エルンストの研究②
エルンストの魔力が戻ると、彼は早速机に向かい、紙を広げた。
「火球――」
呟きながら魔力を込める。紙の上の魔法陣が一瞬光を帯びたが、すぐに霧散して消えた。
「……やはり難しいな」
次に水球、防御と試す。しかし、成功するよりも失敗する方が多い。
紙は虚しく焦げたり、破れたりしていく。
「沙羅、この紙と魔法陣を描いたインクは特別製なんだ。普通の紙とペンでは、魔法が霧散するだけで残らない」
エルンストは額の汗を拭いながら、苦笑した。
「この魔法陣もな……ほんの少し線がずれただけで成り立たない。驚くほど繊細な作りだ」
エルンストは感心したように呟いた。
「……隣国はすごいな」
「……しかし、国に広められないな。特許は申請するとしても、技術の公開は不可能……」
そこでふと、エルンストは思い出した。
「そういえば、リュカの父が職を探していたな」
翌日、エルンストはリュカの父親を訪ねた。
「仕事をしてみないか?」
父親は驚いたように顔を上げた。
「この魔法陣に、防御の魔法を込めてみてくれ。出来なければ、頼むことはできない」
紙を手に取る。額に汗を滲ませ、慎重に魔力を注いだ。
しかし、陣は光を放つことなく霧散する。
「……すまん」
「いや、誰でも最初はそうだ。おそらく、コツを掴むには時間が必要だろう。朗報を待っている」
エルンストは失敗用に数枚の魔法陣を置き、静かに去った。
二週間後。
「……出来た」
リュカの父の手の中で、防御魔法を込められた紙が淡く輝いていた。
再び訪れたエルンストは、慎重にその紙を受け取り、指先で触れる。
わずかに伝わる魔力。
「まあまあ、だな。……では次は火球と風球だ。余分に魔法陣の紙を置いていく」
父親は大きく息を吐き、また挑戦を始めた。
何度も失敗し、紙を無駄にした。だが、苦労の末、火球と風球の魔法を込めることに成功する。
父親は出来た魔法陣をエルンストに渡す。
「見ただけで……わかるのか?」
「何度も失敗してきたからな。魔力の流れで判るんだ」
そう言って、エルンストは満足げに紙を回収して帰っていった。
数日後。
再び現れたエルンストは、小さな袋を机に置いた。
袋の口を開けば、中には金貨が入っていた。
「これは仕事の報酬だ」
リュカの父は言葉を失ったまま袋に触れる。
声は出なかったが、その震える手と背筋の伸びた姿から、溢れるほどの喜びが伝わってきた。
リュカの父は、エルンストから渡された魔法陣に魔法を込める仕事に邁進した。
もともと彼は防御魔法を得意としていた。火球や風球といった基本的な攻撃魔法も、扱うことができた。しかし、魔法を込めるのは、ある意味まったく違う……。
だが、失敗と成功を繰り返しながらも、紙に魔法を込める作業は次第に手に馴染み、やがて確かな技となっていった。
ある日、成果を確かめに来たエルンストに、父は問うた。
「……本当に、こんなものが役に立っているのか?」
エルンストは即座に頷いた。
「そうさ。この国の八割の人は魔法を使えない。だが、そういった人々にも“自分を守る手段”が必要だ。だから、これは売りに出した。もちろん、魔法陣が解析されないように、認識防止と、不正に扱われたら直ぐに紙が消える仕掛けを施してある」
「……なるほど」父は小さく息を吐いた。
エルンストは続けた。
「値段は高い。だが、それでも需要は多い。初回は試験販売も兼ねてだったけど、反応は上々だった。――また頼めるか?」
「俺でいいのなら」
「もちろんだ。沙羅がよく心配していた。“リュカの父親が仕事を探している、けど、なかなか無いって……”と。問題はない、君の術は確かな腕だよ」
その言葉に、父の肩が震えた。
しばらく唇を噛んでいたが、やがて抑えきれず、男泣きに泣いた。
「……俺は、役立てるんだな」
嗚咽混じりの声が狭い部屋に響く。
エルンストは黙ってその姿を見守った。




