エルンストの仮説
人通りの途絶えた小路を、二人は並んで歩いていた。
沙羅は心臓の鼓動が耳に響くほどに速くなっているのを感じながら、エルンストの横顔を盗み見た。彼の表情は、いつものように冷静に整っている。だが、沈黙が続くほど、その内側に何か重いものが渦巻いているのを沙羅は直感した。
耐えきれず、沙羅が先に口を開く。
「……どうして、聖女だと?」
エルンストは少し歩を緩め、視線を前に向けたまま答えた。
「推測だ。君の特徴と、能力の異常性を考えれば……そう結論づけざるを得なかった。だが――答えを知っても、胸のつかえが晴れるわけじゃない」
「……怖いですか? わたしの存在が」
エルンストは短く息を吐いた。
「怖い、というより……危うい。君の力は、どんな国も欲しがる。力を持つ者は、必ず利用される運命にある。……君が望もうと望むまいと、だ」
沙羅は言葉を失った。
エルンストの声音には冷酷な現実が込められている。それがかえって嘘偽りのない誠実さに感じられ、胸が痛む。
しばらくして、沙羅が絞り出すように言った。
「……じゃあ、わたしを利用しますか?」
その問いに、エルンストは足を止めた。振り返り、まっすぐ沙羅を見つめる。
「……否定はできない。私は学者だ。知識を前にすれば、解き明かしたいという衝動を抑えられない。君の力は――私の生涯を賭ける価値がある」
沙羅の胸がひやりと冷える。だが続く言葉は意外だった。
「だが同時に、私は……君を壊したくはない。君を研究の材料にしてしまえば、きっと後悔する。君は――ただの研究対象じゃないから」
「ただの研究対象じゃ、ない……?」
沙羅は呟き、頬が熱くなるのを感じた。
エルンストは目を逸らさず、静かに続ける。
「私は長い間、病と孤独に囚われて生きてきた。だが、君が来てから……自分がまだ人間らしい感情を持っていると知った。守りたいと思う気持ちも、君に向けたものだ」
沙羅の目に涙が滲む。胸の奥が苦しくなる。
「……わたし、どうすればいいのかわからない。力を、隠すべきなのか、使うべきなのか……」
エルンストは一歩近づき、低く囁くように言った。
「答えは、今すぐに出さなくていい。ただ、一つだけ覚えていてほしい。君がどんな決断をしても……私は君の味方だ」
その言葉は、沙羅の不安をすべて消すには足りなかった。けれど、冷え切っていた胸の奥に、わずかな温もりが差し込むのを確かに感じた。
その夜、静かな書斎の中、エルンストは羽ペンを走らせていた。机の上には数冊の古文書と、自らまとめた観察記録が広げられている。
「隣国では、異世界から聖女が召還される……」
彼は小さく独りごちた。
そこからいくつかの点が線となり、仮説として形を取っていく。
1. 召還された聖女の脳には魔法陣が描かれる。
通常の術式と違い、肉体に直接刻まれた魔法陣。
2. 魔法陣の影響により、聖女は常識を超えた能力を得る。つまり、意志疎通の能力だけではなく、脳に何かしら影響が与えられている?
家を浮かべる、天候を操る。
沙羅の異常な能力も、この理屈なら説明がつく。
3. しかし、代償として身体に過大な負荷がかかる。
すなわち――寿命を縮める。
エルンストはペンを止め、記した仮説を見下ろした。
「……だから聖女は短命なのか」
話だと、どの聖女も数年から十数年しか生きられない。
そのたびに隣国は新たな聖女を召還している。
「つまり、聖女は……使い捨てられてきたのか」
吐き捨てるように呟いた声には、冷えた怒りが滲んでいた。
沙羅も同じだ。もし何も手を打たなければ、彼女も例外ではない。
エルンストは深く、息を吐いた。




