010 オトギ邸にて②
「1人増えると想像以上に早いな。大儀だ。」
書斎の本を全て出した事を報告すると、本から視線を上げてレスピーギは言った。
言葉とは裏腹に、労った印象はあまり感じられなかった。
「これで第一段階は終了だな。おい芸人、そこに13冊あるだろう、それは持っていっていいぞ。」
乱雑に本が転がっていた。
自分に興味のない本には、何ら愛情を持っていないかのようだった。
ラナマールは一向に構わず、喜び勇んで本を拾い上げる。
脇からシバケンも覗き込む。
写本と思われる手書きの本がほとんどで、悪筆ではあるがなんとか読める程度の汚い字で英雄伝とか、名妓とかと書いてある。
「昔の“赤目語り”の台本ですよ。私の知ってる演目もあれば、今では誰もやらなくなった物も混じってますね。知ってる演目でも、流派によって演出が違ったりもしますから、勉強になりますよ。いや大変貴重なものです。」
「あれ、この1冊は表紙にも何も書かれてませんね。」
シバケンは、一際粗末な小冊子を手に取る。
台本にばかり気を取られていたラナマールも、その手を止めてシバケンから本を受け取る。
「ああ、それは年寄りの昔話だ。」
レスピーギは億劫そうに言うと、ラナマールは勢い込んで本を開く。
「これはすごい。誰が書いたかは後でよく読んで調べますけど、150年前の黄金時代に活躍した人たちの聞き書きですよ。前にもお話ししました、ベッサイルに、ラクーラ兄弟、あっ、ゲマーツも。」
働いた分ぐらいの報酬は得られたみたいでよかったと、台本そっちのけで、小冊子から目を離そうともしないラナマールを見て、シバケンはそう思った。
「休憩は終わりだ。さて、本丸といこうか。」
レスピーギは鷹揚に椅子から腰を上げると、書斎に向かった。
書斎の中ではシマノフスキが部屋の中央を空けるようにして、机などを壁際に移動させていた。
レスピーギは空になった本棚の前に立ち、その一部に手を触れた途端、音もなく本棚がスライドし、黒い大きな扉が現れた。
心なしか冷えた空気がシバケンの頬を掠めた。
「お前たち2人は壁際に下がっておれ。シマノフスキは前に。扉を開けよ。」
シマノフスキは言われた通り扉の前に進み、取っ手に手をかける。
バチッと光が走り、シマノフスキは大きく壁まで弾き飛ばされ、シバケンは思わずシマノフスキを抱き止める。
まだ幼い少年のような華奢な体つきに、シバケンは改めて暗澹たる思いにかられた。
“依り童”という響きだけでも、不吉な思いが頭をよぎる。
「ほう、田舎の魔術師にしてはなかなか念のいった対策だな。よほど中には大切な物があるとみえるな。シマノフスキ何をしている、早く戻れ。」
レスピーギの無感情の叱責にシマノフスキは弱々しく立ち上がる。
扉に手を掛けたシマノフスキの右手は、火傷のような傷を負っていた。
雰囲気に圧倒され、声も掛けられずにシバケンは見送る。
シマノフスキはレスピーギの元に歩み寄ると、レスピーギは右手の人差し指を突き出した。
その指先は光り始め、そのままシマノフスキの怪我を負った右手の掌に何か文字を書くように押し当てた。
シマノフスキは歯を食いしばり、苦痛に耐えている。
何かを書き終わると、次にレスピーギはシマノフスキの耳元に顔を寄せた。
すると、今まで苦悶の表情を浮かべていたシマノフスキから表情が消え、従順に扉へ向かっていった。
先程の衝撃の記憶も冷めやらぬのに、何の躊躇いもなくシマノフスキは扉に手をかける。
先程同様の激しい光がシマノフスキを襲う。
しかし、シマノフスキは無表情のまま扉に手をかけ続けている。
衝撃波が壁際に下がっているシバケンまで届く。
「依り童って?」
共に壁際で身を潜めながら、シバケンはラナマールに話し掛ける。
「アタシも詳しくは知りませんけど、昔からああやって魔術師は年端もいかない子供を操るって言われてるんですよ。意思も感情も苦痛も無くね。哀れなもんですよ。で、大人になったら魔法の掛かりが悪くなるからって、捨てられるって話ですよ。言っちゃ悪いが、その頃には感情も何もない、ホントの人形でさあ。」
「そんな、ひどい。」
「ええ、酷い話ですよ。一応今では違法って事になってますから、見る機会も少なくなって来ましたけど、まだまだ無くなったりはしてないんでしょうね。使用人には金を払わなくちゃいけませんから、弟子って形にしたりしてね。見て下さいよ、あんな怪我をしたのに、まだ魔法で無理矢理に。アタシは可哀想で見ちゃいられませんよ。」
“依り童”という名前から想像はしていたが、そんな悲惨な身の上だったとは。
目を逸らすラナマールとは反対に、シバケンは目を逸らさずにシマノフスキの姿を見つめる。
「あと少しで扉は開くぞ。シマノフスキ、抜かるなよ。」
レスピーギが声を掛けると同時に、光が一際大きくなったかと思うと、音もなく扉が開いた。
シマノフスキは、扉の握り手を握ったまま膝から崩れ落ちた。
膝を付いてはいるが、ぶら下がっているような格好に見えるのが、シマノフスキの幼さをより際立たせ、シバケンは初めて目を逸らせた。
「まだ続くとはな。呆れたものだな。これも、田舎者の頑迷さか。おい、シマノフスキ早く起きよ。」
レスピーギは足でシマノフスキの尻を叩くと、シマノフスキはようようの思いで立ち上がった。
再びその耳元にレスピーギは顔を寄せ、何かを囁いた。
さらに、先程とは異なり、右手全体が光ったかと思うと、その右手でシマノフスキの頭を握った。
呆然と見守るシバケンにも、光がシマノフスキに流れんでいくのが分かった。
「来るぞ。」
開け放たれた扉の向こうの闇から、丸太に手足の生えた化け物と、泥人形の化け物が現れた。
「2体か。やくたいもない。シマノフスキ、まずは丸太の方からいけ。」
シマノフスキは先ほどの扉の結界で焼け爛れた右手を伸ばし、丸太の化け物に密着させた。
と、そこから炎を発し、シマノフスキ自身の身体諸共、化け物ごと炎に包む。
丸太の化け物はひとたまりもなく、炎に包まれたままもがいていたが、やがてバラバラに崩れ落ちた。
「いくら依り童でも、ひでぇ使い方しやがる。」
ラナマールは唇を噛んでいる。
シマノフスキは、泥の化け物に殴られ、壁に激突する。
決して華奢な作りでもない木製の棚が、その衝撃で粉々に崩れる。
シバケンは居ても立っても居られず、1人掛けの椅子を振りかざし、泥の化け物の背中に叩きつけた。
ゴーレムの身体にヒビが入り、少し怯んだように見えたが、椅子の方はバラバラになってしまった。
「面白い事をする荷物持ちだな。シマノフスキに任せておけば良いものを。首に埋まっている魔石を取り除けば機能は停止するぞ、やるならそこを狙え。シマノフスキも田舎の三流魔術師のゴーレムなんぞに何をしている。早くせんか。」
レスピーギはイライラした声を出す。
シマノフスキは、弱々しく起き上がる。
泥のゴーレムはシバケンの方に身体を向けている為、シマノフスキには背中がガラ空きだ。
シマノフスキは左手を握り拳を突き出すと、電撃の一閃が泥のゴーレムを貫く。
わずかに首を逸れて、ゴーレムの左の肩口から先が吹き飛ぶ。
その隙にシバケンは転がるようにして、ゴーレムとの距離をとった。
と、手に触れたものがある。
先程の丸太のゴーレムの腕だ。
長さといい、太さといいちょうどいい大きさの丸太で、しかも表面しか焦げておらず、強度も十分だ。
シバケンは両手で握って、体重を乗せたフルスイングで、ゴーレムの側頭部に殴りかかる。
ゴーレムは右手でその丸太を握って軽々と受け止める。
ビクリとも動かない、すごい力だ。
ゴーレムがシバケンに気を取られているその隙に、再度放ったシマノフスキの雷撃が、見事にゴーレムの頭部を破壊した。
剥き出しになった頸部から、ピンポン玉ぐらいの大きさの琥珀色に澄んだ球が転がり落ちた。
と、ゴーレムの動きは完全に止まり、砂となり崩れ落ちた。




