リュカの家族の変化
リュカの父は、収入を得てからまるで別人のようになった。
かつては、日雇いを探しても断られ、肩を落として帰ってくる日々だった。
「無理なのか……」と呟くその背中は、沈んだ影を引きずるように重たかった。
宿を始めても、収入はあったり、無かったり……。
けれど今は違う。
エルンストから託された魔法陣の紙に、魔力を込めるという仕事がある。
それは「自分にしか出来ない」と胸を張れる仕事だった。
彼は朝から机に向かい、黙々と魔法を込め続ける。
指先を紙に沿わせ、魔力を送り込む時の真剣な表情は、息子のリュカから見ても誇らしく思えるものだった。
時には夢中になるあまり夜遅くまで作業を続け、母親が布を持って来て肩を叩く。
「あなた、休んで。身体を壊したら元も子もないでしょう……」
心配そうに言う声には、かつての諦めではなく、夫を大切に思う響きがあった。
父は苦笑しつつも、机から顔を上げると、少年のように笑った。
「すまん、でもな……こんなに充実してるのは久しぶりなんだ」
その笑顔に、母の目尻は自然と潤む。
――この笑顔を見るのは、いったいどれくらいぶりだろう。
母親自身も変わっていった。
外に働きに出ることが減り、家で過ごす時間が増え、表情が柔らかくなった。
やつれていた頬は少しふっくらとし、姿勢も凛として美しく見える。
沙羅に出会った頃は、笑うことさえ忘れてしまっていたのに、今は毎日が楽しくて仕方がないようだった。
料理を作るとき、鼻歌を歌うことさえあった。
リュカはそんな両親を見て胸がいっぱいになった。
――自分も、頑張らなきゃ。
沙羅に文字を習ったおかげで、読み書きができるようになった。
最近では「きれいな字が書ければ代筆の仕事になる」という話を耳にし、夢中で筆を動かしている。
一文字一文字を丁寧に書くその姿は、父が机に向かう背中とよく似ていた。
宿も少しずつ形を変えていった。
両親が決断したのだ。
「もう、新しい客は取らない。沙羅がここにいるから」
沙羅以外に泊まるのは、時折顔を見せるガルディスだけだ。
けれど、それでも十分生活は成り立つ。
むしろ、落ち着いた時間が家族を包み込み、穏やかで温かな空気が宿全体に流れていた。
けれど、そんな様子を見ていた沙羅の胸に、ふと影が落ちる。
――私は、ただの客。
料理を手伝い、掃除や洗濯もしている。
リュカに字を教えることもある。
でも、それは家族だからするのではなく、ただ「世話になっているから」しているに過ぎないのではないか。
笑顔を向けられるたびに心が温かくなるのに、同時に不安が膨らんでいった。
このまま、この場所にいていいのだろうか。
いつか、ここにいることが迷惑になるのではないだろうか。
リュカの父母は、もう自分たちの力で生活できるようになった。
リュカも、字の練習をして未来を見据えている。
――私だけが、違う。
――私は、この家族の輪の外にいる。
胸の奥がぎゅっと痛む。
皆が笑っているほど、そこに自分が溶け込めていないように思えてならなかった。
沙羅は一人、部屋の片隅で膝を抱えながら、心の中で小さくつぶやいた。
――私は、このまま、ここにいていいの……?




