009 オトギ邸にて①
「ラナマールさん、ありがとうございました。折衝を全部お願いしてしまいまして。」
「いえ、こちらこそ出過ぎた真似を。それに、折衝なんてしてませんよ。あの人が一方的に話しただけで。」
「たしかに、そうでしたね。」
「とはいえ、資料は見せてもらえそうな可能性もあるみたいで、よかったです。」
「ホントですね。それにしても、スゴい方でしたね。魔術師って、みんなあんな感じなんですか?」
「アタシもあんまり魔術師との付き合いはないですけど、宮廷魔術師とか伝統派の方にはあんな感じの人が多いって印象ですね。でも、あのレスピーギって旦那は、そのどちらとも違いそうでしたけど。あくまでアタシの印象なんですけどね。何者なんでしょうかねぇ?」
「さあ、冒険者ギルドの方からは何も。あと、隣にいたシマノフスキって少年も気になりますよね。明らかに、ただの無口、ってのとは違いましたから。」
「ええ、、、嫌な予感がしますよ。」
それ以上ラナマールは口を開こうとしなかった。
プシホダからのアドバイスで、依頼内容と報酬の話を聞き、折り合いが付かなければ断るつもりでいたのだが、レスピーギの雰囲気に飲まれて、質問を口に出す事も出来なかった。
なし崩し的に依頼を請ける事になったのだが、現地集合だという。
「屋敷の場所を知ってるラナマールさんがいてくれて、ホントに助かります。これから、どうやって向かいましょう?」
「いろいろと方法はあるんですけど。シバケンの旦那、今回はいくらの報酬の依頼です?15,000ガンですか。そりゃいい、奮発して、今から馬車で向かいましょう。プリズメイン村まで行く馬車はいくらもありますから、そのうちの一台を借り切って、オトギの屋敷近くの街道まで運んでもらうんですよ。レスピーギの旦那の機嫌を損ねないように、早く向かうにはこれが一番ですよ。」
と言って、ラナマールはテキパキと馭者と掛け合い、すぐに馬車を手配して来た。
料金の3,000ガンが高いのか安いのかわからないまま、シバケンは馭者に支払い、オトギ邸に向けて出発した。
途中に最低限の休憩を挟んで、馬車に乗る事3時間ちょっと――こちらの時間で約5刻――過ぎた頃あたりで、ラナマールは馭者に声をかけた。
馬車は山道の入り口で停まった。
「ここから先は馬車では行けないので歩きです。もう暫くの辛抱ですよ。」
価格優先でラナマールが手配した馬車は、人用ではなく荷馬車だったため、硬い板敷きの荷台にほぼ座りっぱなしの状態だった。
シバケンは、すっかり尻や腰や背中といった身体の節々が痛くなったので、伸びをしたりして身体をほぐしたが、ラナマールの方はけろりとしていた。
まだまだこの世界で暮らす身体にはなっていないんだな、とつくづく思う。
金棒を杖代わりに、ラナマールの後について歩く。
ラナマールは資料を見せてもらえるかも、という期待からか足取りが軽く、時々シバケンを振り返りスピードを落とす、というのを繰り返した。
昼過ぎにゴモ村を出て、そろそろ日が陰って来ており、風も冷たくなって来た。
木々もだんだん鬱蒼としてきて、草ずれの音や鳥の声が周囲を覆い始める。
「この辺りには凶暴な獣は出ないと思いますけど、これを。」
と言って、1メートルぐらいのロープを渡してくれた。
先端には火が付いており、そこから鼻を刺す刺激臭の煙が漂う。
「こうやってゆっくり回しながら、火種が消えないようにして下さいね。この煙を獣が嫌がって、寄って来なくなるんですよ」
ラナマールはそう言うと、器用にロープをクルクル回しながら先を歩く。
シバケンも見様見真似で付いていく。
歩く事30分。
煙のおかげか、獣に会う事なくオトギ邸に着いた。
塗り壁が所々剥げ落ち、蔦が壁を這っている箇所はあるものの、平家作りの頑強そうな家だった。
正面にレスピーギの乗り込んだ馬車が停まっていたので、恐る恐る扉を開け中に入った。
「やっと来たか。」
入ってすぐに大きな居間があり、そこでレスピーギは長椅子に腰を掛け、カップの飲み物を飲みながら本を読んでいた。
入ってきた2人を上目遣いで見て、すぐにまた本に目を落とした。
「シマノフスキは奥の書斎だ。早く行け。」
シバケンとラナマールは、慌てて手荷物を部屋の隅に置き、すぐに奥へと向かった。
ガタガタという音がしているので、そこが書斎とすぐに分かった。
書斎の扉は開け放しにされており、シマノフスキは黙々と本棚から本を取り出し、床に積んでいた。
人の腰ほどの本の山が、既に20ほど出来ていた。
「あの、シマノフスキさん。どうすれば?」
シマノフスキが僅かの間手を休め、入ってきた2人を見る。
が、何も言う事もなくまた作業に戻ってしまった。
シバケンとラナマールは、顔を見合わせる。
「本棚の本を出して積みましょうか。特に整理しているようには見えないですし。私はこちらの棚からやりますね。」
と言って、シバケンが本棚に手を触れようとした途端「うーっ」と唸り声をたてて、シマノフスキがシバケンのその手を掴んだ。
もう片方の手は積まれた本の山を指差していた。
「本棚から本を抜き取るのは、シマノフスキさんがやるから、我々は積まれた本をまとめればいいですか?」
シマノフスキからの返事は無かったが、掴んでいた手を離し、無表情のまま、また作業に戻っていった。
シバケンは呆気に取られていたが、ラナマールのほうは非常に厳しい表情を浮かべていた。
「シマノフスキ、次!」
突然、レスピーギの声が響く。
シマノフスキはすかさず、積んである本とは別に置いてあった10冊程度を抱えて、急いで部屋を出て行く。
「シバケンの旦那。いけませんよ。」
「いけない?何がです?」
「気付きませんか?あのシマノフスキって人ですけど。」
「ええ。何も喋らないし無表情だし、何かおかしいですよね。」
「たぶん、あれは依り童にさせられてますね。」
ラナマールが声を顰めたところで、シマノフスキが戻って来た。
依り童?
シバケンは疑問を抱きながらも、まずは目の前の仕事に取り掛かった。
縛った際に本が傷付かないように、緩衝材代わりの当て紙を用意してから、次に大体同じぐらいの高さになるぐらいにまとめる。
膝丈ぐらいの単位して、後はラナマールと2人でひたすらに紐で縛り上げる。
シマノフスキの方は、疲れたような素振りを見せずに、淡々と本棚から本を抜き出し、20冊に1冊ぐらいの割合で、本を別の所に置いていた。
縛った本は居間まで運んでいき、荷車に乗せやすいように固めておく。
この作業を3人で淡々と続ける事およそ2時間――こちらの時間で3刻。
書斎の本棚は全て空になり、机の引き出しの書き付けの類も全て木箱に詰めて居間に運び出した。




