011 オトギ邸にて③
「この程度で、一体どれだけ時間を使うつもりだ。」
全身ぼろぼろに傷つき倒れているシマノフスキに向かって、レスピーギは苦々しげにこう言い放つと「早くいくぞ」と足蹴にして起き上がるよう促した。
動こうと努力はするが、身体が言うことを聞かないシマノフスキを冷ややかに見つめると、「お前たち2人だけでもよい。入れ」と、奥に入るよう言い付けた。
恐る恐る中に入るシバケンの後ろから、ラナマールが着いてくる。
中は殺風景な部屋で、中には机と椅子、それに小さな書棚があるだけだった。
周囲の壁には蔦が生え、窓も無いためカビ臭かった。
机の上には雑然とメモ書きが散乱しており、その脇の小型の本棚には20冊程度しか本が詰まっておらず、隙間が目立っていた。
「ほう、思っていた以上の収穫になりそうだな。」
レスピーギは机の上のメモ書きを手に取り、独りごちた。
そして、
「本棚の本は縛らずに全て先ほどの長椅子の脇に積んでおけ。傷付けるでないぞ。メモも同様だ。全て木箱に入れ、本と共に持ってこい。メモ書き一枚、忘れるでないぞ。」
とシバケンとラナマールの2人に言い付ける。
レスピーギ自身は、書棚から一冊を抜き取り、そのまま部屋を出て行く。
シバケンはシマノフスキの元に駆け寄ろうとしたが、激しくレスピーギに叱責をされた。
近付いた際にシマノフスキは規則正しい寝息を立てており、命には別状は無い様子だったのを確認出来たので、シバケンはしぶしぶ本棚から本を運び出す。
数は少なかったので、ラナマールとシバケンの2人で往復すること3回、全ての書籍を運び出す事が出来た。
「作業は終わりました。」
「うむ、ご苦労。明朝すぐにゴモ村に向けて出発するから、それまでは自由にして構わん。寝るなら先ほどの書斎を使うがいい。」
シバケンが作業完了を報告したが、レスピーギは煩わしそうに本から目を上げる。
「それじゃ失礼します」と、シバケンは一礼して書斎に戻った。
「シバケンの旦那。どうしましょう?」
書斎に戻ると、ラナマールが心配そうに寄ってきた。
部屋には泥と丸太の2体のゴーレムの残骸が転がっており、シマノフスキは先ほどと変わらぬ姿勢のまま横たわっている。
「ラナマールさん、手伝ってもらっていいですか?」
「いいですが、何をです?」
「私は頭の方を持ちますから、ラナマールさんは足の方を。ゴーレムの残骸の近くじゃ気味が悪いから、隅の方に移動させましょうよ。」
そう言うと、2人はシマノフスキの元に歩み寄った。
すると、先程まであれほど酷い傷だったのが、少し治りかけている気がする。
2人は顔を見合わせたが、何も言わずに呼吸を合わせて抱え込み、部屋の隅に移動させた。
シマノフスキは、抱えられている間何も言わず、ただ規則的な深い寝息を立てていた。
続いてシバケンは、ラナマールに今から2人の荷物を持ってくるようにお願いをして、自分はゴーレムの残骸を隠し部屋に放り込んだ。
そして、隠し部屋との扉は閉め、本棚も手動で動かす事が出来たので移動をさせ、元の場所に納めた。
全てが終わると、今まで漂っていた嫌な気配が少し収まったように感じられた。
「可哀想に。」
シバケンは、起こさないように注意しながら、シマノフスキの顔をしばらく覗き込む。
気のせいでは無く、ゆっくりとではあるが、傷が塞がっていっているのが確認出来た。
「ラナマールさん、これって、やっぱり気のせいじゃないですよね?この子の傷が塞がってますよ。」
「ええ、見間違いじゃないですね。さっきまであんな酷い状態だったのに。ホントに不思議です。あの魔術師が何かしたんでしょうか?」
原因は分からないが、怪我が治っていくのだから良い事だと、シバケンはほっと胸を撫で下ろす。
ほっとした途端に緊張が解けたのか、シバケンは空腹と疲労を覚えた。
荷物の中から、干し肉とチーズ、パンを取り出す。
水はレスピーギが用意していたので、それを使わせてもらう事にした。
パンだけを味気なく齧っていたラナマールが羨ましそうに見ていたので、チーズは半分千切って渡し、何種類か持ってきた干し肉も好きなだけ食べるように促した。
そのお礼という訳ではないだろうが、ラナマールからは硬い草の塊をもらった。
少量の水かお湯で溶いて、野菜ジュースにして飲むという。
お湯の方が飲みやすいとの事なので、湯を沸かす。
シバケンは、火傷をしないようにゆっくり口に含んだが、青臭さはないものの、舌触りの悪さと苦みに閉口した。
だが、ラナマールが言うには、野菜不足を補うためには便利な携行食だという。
「ラナマールさん、今日はホントに助かりました。明日の朝に出発ですから、それまではゆっくり身体を休めて下さいね。貰った本も気になるでしょうけど、あまり夜更かしもほどほどにして下さいよ。私はすっかり疲れてしまったので、先に休ませてもらいますね。」
食事が終わりシバケンが欠伸をしながらそう言うと、シマノフスキが「うーん」だが「ふーん」だか分からないが、わずかに声を出した。
思わずシバケンは駆け寄りシマノフスキの顔を見下ろすと、薄ら空いた目と、目が合った。
シマノフスキが起きようとするのを、慌てて介助する。
「無理はしちゃダメだよ。少し水を飲む?少しばかりなら食べ物もあるよ。」
シバケンの問い掛けに、シマノフスキは何も言葉を発せず、ただ宙を一点見ているだけだった。
が、しばらくしたのち、急に気が付いたようにシバケンとその粗末な食事に目をやった。
シマノフスキは水の入った皮袋に手を伸ばそうとしたが、急な動きに身体の方がついていかずに、思わず顔を顰める。
シバケンは皮袋を取り、シマノフスキが水を飲めるように手を添えてやった。
シマノフスキは、口を湿らせる程度に水を口に含んだだけだった。
それならば、と、干し肉とチーズ、それに朝食用の干し果実があったので、それをシマノフスキの前に並べる。
シマノフスキは虚ろな表情を浮かべていたが、それが何か分かると、干し果実に手を伸ばした。
あっという間に食べ終わったシマノフスキは、もう一つ、とでも言いたげな表情でシバケンを見上げる。
シマノフスキが初めて感情を見せた事に、思わずシバケンの顔が綻ぶ。
「あんな大怪我でしたのに、命の別状はなさそうで、ホントによかったですね、シバケンの旦那。」
ラナマールも、さっきからシマノフスキの様子を心配そうに眺めていた。
結局、シマノフスキは干し果実を4粒とチーズをほんの一欠片食べただけで、再び眠りについた。
その様子にシバケンも安心して、何かあってもすぐに気づくように、並んで寝ることした。
ラナマールは、貰った本がよほど嬉しかったのか、眠る気配すら見せずに読み込んでいた。
規則的なシマノフスキの寝息を心地よく耳にしながら、シバケンは深い眠りに落ちていった。
2022.10.30 誤字訂正 ⇒ 誤字報告ありがとうございました




