいる」
「なるほど……、たしかに」
「その代わり、キミが何とかするのはワールドイズマインの方だ」
「え。――アレを!? 俺が!? というか、いま『過程が』とか言ってたのに、いまからなんとかできるんですかアレを!?」
「わからない。可能かもしれない。ただ、もしワールドイズマインに単体で勝てるような、そんな相手がこの世にいるとしたら。それは、ブックメーカー。キミだけだ。キミしかいない」
「あの、それ。その、ブックメーカーってなんなんですか。俺にもなんか超人的な力とかがあるんですか? それで俺は具体的に、なにをどうすればいいんですか?」
「…………」
リミテッドと呼ばれる彼は自分の欠如した両腕を見つめていた。
「あの……」
「どうやら、本当にここまでらしい」
「え……マジですか」
「ああ。認めよう。マジだ」
「うぇえええ……!!? どうすればいいんですか!! 消える前にそれだけでも教えてから消えて!!」
「……行って、物語を進めてきたまえ。そして掛けてくるといい。自分の勝利に」
「なんじゃ……そりゃあ……」
そう言い残し、リミテッドは俺の目の前から文字通り消失した。
俺は不安しかない胸を抑えながら、徐々に消えつつある林道から押し出されるように、聖北の正門をくぐった。
くそ……。
こんな風にくぐる予定じゃなかったんだけどなぁ……。
そして俺は、正門をくぐった先の校庭で、この脆い心臓に追い打ちをかけるような光景を目の当たりにするんだ。
■あとがき
[週2回(主に水曜と日曜)更新予定]
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