091 旅立ち
旅立ちの準備ができた。馬車に荷を積み込む時、ロナが必死に私が居ればそんなの必要ないですよってアピールしてきたが、リゲルになだめられて大人しくなった。そのうち追いかけてきそうだな。
俺たちが向かう先はこの王国の東端から船で2日ほどで渡れる「ボルケノス大陸」だ。その大陸のギルドが強い傭兵を求めており、そこへ派遣されるという形で向かうことになる。この王国の冒険者や傭兵は大陸外から距離を置かれるほど恐れられる魔族と長年対立し渡り合ってきたつわもの揃いだと思われており、これまでにもそういう要請は度々あったそうだ。
「傭兵ってことで行くんだから、沢山戦うことになるよね」
「うれしそうだなアーニャ、俺はそこそこでいいんだけど」
出発前の高揚感からかアーニャはテンション高めだ。俺もそうだけどいきなり戦いとか望んではいない。普通に違う景色や違う食事や違う文化を楽しみたい。
「アーニャ、節度をもって行動するのよ。考え無しに行動してこのまえみたいに死にかけたりしないように。ケンジさんよろしくね。アーニャが暴走したらスキルで動けないようにしてやってください」
見送りに気たサユリさんが冗談っぽく言う。
「え? ひどくない?」
「わかりました。気を付けます」
「ケンジまで! 私そんなアホな子みたいな扱いになってきてるの?」
まぁ親は子供が何歳になっても心配なんだよ。
「ケンジさん、父から依頼の件も忘れずよろしくとのことです」
聖女メグミも見送りに来てくれた。薬剤の情報収集、わかってます。
「了解です。できるだけ情報集めてきます」
「3ヶ月もすれば、魔石が集まってハヤトを元の世界に戻す儀式だ。それまでには帰ってこい」
俺たちがマーリオン村近くから持ち帰った魔石、ロナがあれを提供してくれたらしい。おかげでもう少し魔石を追加すればの秘法を行うに足りる量が集まるとのこと。これまで頑張っても5年に一度しか行えなかった秘法だが随分と期間短縮だ。
ちなみにあの魔石が死んだ魔族が残した物だってことは伝えていない。マクシムさんたちは信用してるけど情報が何かのきっかけで広まった場合、魔石目的の魔族狩りを考えような者もでてくるかもしれないからね。たとえ魔族が返り討ちにしたとしても、今の流れで新たな対立が生まれるのは困るだろう。なので俺とアーニャとロナで秘密にすることにした。
「わかりました。行った先で依頼を終わらせたら、しばらく楽しんで3ヶ月以内に帰ってきます」
「ケンジが俺たちに従う必要はないんだが、そうしてくれると助かる」
「いえいえ、元の世界から来た人たちとの縁は大切ですよ。異世界で一人で生きていく度胸はないです」
「そうか、一番とんでもねースキルを持ってるのにな。まぁアーニャを妻としたいんだったら俺の許可も必要だ。そこんとこ利用して今後なにか頼むこともあるかもしれない。その時はよろしくな!」
「何言ってんの!」
赤くなるアーニャ。めっちゃ堂々と父親の立場を利用するマクシムさんが清々しい。笑
「この人の馬鹿な言い分はどうでもいいけど、本当に気を付けてね」
「うん、この一年会えなかったのに比べたら、戻ってくるのはすぐだよ」
俺とアーニャは馬車に乗り込む。
「じゃぁ、行ってきます」
アーニャが見送ってくれる、マクシムさんサユリさん、聖女、ロナ、リゲルに向けて元気に手を振る。
「婚前旅行、楽しんでこい!」
「変なこと言わないで! もう!」
最後まで娘を煽るマクシムさん、きっと本心は寂しいんだろう。城門を出てすぐ街道を曲がる俺たちに最後まで手を振ってくれた。
「もう、お父さんたら変なことばっかり言うんだから」
ちょっとプリプリしてるアーニャは顔が赤いままだからテレ隠しで怒ってるんだろう。
「寂しいんだよ。それに俺は嬉しいよ。皆のまえであんな風に言うなんて、俺すっごい認められてる気がする。婚前旅行なんていわれたら恥ずかしいけどね」
「嬉しいの?」
「当たり前じゃん」
「そか、へへ」
街道を進む馬車はいい具合に甘ーい雰囲気だ。出発早々めっちゃ楽しいじゃないか! 本当に婚前旅行の気分になってきたよ。俺、頑張っちゃうよ! この旅でいいとこ見せるよ!
そんなウキウキした気分で進むことしばらく、前にも見たような光景と出会う。王都に近い街道は常に人通りも馬車も多いのに、なぜか急に誰ともすれ違わなくなったと気付いたら、先の方にどう見てもやる気まんまんの傭兵団が居た。
「あー、これはもしかして俺たち狙われてる?」
「そうかも、ねぇあの中央の人って、最初に王宮へ戻った時に居た傭兵たちじゃない?」
「あんまり覚えてないけどそうかも、どうする?」
「相手にしたくないけど、見逃してくれないよね、もう囲まれてるし」
アーニャが気配を察知したのか、俺には分からないが囲まれてるらしい。俺を殺そうとしたヤンキー傭兵みたいに街道脇に隠れてるんだろう。幸い王都に近い街道だけに幅が広くて対応しやすいのが救いかな。馬車の速度を緩めてゆっくりと近づく。なんか言いたいことがあれば向こうから言ってくるだろう。
「奴が魔王だ! この国を乗っ取ろうとする魔族の親玉だ!」
予想通りすぎて残念だ。
「奴らは共存を訴え王国を骨抜きにしてから乗っ取る作戦だ。このままでは俺たちは職を失い路頭に迷うことになる。魔族から国を守るため! 俺たちの未来を守るため必ず仕留めろ!」
対話も無く問答無用なリーダーっぽい人は、上等は鎧に剣と盾を装備した戦士だ。見様によってはロールプレイングゲームの勇者っぽくもある。やってることは凄く迷惑だけど。
幸い他の傭兵たちはすぐに突撃してくる様子はなく、警戒した様子で距離を詰めてくる。アーニャが気配を感じてた通り、街道の両サイドからも隠れるのをやめた傭兵たちが出てくる。
「アーニャ、やるしかないみたい」
「そうだね」
カチャカチャ、カシャン
アーニャが薙刀をいそいそと双刀刃仕様にしてる。まてまて、それで人間を切り刻むつもりか? せっかくの甘い旅立ちが血みどろグチャグチャになるのは勘弁してほしい。
「まって! アーニャ、それは待って。怖いし」
傭兵団に囲まれても不思議と平気だったけど、その双刀刃で人が切り刻まれる様子は想像するだけで怖すぎる。
「大丈夫、カバー付けたままぶん殴るだけにするから」
そうか、それなら大丈夫か……ってその金属製のカバーは十分危ないと思うよ。まぁそこまで敵を心配する必要なんて無いか。襲ってくる以上、返り討ちの覚悟だってしてるだろうしね。それに俺はもう覚悟を決めてるからね。俺と特にアーニャに危害を加えようとする相手にはもう遠慮はしない。
「アーニャ、とりあえず俺にやらせて、あとお願いがあるんだけど」
「なに?」
「飛び道具の処理だけはお願いしたいんだけど、いい?」
「弓ならいけると思うけど、いっぱい飛んできたら叩き落とすより、ケンジ抱えて避けた方が早いかな」
「どっちでもいい、俺、遠距離攻撃に対応できないから」
「まかせて」
じゃぁやりますか。俺は御者台から馬車の天井へ上り周囲を見渡す。すぐにアーニャも登ってきて並ぶ。リーダー格の男の後ろに弓兵がいるな。射られそうになったら真っ先に無力化だ。あと散らばるようにローブ姿の者も数人いる。でもまずは一言、言いたいことは言わせてもらう。
「俺たちは王国の乗っ取りとか考えていない。魔族と共存する道を提案して国王に納得してもらっただけだ」
「嘘をつくな! 武力で無理やり納得させたじゃないか!」
む、そうかも。いやいやここで引いたら話が終わる。
「そういう面もあったかもしれないけど、それでも乗っ取るなんて考えていない。共存することで魔族の脅威も魔物からの脅威も大きく減らすことができるから提案したんだ」
「魔族と共存などありえない、必ず裏切る! お前は人間だろう、なぜ魔族をかばう! なぜ魔族の肩を持つ!」
「一番人間の被害が小さくなる方法を選んだだけだ。あと俺が決めたわけじゃない。それに俺たち、今から他の大陸に向かうところなんだけど! あと俺は成り行きで魔王になっただけだ! 」
ここ大切。俺、好きで魔王やってるわけじゃない。
「お前らのせいで傭兵の評価は大きく下がった、仕事を失う者もこれから増えるだろう。お前さえいなければ、お前らが魔族なんて連れてこなければ! お前たちは俺たちの未来を奪った!」
なんかこれ、明治維新で仕事を失った侍たちの反乱みたいだな。死に場所を求めてる感じではなく、俺達を始末して元に戻そうってモチベーションはちょっと違うけど。どうやら話し合いになりそうにもない。やられてあげるわけにもいかない。ということで早速ではあるが俺の覚悟を示す時がきた。
「アーニャ、やるね」
「うん」
全員無力化する。弱体化して動けなくする。
( 眠気 10 )
ドサドサドサ
まずは敵リーダーの斜め後方に居た弓兵だ。すでに弓をつがえいつでも引ける状態で待っていた10名ほどの半分が倒れた。時間指定してないけど丸一日以上は寝てるだろう。その様子に驚き周囲の目が剥くがそんなことはお構いなし。クールタイム1秒だからね、念じ終わったらすぐまた行ける。
( 筋力 1 )
残りの弓兵に向けてスキルを放つ。
ドサドサドサ
同じように一人だけ残して弓兵が倒れる。
「攻撃だ! 人数で対応しろ! 総攻撃!」
リーダー格が指示すると同時に、唯一残った弓兵が凄い早打ちで俺を射た。
カン!
しかしそれをアーニャが薙刀の金属製カバーの部分で弾く。あっぶね! まったく対応できなかった。反応速度上げるの忘れてた! 覚悟決めたからっていきなり強くなれるわけじゃないな。
( 反応速度 10 )
弾かれたことに驚く弓兵へお返しだ。
( 眠気 10 )
ドサ
これで見える範囲の弓兵は倒した。さぁじゃんじゃん行くよ。




