エルンストの兄
昼過ぎ、沙羅が昼食の片付けをしていると、突然扉が叩かれた。
「……誰だろう?」と首をかしげていると、エルンストが出ていき、扉を開いた。
そこに立っていたのは――エルンストに瓜二つの美丈夫だった。
ただしエルンストよりも健康的で血色が良く、衣服も上質。立ち姿そのものが都会の空気をまとっている。そして、落ち着きと自信に満ちた微笑みを浮かべていた。
「エルンスト。久し振りだな。病気は……大丈夫なのか?」
「……兄さん」
その呼び方に、沙羅は思わず目を丸くした。
エルンストに兄がいる――そんな話は初めてだった。
兄は一歩部屋に入り、並んだ瓶を見渡す。
「ところで、例の薬が大人気だ。育毛剤と美肌液が足りないんだ。もっと作れないか?」
「増産は考えていない。巧く値段をつり上げて売ってほしい」
エルンストの答えは冷静で、まるで線を引くような響きがあった。
沙羅は思わず小首を傾げる。兄と弟――容姿は似ているのに、空気の重さが全く違う。
兄は光の中に立つ人のようで、弟は影の中で燻る火を抱いているように思えた。
「なるほど。相変わらず現実的だな。……ん?」
兄の視線が沙羅に移った。
突然注がれた眼差しに、沙羅は緊張で背筋を伸ばす。
「おや、この子は?」
「商売仲間みたいなものだ。色々手伝ってもらっている」
エルンストは簡潔に答え、それ以上は言わなかった。
兄は興味深げに沙羅を見た。
「……珍しい色だね」
その一言に、沙羅は胸の奥がざわついた。黒髪黒目――隠しようのない異質さが、また見抜かれたのではないかと。
だが兄はそれ以上追及せず、肩をすくめて笑った。
「まあ、元気そうにやっているならいい」
それから兄は少し真面目な顔に戻り、
「今なら家に戻っても大丈夫じゃないか?」と勧めた。
エルンストは短く首を振る。
「戻るつもりはない。この町でしか薬は作れない。訳は言えないが」
「そうか……残念だ」
兄は革袋を机に置き、代金を差し出した。
「今できているポーションと育毛剤、美肌液。持っていっていいか?」
「構わない」
商品を丁寧に箱に詰めながら、兄はふと視線を和らげた。
「……昔に比べて顔色がいいな。安心したよ。何かあればすぐに連絡してくれ。必要な物があれば届けるから」
「ありがとう、兄さん」
エルンストの声音は珍しく柔らかかった。
やがて兄は颯爽と去っていった。扉が閉じると、静寂が落ちる。
沙羅は無意識にため息をついていた。
「……お兄さんがいたのですね」
声に出すと、エルンストは本を開きながら視線だけで答えた。
「ああ。自慢の兄さ」
「でも……」沙羅は少し考えてから言葉を選んだ。
「エルンストさんと雰囲気が全然違います」
エルンストは肩を竦めた。
「似てない兄弟なんて、珍しくないだろう」
それ以上は取り合わない様子だったが――沙羅の胸には強い印象が残った。
兄の太陽のような存在感と、弟の静かな闇……。




