エルンストの過去
エルンストは美形一家と噂されている伯爵家の三男として産まれた。
家督を継ぐのは長男、いざという時のために次男もいる。だから三男である彼は、束縛も少なく、のびのびと育った。
幼い頃から本を読むのが好きだった。書物の中に広がる未知の世界は、彼にとって冒険そのものだった。加えて、魔法の才にも恵まれていた。学びを進めるたび、魔術の精度も威力も上がり、人より多くの魔術を自在に扱えた。
学院に入ってからも順風満帆だった。どの学年でも首席を譲らず、美貌と才知を備えたエルンストは友人も多かった。美しく、優しい婚約者もいた。彼なりに彼女を大切に思っていた。彼の論文は幾つか特許を取り、卒業後は王城に勤め、学者として名を成すことがほぼ決まっていた。
だが――卒業まであと一週間というとき。
エルンストは突然倒れた。
意識はあるのに、起き上がることができない。何人もの医師が診察したが、原因はわからない。日が経ち、週が経ち、やがて一ヶ月が過ぎた。
「……魔術再生不良症ではないか」
検証を重ねた末に出た、恐ろしい結論。
まさか、と思いつつ試しに魔力回復ポーションを飲むと、ほんのわずかに力が戻った。だが、かつてのように自在に魔術を操れるほどではない。
学者としての知識はあっても、それは魔術の才を土台にしたもの。魔術がなければ、ただの座学に過ぎなかった。
王城勤めの話は取り消され、婚約も解消された。
「申し訳ありません」
そう告げる彼女の顔には、同情と安堵が入り混じっていた。
それからのエルンストは、気力を失い、屋敷に閉じこもる日々が続いた。
見かねた兄がある日、肩を叩いた。
「たまには気分を変えてこい。仮面舞踏会にでも行けば、出会いがあるかもしれん」
渋々、会場を訪れたエルンスト。
だが、そこで耳にしたのは残酷な言葉だった。
「エルンスト様、魔力再生不良症なのですって?」
「ええ、そうなの」
「結婚する前にわかって良かったわね」
「そうね」
「新しい婚約者も決まったのでしょう?」
「当然でしょう。もう、いくつだと思ってるの?」
――陰から、その会話を聞いてしまった。
胸に広がるのは、虚しさと寂しさ。
早々に会を辞し、都を去る決意を固めた。
特許料で、最低限の生活はできる……。
家族は当然反対したが、彼の意思が揺るがぬことを知ると、やむなく見送ることにした。
こうして、かつて「順風満帆」と呼ばれた青年の人生は、大きく軌道を外れていったのだった。




