エルンストとの実験①
「どうやら君は――他者の魔力の“総量”と“現状”を視認できるようだ」
彼は自らの顎に手をあて、すぐさま理屈を組み立てていく。
「私に見えた数値がそれとはな。……やはり確信していい」
沙羅は不安げに口を開く。
「……それって、普通のことじゃないんですよね」
「無論だ」エルンストは即答した。
「過去の文献にも、記録された例は一つもない。だが……君の力は実在する。となれば――」
彼は一歩近づき、沙羅をじっと見つめる。
声は低く、しかし熱がこもっていた。
「検証の価値がある。是非、私に協力してほしい」
その言葉に、沙羅は一瞬身じろぎした。
だが彼の口調は冷たくも、命令的でもない。淡々と事実を積み上げ、ただ“未知を知りたい”という衝動だけで動いているようだった。
「……わ、私で役に立つんでしょうか」
「役に立つとも。君の力は、私の知識欲を久方ぶりに満たしてくれそうだ」
一瞬、彼の唇が愉悦にかすかに歪む。
「喉が渇いたろう、飲み物を用意するよ、お茶でいいかな?」
「ああ、悪いな」
エルンストが去ったあと、沙羅は胸をざわめかせていた。
学者の眼差しは恐ろしくもあり、どこか安心感も伴っていた。「研究対象」として見られたことに、複雑な気持ちが渦巻く。
そこへ、背後から低い声が落ちた。
「……沙羅」
振り返ると、ガルディスが腕を組んで立っていた。
普段は柔らかく笑う顔に、今は険しさが浮かんでいる。
「エルンストのことだが――深入りはするな」
「え……?」沙羅は目を瞬かせる。
「悪い奴じゃない。学者としての腕も、知識も一流だ。だがあいつは、物事にのめり込むと周りが見えなくなる。ましてや君の力みたいに前例のないものを前にしたら……」
ガルディスは小さく息を吐く。
「お前を“人”としてより、“現象”として追いかける。そういう奴だ」
その声色は叱責ではなく、ただ心配からの忠告だった。
沙羅は俯き、少し唇を噛む。
「……でも、私、自分の力が怖いんです。知りたい……けど、怖い」
ガルディスはゆっくり沙羅の肩に手を置いた。
「なら余計に、信頼できる相手を間違えるな。俺もいるし、リュカもいる。……お前は一人じゃない」
沙羅は顔を上げる。
ガルディスの真剣な眼差しに、不思議と胸の重さが和らいでいった。
リュカの宿での暮らしは、次第に落ち着きを取り戻していた。
「しばらく泊まっていっていいからな」
そう父親に言われ、沙羅はここを拠点にすることを決めた。約一年分先払い、食事込みで、と銀貨を一枚出した。父親は目を丸くしていたが、「簡単に銀貨は出したらいけない。狙われるぞ……」と忠告された。
沙羅は不安を抱きつつもエルンストの家を訪ねるようになった。数字の意味がわからなければ、先に進めない……。
その日。「よく来てくれた」
書物と道具に囲まれたエルンストは、研究に没頭しているように見えながらも、沙羅を迎える声には温かさがあった。
机の上には、小さな木箱が置かれていた。
「さて、今日は実験をしよう。沙羅、これを見てくれ」
箱の中で、小さな灰色のネズミがちょこちょこと動き回っている。
「数字は……見えるかい?」
沙羅は首を横に振った。
「いえ、見えません」
「ふむ……やはり普通の動物は対象外か」
エルンストはうなずきながら、次に別の籠を取り出した。
その中には、猫ほどの大きさの、角の生えた小さな魔獣が入っていた。
ごろごろと低く鳴き声を上げ、赤い目を光らせている。
「では、これならどうだ?」
エルンストが問いかける。
沙羅は思わず身を引きながらも、じっと魔獣を見つめた。
――視界の中心に、数字が浮かび上がる。
「……見えます。3……3/3って」




