第47話
「……ムカつくな、アンタ」
ウィズィが影を作る下で、トゥルバが三白眼を剣呑に細めた。
「部外者が口を出す問題じゃないが、今のアンタの質問は、分かっていてエルシィから言葉を奪うものだ」
「…………何が言いたい?」
風が吹いて細かい砂が舞う。
片足を引いて振り返ったセオドアが、先ほどまであった穏やか雰囲気を捨て、冷ややかにトゥルバを見返した。
驚いたエルシィがトゥルバを見ると、彼はセオドアから片手を放しつつ、眉を寄せる。
「どうして助けを求めなかったと、アンタは聞いたな。ならどうしてアンタは、エルシィを一人にした?」
「っ……」
「その人から状況は聞いた。おかしいじゃねーか。異国の地で誰が敵かも分からない場所で、どうしてアンタ、エルシィを一人にした」
セオドアの表情が歪み、言葉が詰まった。
揺れた視線は宙を彷徨って、トゥルバの足元まで下がっていく。
褐色の戦士は足を踏み出し、セオドアの胸ぐらを掴むと、エルシィを抱えているに構わず引き寄せた。短い悲鳴をあげた彼女を、抱きしめる腕の力が強くなる。
下から睨みあげたトゥルバの、スカラベ色の瞳が、影の中でも煌々と輝いて見えた。
「その人を一人にした状況を分かっていて、どうして助けを求めなかったなどと、詰め寄るべきじゃない。誰に助けを求めるって? どうして声を上げなかったって? その言葉を封じたアンタが、エルシィに詰め寄るな……!」
激昂する声に、エルシィは目を見開く。
確かに彼は聖女であるが、過ごした時間はほんの僅かだ。これほど親身に案じてくれていたとは、思わなかった。
少し心が救われた気持ちで眉尻を下げると、セオドアが一呼吸置いた後、口を開く。
「……それは、……そうだな。……それでも助けを、求められたかった」
「それはアンタの傲慢だ。……アンタ、エルシィが目覚めない間、この人が何を言っていたか分かるか?」
トゥルバの口から飛び出した伏兵に、エルシィ自身が声を上げてしまった。
意識のないまま何事か口走っていたとは、全く知らなかった。
様子を見ていたルジーがトゥルバを嗜めるが、彼の怒りは治らず、片腕で従者を払って退ける。
「……どうして、だと」
砂漠に倒れていた時も、集落に運び込まれて治療を受けていた時も。
意識のないエルシィはずっと、一言を繰り返していたという。
どうして。
どうしてなの、旦那さま。
どうしてわたしに、近づいたの?
「──ッ!!」
「きゃっ」
急激にセオドアの力が緩んで、落ちそうになったところを、トゥルバに抱き止められた。
腕を躱わして引き寄せられたエルシィは、そのまま砂の腕に足をつけて、自ら立ち上がる。
セオドアが咄嗟に腕を伸ばすが、彼女は反射的に身を引いた。
自らの行動に意識が追いついた時には遅く、彼は震える息を吐いて唇を噛み締める。
ふらつくエルシィを支えながら、トゥルバはセオドアを睨みつけた。
「魔術の本質は、よく耳を傾けろ、だろ。世界最強と名高い魔術師が、聞いて呆れる。……今のアンタにお袋殿は任せられない」
長い布で体を隠しながら、夜の街を走っていく。
ルヴィナを腕に抱えるトゥルバが、足音もなく路地裏に佇む家屋に足を踏み入れた。
人の気配は感じないが、整然と片付けてある空き家だ。彼はルヴィナを降ろし、息を弾ませるエルシィに振り返る。
「走らせた、すまん」
「い、いえ、大丈夫」
息を整えながら、同じく抱えていたチェンノッタを腕から離す。
子供たちはそれぞれエルシィの両脇を挟むと、室内を見渡して目を瞬かせた。
トゥルバが案内したのは、ラッカヌーン国の南方にある小国だった。
そこは連邦の中でも比較的、軍事的な事情が緩い国で、遊牧民族が利用する隠れ宿が、いくつか点在しているという。
あの砂漠から全員で、遊牧民族の集落に戻るわけにもいかない。
そのため、ルヴィナとチェンノッタも強力し、囮役を引き受けた戦士たちの安全を確保してから、近くの国へ移動してきたのである。
トゥルバたち遊牧民族の最終目的は、宮殿の奪還だという。
ただそのために、エルシィたちを利用するつもりはないと、彼は言い切った。
実はエルシィの両親に、最初に話をつけに行ったのはトゥルバだ。
連邦軍に彼女の両親が説得させられる前に、先回りして、エルシィを連れ戻すよう助言していたのである。
聖女と共にいるエルシィの存在は、あまりに人の目に留まりすぎた。
おそらく関わりたくもない戦争に、巻き込まれてしまうだろう、と。
彼は慣れた手つきで蝋燭に灯りを灯すと、狭い石の階段を指差した。
「アンタたちは2階で休め。……親父殿は、俺と下で寝ろ」
「…………ああ」
顔色の悪いセオドアの目は、ぼんやりとエルシィがいる方向に彷徨っていたが、トゥルバの一言で視線を逸らす。
結局、別行動をとるわけにもいかず、セオドアは一定の距離を置いてついて来ていた。
よほどトゥルバの一言が衝撃だったのか、これまでの気やすさは鳴りを顰めている。
何か大切な感情が痛まないでもなかったが、それ以上にエルシィは安堵してしまっていた。
湯浴みできない事を謝罪するトゥルバを気遣いつつ、エルシィは疲労を滲ませる子供たちを促す。
そういえば幻想生物たちは、と視線を巡らせた先で、オウムになっているウィズィが、トゥルバの周囲を旋回した。
「おうおうおう! あのよぉトゥルバの兄ちゃんよ! ちょっとばかしネーチャンのツラ貸してくんねーか!?」
「姉ちゃん?」
いったい誰のことだと問いかけようとした矢先、トゥルバが背負っている銃を、ウィズィに向けて差し出した。
「!? ルジーさんって性別男性じゃないの!?」
「女じゃないのか?」
「ルジー? そりゃ確かに男みてーな愛称だな!? なんでまたそんな愛称で呼ばせてんだルーシェ!?」
詰め寄られたルジーこと、ルーシェは、観念した様子で声を発する。
「……申し訳ございません。召喚された際に、聖女トゥルバの役に立とうと銃に扮したら、声帯の設定を間違えまして」
「声ひっっく!!」
「声だけダンディズム全開のマシンガントーク野郎に言われたくありませんが?」




