エルンストと男
男は呻き声をあげながら目を覚ました。
気づけば椅子に縛りつけられており、手足は動かない。
冷たい石壁と蝋燭の明かり、そして目の前には無表情のエルンスト。
「……お前、誰だ」
「質問するのは私だ」エルンストの声は静かだった。
「誰に頼まれた」
男は口を閉ざし、唇を結んだまま睨み返す。
エルンストは机から一冊の厚い本を取り上げ、ぱらぱらと音を立てて頁をめくった。
「君は、この本を知っているか? 世界中の拷問方法を記したものだ。以前から実験したいと思っていたが、人体を手に入れるのはなかなか難しくてね」
無造作に読み上げていく。
「足先から魔獣に少しずつ齧らせる……指を一本ずつ切り落とす……皮膚を剥いで塩を塗る」
男の顔色が見る間に変わった。
「……はったりだ」
「……面倒だな。では、身体を少しずつ削ぐとしよう。鼻あたりからなら、長く保つだろう」
エルンストはナイフを抜き、男の鼻先を軽く切りつけた。血がにじみ出る。
「ま、待ってくれ! 話す!話すから!」
男は慌てて叫んだ。
「貴族の使いのような小綺麗な男が前金をよこしたんだ! エルンストが薬を作ってるか探れってな! もし薬を手に入れたら、その五倍を渡すとも言われた。前金で早速飲んださ。詳しいことは知らん! だから、殺さないでくれ!」
エルンストは一歩退き、冷たい目でさらに問う。
「あの子を追い詰めた時、何が起きた?」
「わ、わからん! 急に力が抜けて……身体が動かなくなったんだ! あれは何だ!」
「……あの子に触れたのか?」
「ち、近づいただけだ!」
「……あの子には、危険の時に発生する魔術がかけてある。試験段階だから、秘密だ。……死ななくて、良かったな」
エルンストは嘯く。沙羅の能力は隠さなくてはならない。
蝋燭の炎が揺れる。
「……黒い髪の魔女の伝説は知っているか?」
「……昔は聖女だったが、最後は王や貴族を殺しまわったって話だろ」
「そうか」
男は息を荒げながら、にやりと笑った。
「なぁ、聖女といえば、隣の聖女の話を聞きたくないか? 貴重な情報だぜ。俺を自由にしてくれるなら、話してやる。俺の友人だった奴が、死と引き換えにくれた話だ」
エルンストの瞳が細くなる。
「……話せ」
男はごくりと唾を飲んで続けた。
「隣の国ではな、聖女が他の世界から召喚されるんだ。どの聖女もとんでもない力を持ってる。家を宙に浮かせたり、天候を操ったりな。だがな――どの聖女も数年、長くても十数年で死ぬんだ。理由は誰も知らねぇ。死んだら、また新しい聖女を召喚する。面白いだろ?」
エルンストは言葉を返さず、ただ無言で男を見つめた。
その時、家の扉を叩く音が響く。
「エルンスト」
階段を上がり、扉を開けると兄が数人の兵士を連れて立っていた。
「兄さん、早かったね」
「少し探った。やはり裏に貴族がいるようだ。……こいつは好きにしていい」
兄は口元を吊り上げ、ニヤリと笑った。
地下でそれを聞いた男は必死に叫ぶ。
「話しただろ! 自由にするって言ったじゃねぇか!」
エルンストは淡々と答えた。
「約束は守るさ。……この部屋からは自由だろ?」
男の顔から血の気が引き、声にならない叫びが地下にこだました。




