黒い目、黒い髪の魔女
名前はトメ。
貧しい農家の小作人の十番目の子であった。
一番目は一郎、二番目は次郎……私はトメ、終わりだ。その年は酷い不作で、私はどこかに売られるだろう、と思っていた。
甕から水を飲もうとしていた瞬間、トメは見知らぬ光に包まれ、異世界に聖女として召喚された。
周囲を取り巻くのは、見たこともない姿の人々。
「成功だ」
「言葉は通じるのか」
「随分みすぼらしいな」
混乱するトメは女に連れられ、体を洗われ、奇妙だが清潔な衣服を着せられた。目の前に差し出された食べ物を、飢えに負けてむさぼる。
そこにローブを纏った男が現れた。
「話せるか」
「……はい」
「見たところ栄養と休息が必要そうだ。ここは君のいた所から遠い。だが傷つけはせぬ。ゆっくり休むが良い」
わけがわからなかった。その夜から一週間、トメは熱にうなされ眠り続けた。
やがて回復したが、トメは何の力も見せなかった。世話をする女たちは陰でささやいた。
「失敗なのでは」
「前の聖女はすぐに魔法陣を描いたわ」
「この子は話すことすらしない」
ローブの男に問われても、トメは答えられなかった。
「君は何ができるのか?」
「……わかりません」
「前の聖女は転移、空間収納、遠隔会話、空中遊歩、意志疎通魔法ができ、魔術を魔法陣にして我らにもたらした。どうだ?」
「……わかりません」
失望の色が広がる。
しかしある日、世話係の女が食器で手を深く切った。血が止まらず、顔が青ざめていく。
トメは必死に傷口を押さえ、「血が止まって」と願った。
すると血が止まり、皮膚は閉じ、傷は消えた。
「治癒の魔法か」
「いや、まだ決めつけるな」
それからトメは病人や怪我人のもとへ連れて行かれた。最近の傷や病なら癒やせるが、長い病や古い傷は治らなかった。
それでも貴族も町人も、次々とトメを求めた。
ある日、火傷を負った老婆が運び込まれる。顔全体を覆う酷い傷。
トメが治癒を行うと、火傷は消えただけでなく、皺が薄れていた。
「……若返っている?」
王妃の耳に届く。
「私の顔に大きなシミがある。顔全体にその魔法を使え」
トメはためらいながらも魔法を施す。王妃の顔は若返り、歓喜が広がった。だがトメは酷く疲れ果てた。
数日後、王妃は言った。
「次は身体全てを若返らせろ。断れば殺す」
トメは従い、王妃を若返らせた。代償に二週間昏睡した。
ローブの男達は、王妃により隔離された。トメの能力は時間に作用するとわかってきたが、何も出来なかった。
以後、トメは病や怪我を癒やすことよりも、貴族たちの「若返り」の道具として酷使された。
彼女はやせ衰え、起きられる時間より眠り続ける時間の方が長くなった。
ある夜、喉の渇きに目覚め、水を飲もうとした窓に自分の姿を見た。
老婆になっていた。
魔力を命から削り続けた結果だった。
廊下に出れば、人々は悲鳴を上げて逃げた。
「化け物だ!」
心が死んだ。
やがて王妃が茶会でトメを呼ぶ。
「もう少し、若くして」
トメは断った。
「ならば痛めつけろ」
兵士に命じ、鞭打たれるトメ。
その瞳に、憎悪が宿った。
「王妃……それならば、もっと若くして差し上げましょう」
魔力が溢れる。王妃は若返り、女から少女へ、幼女へ、赤子へ――そして消えた。トメは命を削って魔力にした。
阿鼻叫喚。
「あなたも、以前若返りを望みましたね」
次々と貴族たちは幼子へと縮み、消え去った。
兵士はヨボヨボの老人に変えられ、戦う力を失った。
「……もう、終わり」
そう呟いた瞬間、矢が胸を射抜いた。次々と降り注ぎ、トメは倒れた。
王城にいた王族も貴族も兵も、多くが死んだ。
事件を知った民は暴動を起こし、王族を滅ぼし、新たな王を立てた。
やがて語られる。
黒い目、黒い髪の少女――
王を滅ぼした「黒の魔女」の伝説として。




