第9話:やがて黒に染まる
――ギュルギュルギュル
油終さんがつけてくれた目印に合わせて、丁番用の下穴を電動ドリルであける。
俺はどちらかといえば頭を動かす方が得意なのだけれど、たまにはこうやって身体動かすのも悪くない。
「へー! マミヤくん、なかなか様になってるじゃん!」
横で柚月さんが感心した声を上げている。
「柚月さん……。褒めてくれるのは嬉しいのだけれど、手伝ってはくれないんすかね……?」
「うーん。わたしは――ほら、そっち系じゃないからさキャラが」
すげぇ。堂々とキャラ設定を通してきたな……。
まあ、『だって女の子だもん!』だなんて、可愛いポーズ付きで言ってこないだけ好感は持てる。
あぁ、そうだ。もしそんなことを俺の前でしようものなら、その可愛らしいピンクのほっぺたがいまごろ紅に染まっていたことだろう。
「――あ! それに、だっておん――」
「おぉおっと!! あんなところにミニトラマンが!!」
「――え!? ミニトラマン!? どこどこ!」
柚月さんは俺が生み出したイマジナリーM57星雲の星人を探しに工房のいずこかへと走っていった。
危ない。もう少しで俺の必殺技が彼女の頬に炸裂してしまうところだった。
……いやただちょっと待って欲しい。もしかしたら俺の早とちりだったかもしれない。
もしかしたら『おん――』の後に続いたのは『なの子』ではない、別の言葉だった可能性があるのではないだろうか。
なぜなら、女の子はミニトラマンを嬉々とした表情で追っかけに行かないからだ。少なくとも俺の知る女の子はそうだ。
「妄想の中の、な」
老齢の男性が、手を顎に当てて、鋭い目つきで俺の仕事を品定めするかのように制作中の看板を見ていた。
というか、いよいよ爺さんまで俺の心を読み始めたぞ……。まさか、本当に考えてることが出てるとでもいうのか!? 俺の顔は……!
「……いたんですね。油終さん」
「ワシの家だ。居て当たり前だろう」
油終さんは俺の進捗状況を確認すると、スタスタと工房から出て行ってしまった。
というか、さっきの、俺に女性経験がないことを前提にモノを言ってないか……?
はぁ……。ヤレヤレだぜったく、これだから老人は。そろそろ、見る目ってヤツにも老眼鏡を掛けるべきじゃないのか?
こう見えて小中では結構モテてたんだぞ…!? 幼稚園ではチョコだってもらったんだ!
まあ、どんなのだったかは覚えてないし、幼稚園児がチョコを作れるはずもないから親御さんが用意したんだろうけど。親御さんが用意したってことは他のお子さんにも配ってる可能性があるけど。ってことはつまり俺がもらったのは義――。
……やめましょうよ。もうこれ以上、思い出を冷静に分析するの。思い出がもったいない。
思い出は想い出のままだから美しいんだ。
そんなことよりも、目の前の板をちゃっちゃと作ってしまおう。
油終さんから聞いた黒板看板の作り方通りなら、三時間もあれば一人でも作り切れてしまうだろう。
いまが14時前だとして、おそらく、17時頃には『らぶろあ』に戻れるはずだ。
――ギュルギュルギュル
「……マミヤくん」
先ほど、いずこかへと駆け出して行っていた柚月さんだったが、トボトボという効果音をまといながら戻ってきた。
「うん? どうしたんですか柚月さん」
「ミニトラマンね、どっかいっちゃったみたい」
居てたまるか。
そんなのがリアルにいたら、ちょっと――いや、だいぶ事件だぞ。
ただ、本気で信じてそうなところを見ると、俺のなけなしの心も、少しばかりの罪悪感を感じる。
「そうすか……残念すね」
「うん……。また見つけたら教えてね……」
……か、帰りにガチャガチャでも回してあげるか。安いもんだ、百円玉の3枚くらい。
* * *
――キュッ。キュッ。キュッ。
ドライバーを持つ手に力を入れながら、空けた下穴に木ネジを回しこんでいく。
「じー……」
柚月さんは、暇なのかその光景を眺めている――というよりも、観察しているようだった。
なんというか、アレだ。子供が地面を張っているアリを観察しているかのような、そんな真剣な眼差しだった。
そんな光輝ともいえる眼差しで彼女は、俺の一挙一動……なんかには目にもくれず、板だけを眺め続けていた。
……せめて見るのは俺であれよ。
何眺めてるんだよ。そこには板しかねぇよ。木目か? 暇なときに天井の穴を数えるかのように木目を数えているとでもいうのか……?
――キュッ。キュッ。キュッ。
「――ふぅ。もうちょっとだな」
しかし。
こうやって成果がすぐに見えるというのは『モノづくり』のいいところだと思う。
いままでの人生で、大して何かを作り上げてきたわけでもない俺がこんなことを言うのは、いささかおこがましいのかもしれないけれど、ただ、それでも、自分の手で少しずつ物が形になっていくというのは、なんだか心にくるものがあった。
……そう言えば、一時期『ものづくり日本』みたいなフレーズが流行っていたけれど、最近ではめっきり聞かなくなったな。
アレは一体何だったんだ? ああいう、俺が知らないだけの流行が、この世界では目まぐるしいくらいの速度で日々の中で生まれて、そして死んでいっているんだろうな。
ともあれ、さっさとこの作業を終わらせてしまおう。
簡単とはいっても、夕暮れ時ぐらいまでには『らぶろあ』に戻りたいところだ。
あともうちょっと。
如月さんも、きっと、俺のことを待っていてくれているだろう。
――キュッ。キュッ。キュッ。
――ツンツン
――キュッ。キュッ。キュッ。
――ツンツンツン
なん……だ?
さっきから、およそこの工程で耳にするはずのないオノマトペが聞こえる気がするのだが……。
『あ。』と思って、俺は問題児の方に視線を移動させた。
そこには、黒板塗料を塗ってからまだ10分程度しか経っていないMDF板を、慎重に指先でツンツンしている黄色いパーカーの女がいた。
期待を裏切らない女、柚月さんだった。
……じっとしていられない子供か。
「……マミヤくん」
「はい。なんでしょう」
「あのね。塗料ね……まだ、乾いてなかったよ」
「そう……ですか」
「うん……」
どうやら、彼女は自身を犠牲にして、塗料の乾き具合を俺に報告してくれる。という業をいつの間にか背負ったらしい。
やっぱり暇……なのか? それともミニトラマンが見つからなくて落ち込んでいるのか? 傷心して、焦心した結果、塗料が乾くのも待ってられない。ということなのだろうか。
それとも、もしかしてアレか……? 俺が『手伝って。』みたいなことを言ったから、自分にできることを探した結果がいまの指先ツンツンだったってことか……?
……いや、まあしかし、実のところそうなのだろう。
一緒にいる時間はまだ少ないものの、柚月雪華という女性に対して、そういう、いじらしい性格というのは、なんとなく理解していた。
ただ、考えた結果がツンツンなのも、それはそれでどうなんだとも思うが……。
それでも、いま彼女の右手人差し指の先端が、若干乾いてきたことにより粘着性を帯びてきた黒い液体が付着しているのは、少なからず俺の所為ということも微粒子レベルで存在しているのだろう。
……ちなみにこれは完全に余談だが、俺はこの指先ツンツン報告をあと二回聞くハメになる。
「――はぁ」
子供子供と思っていたが、本当に手のかかる子供みたいだな……。
でも、素直でいい子だ。それは間違いない。
俺は穏やかな表情で柚月さんを見つめた。
「ま、マミヤくん!? だ、だめだよそんな! いくらわたしが魅力的だからって……! そ、それにここじゃ銀さんもいるし……!」
面白さが魅力というのであれば、それは確かに、まちがいなく、女の子の魅力の一つだろう。
……さっきの俺の早とちりは、そこに無造作に投げ捨てられている塵取りでも使ってゴミ箱にでも片づけておくとしよう。
「柚月さん。ちょっとこの角材抑えとくんで、間にボンド塗ってもらえますか」
「――! うんっ!」
最初はキャラじゃない。とか言っていたくせに、女心というものは本当に良くわからないものだ。
看板の制作工程はすべて頭の中に入っているし、俺一人で作業する方が全然時間効率はいいだろう。
無心で木材を研磨し、工具を振るい、もくもくと、そしてたんたんと、作業に向き合うのも乙なものだろう。
けれども、時には、手間を犠牲することによって得られる暇というのも、まあ、そこまで悪くはないのかもしれない。
* * *
「「いただきます」」
その日の夕飯は、いつもよりもちょっぴり豪華だった。
如月さんにお昼にトラゼリヤで食べてきたことを伝えると、対抗心に火が付いたのか、今日は腕によりをかけたイタリアンだった。
……らぶろあが赤字なの、コレの所為もあるんじゃないのか?
如月さんもああ見えて……というか、見た目通りか。心もまだ子供なのかもしれない。
でも、そういうところも可愛いと思う。
「――それで? 看板の方はどうなんだ?」
「あ、はい。まあ……でっかい方はダメそうだったので、とりあえずお店の前に出す店看板を作ることにしました」
「あぁー……。そういや、なんかそんなのもあったな。あたしも見たことある」
「油終さんが黒板塗料は二度塗りした方が良い。って言ってたので、帰る前にもう一度塗ってきたので、今日乾かして、明日取りに行ってきます」
「ふぅん。なんか、思ったより手間が掛かるもんなんだな。――で、雪華はどうだったんだ?」
蟹クリームのパスタをちゅるちゅるとすすりながら、柚月さんが言った。
「うん! 楽しかったよ!」
そう言って、柚月さんは如月さんに、すっかり黒く染まった人差し指を誇らしげに見せていた。
「! ――そっか。そりゃあよかった」
「うん! さっちゃんも今度一緒にトラゼいこうね! あ、せっちゃんと、まみみちゃんも誘ってみんなでいこ! あ! それでね――」
俺は疲れもあったけど、その二人の様子を見ているのが心地よかった。
これが幸せってやつなのかもしれない。
* * *
――ゴシゴシ
俺は夕飯の片付けと、食器の皿洗いをしていた。
料理を作るのが如月さんなら、せめて、片付けくらいは俺がしないといけない。
そう思って、食後の片付けやらをかって出ていた。
なにやら、いまは『掃除のプロ』も、春休み中で不在とのことだった。
俺はてっきり如月さんが『掃除のプロ』も兼任しているのかと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
絢瀬せつなさんという、柚月さんが『せっちゃん』と呼ぶ人がその人らしい。
柚月さんは『身長とおっぱいが自分より大きい!』といっていて、如月さんはまた舌打ちをしていた。
……はぁ。全く、これだから女児は。自分の価値をわかっていないんだから。
だいじょうぶだよ如月さん。そういうのが好きな男は世の中にはたくさんい――
――コト
「おつかれ」
そう言って、如月さんは湯気の立つティーカップをカウンターに置いた。
「どもっす」
あっぶね……。すっかり自分の中の世界に入っていて、近くにいるのまったく気づかなかった。
……というか、洗い物が増えたな。一つ。
しかし、そんなことは口が裂けない限り言えないので、口先から裂けて色んなものがこぼれてしまう前に、このカップに注がれている液体と一緒に吞み込んでしまおう。
「この時間だからな。ホットミルクだ。はちみつ入りの」
「あざす。いただきます」
――ズズッ
……暖かい。
如月さん、ツンデレなのにこういうところあるんだよな。
「今日一日、大変だっただろ。雪華の面倒見るの」
「――ん。あぁー、そうすね。なんか、いつもみたいに終始楽しそうにしてましたよ」
元気が有り余ってる。といった方が正しい気もするが。
「そうか……。いつもみたいに、か」
んじゃな、歯磨けよ。と、軽く、それだけを言って、如月さんは自分の部屋に戻っていってしまった。
ただ、去り際にボソッと何かを言った気がした。
「――アイツの呪いを解くのは、お前なのかもしれないな」
不穏な単語が聞こえた気がした。
でも、俺には如月さんがなんていったのか、その言葉をちゃんと聞き取れてはいなかった。
■あとがき
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※「らぶろあ(Love Lore)」本編をRPGツクールMZで制作中です。
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