012 いざゴモ村へ
シバケンが目が覚めた時には、シマノフスキはもういなかった。
ラナマールの方は、本を抱いたまま大きないびきをかいていた。
居間の方から音がしていたので、ラナマールを起こさないように気を付けながら、そこへ顔を出す。
レスピーギは昨夜と変わらず長椅子に腰掛けたまま、カップを片手に本を読んでいた。
床には昨日固めてあったはずの本が散乱していた。
「おはようございます。」
レスピーギは上目遣いでシバケンを見上げ、
「ちょうどよかった。本を片付けろ。」
とだけ言った。
と、シマノフスキが寄ってきて、ハーブティーの入ったカップを無言で差し出す。
「おはよう。シマノフスキ。私にもハーブティー淹れてくれたのかい。ありがとう。」
シバケンはそう言って、口元に運ぶと華やかなと言うよりは、スパイシーな香りが鼻腔を楽しませた。
「私のハーブティーなんだがな。珍しい事もあるものだ。」
シマノフスキの様子をレスピーギは興味もなさそうに眺めて独り言を言う。
予想以上に収穫が大きかったのか、レスピーギはすこぶる機嫌が良かった。
床に散乱した本の状態からも、それを察する事が出来た。
シバケンは寝起きのままだったので、急いで顔を洗い作業にとりかかる。
20分も掛からないうちに作業は終わり、それと同時にやっとラナマールが起きてきた。
ラナマールも収穫が多くて夜更かしした口だろう、大きな欠伸をしている。
「揃ったみたいだな。今から本をゴモ村の宿に運んで貰うのだが、幸い雨の心配もなさそうだ。今夜中には戻れそうだな。貴重な本は別にこちらの馬車で運んで行く。だからといって、他の物も粗略に扱う事は許さぬ。汚損については報酬から天引く。お前達の報酬程度では手の届かぬ書物も多いから、そのつもりで丁寧に扱うんだぞ。特に質問もあるまい。それでは早うせい。お前達が出てから施錠をし、私たちもゴモ村に向かう。」
そこからが慌ただしかった。
シバケンとラナマールは朝食を摂る間もなく、レスピーギの用意した荷車に本の束を載せる。
ズレたり落ちたりしないよう固定しやすいように、あらかじめ高さを揃えて束を作ってあったので、作業もスムーズに進んだ。
シマノフスキの方は、貴重な本なのだろうか、大事そうに本を抱えて、何往復もして馬車に積み込んでいた。
自分達の荷物も忘れずに荷車に載せ、シバケンがそれを最後しっかり縛り付ける。
2人が忘れ物を無いのを確認したら、レスピーギはさっさと屋敷に施錠を施し、来た時と同様シマノフスキを馭者台に乗せてゴモ村に出発してしまった。
取り残された格好のシバケンとラナマールは、まず朝食を摂ることにした。
朝食とは言っても、昨晩と同じ干し果実と堅パン、それに僅かばかりのチーズだ。
携行食ではなく、何か温かい食べ物でも食べて英気を養いたいものだと思いながら、シバケンは味気ない食事を済ませる。
「ここから、普通に歩いて3刻ぐらい行ったところに集落がありますから、まずはそこを目指しましょうか。荷車を牽いていたとしても4刻ぐらいで着くと思いますよ。位置もちょうどゴモ村に向かう方向にありますから。」
「4刻ですか。昨日は馬車だったからよくわからなかったんですけど、ここからゴモ村までだと、どれぐらい掛かりそうですか?」
「うーん、どうでしょうか。荷車を牽いてますから、ざっとですけど、20刻までは掛かからないってところじゃないでしょうかね」
「20刻!?」
一刻が約40分なので、およそ800分。
13時間ちょっとか。
シバケンは、荷台に積まれた膨大な本の山を見てゲンナリする。
その集落までは約4刻で、約3時間弱。
休憩のタイミングとしては丁度良さそうに感じられた。
「その集落で、食事とかは出来るんでしょうか?」
「もちろんですよ。前に一度寄った時には、はちょうど川蟹の産卵の時期でしたから、カンナさんの実家でたくさん頂きましたよ。」
「カンナさんって、あの?」
「ええ。こないだご一緒した木馬亭の。」
カンナと聞いて、年甲斐もなくシバケンの心が騒いだ。
「カンナさんから、両親が食堂兼宿屋をやってるって、聞いて一度寄ってみたんですよ。そしたら、これが大当たり。話好きの親父さんなんですけど、料理の腕も抜群で。こないだの子持ちの川蟹なんて、今まで食べた事無かったですけど、そりゃもう美味しかったですよ。今はその時期じゃないのが残念ですけど、今は何が美味しい時期なんでしょうね。せっかく近くまで来たんですから、休憩がてら寄りましょうよ。」
「魅力的な提案ですね。帰り道の途中でしたら問題無いでしょうし、何より携帯食が続きましたから、美味しい物食べましょうか。」
「おっ、そうこなくっちゃ。シバケンの旦那は話が分かる。そうと決まれば、急にやる気が出てきましたよ。」
「ははは。ラナマールさんも現金な。でも、この本が積まれた荷車を見ちゃうと、げんなりしますけどね。」
「アタシも精一杯お手伝いしますから、悩んでも仕方ないので、さあ行きましょう。」
「そうですね。先は長いですから。」
たぶん、その集落での食事も自分が支払う事になりそうだと、シバケンは感じたものの、今回の依頼に関してはラナマールがいて本当に心強かった。
経験に支払ったと考えて、食事代ぐらいはそれほど痛くは感じなかった。
ラナマールが腰を上げるのに合わせて、シバケンも立ち上がった。
シバケンが荷車を牽き、ラナマールが後ろから押して運ぶことに定まった。
荷車の前に立ったシバケンは、荷台の上に積まれた本を見ないようにして、目を閉じて深く深呼吸をし、自分のスキルを信じて少し牽いてみる。
あれっ?
最初こそ身体全体に抵抗を感じたのだが、動き出したら荷物の重さを感じさせないぐらいスムーズに牽く事が出来た。
軽々と、というのでは無く、適度な重さを感じながら滑らかに荷車は動く。
しかも、道の悪さにもほとんど影響されず、積荷が崩れる様子も全くなかった。
「シバケンさん、待って下さいよ。」
慌ててラナマールは着いてくる。
ラナマールの介添えがない状態だった事に驚き、改めてラナマールと声を合わせて牽いてみる。
「スゴいですね。これがシバケンさんのスキルですか。重さを感じない上に、荷崩れする気配すらないじゃないですか。この調子なら、もっとスピードを上げてもアタシは大丈夫ですよ。どうなる事か不安でしたけど、パッと集落まで行って、ゆっくり一杯引っ掛けられそうですね。」
などと、ラナマールは気楽な事を言っている。
シバケンの方も、当初の憂いは無くなったので、心急くまま荷車を牽き続けた。




