084 アーニャが毒でピンチ
アーニャの一撃でカトブレパスは倒れる。深く刺さり過ぎたのかアーニャは倒れる勢いに負け槍を抜けずにいた。
「思いっきりやりすぎちゃった」
「離れてください!」
ロナが大きな声を出す。圧倒的な魔力からの余裕かこれまで取り乱すところなど見せたことのないロナが慌てている。急いで魔法陣を出し風を吹かせる。
「毒が! 毒が周囲にまかれてます。濃くはないですが危険です!」
「な! アーニャ離れろ! っこっちだ」
「ええ?」
「目には見えないんです、そのあたり一帯に薄い毒が巻き散らかされてます」
慌てて戻ってくるアーニャ。
「こいつの毒って目に見えないの?」
「いえ、普段なら薄っすら緑色に見える息を吐きだしますのでわかります。でも今周囲にまかれている毒は魔力でしか感知できないようです。私も知りませんでしたが、こういう技を持っていたってことでしょう」
魔族は魔族の研究何てしてないだったな。ロナが知らなくてもしかたない。それにロナはもうすぐ100歳だが魔族の中ではやっと大人って感じらしいもんな。
「アーニャ、どうもない?」
「うん、特にどうもないよ、変なにおいとかもなかったし」
「そうか、よかった」
「まだわかりません、アーニャさんは間違いなく毒の中に居ました。少量でも吸ったのは間違いないと思います。急いで森を出ましょう」
「ちょっと槍を」
「そんなの後でいいからとにかく出よう!」
槍を抜こうとするアーニャを引き留める俺たちは走り出す。毒が体に回るから動かない方がいいのかもしれないけど、その毒を出す魔物が居る森の中で安静にするなんてありえない。なんだか怖くなってきた。この毒って神経毒っていってたよな。動けなくなるって。
「アーニャ、大丈夫? 変化ない?」
「無いよ。でもこの森、こんなに広かったっけ?」
焦ると大して大きくなかった森がやたら大きな森に感じる。先頭を行くアーニャが古い林道の草や周囲から伸びる枝に苦労しながら走ってる。ってあれ? おかしくないか。いくら道がわるくてもアーニャがこの程度で苦労するか? まずいやっぱり毒は効いてるんだ。
ハァハァハァハァ
やっぱりおかしい、アーニャが息切れしてる。俺と同じペースで走って息切れするなんてありえない。もしかしたら最近症状が出てない喘息の可能性も! いやでもこんなタイミングで喘息の症状がでるなんて偶然がすぎる。これはやっぱり毒の影響だ。
「アーニャ、やっぱりおかしくないか?」
「うん、おかしいね。すっごい体が重たい」
あきらかにアーニャの動きがおかしい。運動神経の悪い子のようなヨタヨタした走り方になってきた。それでもなんとか森を脱出。街道方向少し離れた位置に木につないだ馬車が見える。なんとか馬車までは行きたい。
「ごめん、もう……だめかも」
森を出て数歩、ついにアーニャが膝をつく。
「大丈夫、きつい以外には?」
「少し、喋りにくい……かな」
まずい、間違いなく毒吸っちゃってる。これってどこまで悪くなるんだ?
「ロナ、どうなるんだ?」
「前に見た時は、動くことができなくなり、少しして息もできなくなり亡くなりました」
「アーニャもそうなるのか?」
「いえ、分かりません、それにこういうのはケンジさんの方が専門でしょ」
ああ、そうだった。スキルで観察できるんだった。
「とにかく馬車まで行くぞ」
俺はアーニャの腕をとり脇に手をまわして支えるように立ち上がらせる。アーニャはなんとか立ち上がり歩き始める。
< 筋力 2 >
< 呼吸 3 >
神経毒ってのは本当みたいだな。筋力も呼吸能力も下がってる。筋弛緩剤のような毒なんだろう。
「ロナ、どのくらいの時間でそうなった。アーニャと比べてどうだった。毒を受けた後、しばらく走れたりした?」
アーニャが毒をくらったとき、ロナは薄い毒って言ってた。カトブレパスは普段は緑に見える毒の息を吐くと。
「10歩も歩けなかったと思います」
「そうか、じゃぁアーニャが受けた毒は色が薄いだけじゃなくて効果も薄いかもしれないな」
正直、希望的観測だが気休めにでもなればとアーニャに向けて言う。とにかく今は馬車まで戻りたい。安全な場所で落ち着いて応急処置を考えたい。動いて毒が回ることを考慮して今カトブレパスに囲まれるなんてことになったら困る。いや、そんなことになる可能性はあっちゃいけない。潰す!
「ロナ、あの森は他には生き物いない? 人間はいない?」
「魔物は他の物も居ますが、人間はいませんよ」
「じゃぁ……焼き払ってくれ!」
「本気ですか?」
「ああ、頼む!」
「わかりました。今私、魔力余ってますからね。全力でご期待に応えます!」
飛行していたロナが馬車へ向かう俺たちのすぐ後ろに着地する。そして王宮で見た全力の魔法陣、いやあの時より少し大きい直径16m級の魔法陣を作り出す。背中にはいつも見てる可愛い赤い羽根があるが、それが随分と大きくなってる。魔素の吸収の影響か。
「私、雷の次に火が好きなんです」
俺がアーニャを支え歩きつつジリジリとした厚さを感じて振り返ると、そこに太陽があった。いや太陽は言い過ぎたが、そう言いたくなるような火の塊があった。魔法陣の直径を大幅に超えた火球は、メラメラではなくドロドロ燃えていた。もう火球と言うより煮えたぎる溶岩の塊だ。
「丘を丸ごと炭にしますね、それ!」
直径30mほどにまで育った太陽のような火球が、ロナの気の抜けそうな掛け声で森に向けて放たれる。そしてその火球は森の上空までフワッと進むと停止する。
「じゃあ一気にいきますよ、いけ~!」
グゴボガグガガガガガ
火球が随分と離れたのにまだ背中に熱を感じる。森の上に留まっていた火球は、超新星爆発でも起こしたように崩壊し森へと降り注ぐ。特に外周に集中するように降り注ぎ、徐々に中心へと向かう。本当に森を一発で炭にするつもりらしい。森は一か所のムラもなく燃え盛り始めた。これでこの森の魔力だまりから発生した魔物は全滅したか? 俺がやったわけじゃないがスカッとした。
「はは……ロナの本気ってこんな……なんだ……」
アーニャが力なく言う。
「アーニャ、きつそうだな。急ぐから抱えるぞ」
脇に手を回して体を支えていたが、そこから反対の腕を膝下へ回し抱え上げる。
「うお!」
「きゃ!」
予想外の重さに前に傾くが足を踏み出し耐える。アーニャって鍛え上げてるだけに筋肉量が多いのか見た目よりずいぶんと重い。俺もこの世界に来て随かなり鍛えられたと思うけど、ちょっとびっくりだ。仕事上人を抱える機会が沢山あったから分かる。まるで密度が違うって感じだ。
「今……重いって……思ったでしょ」
「そんなこと考えてない、気合をいれただけ。行くぞ」
( 筋力 10 )
念じるだけで使えるスキルで良かった!
俺は馬車を目指して走る。背後からは森が燃えるゴーっという音と木々のピシピシという悲鳴が聞こえるが構ってる暇はない。
「まってくださーい」
ロナの声も聞こえるが今はそれも構ってられない。振り返ることも無く馬車へと向かい、たどり着くと同時にロナを荷台に寝かせ、他の荷物は馬車の外へ放り出す。
「アーニャ、どんな感じだ。すごくきつそうだぞ」
「……う……うん……息がしにくい……ね……喘息……で慣れてる……のに……今……までで……一番……きつい……かも」
「わかった、なんとかするから」
って、どうすりゃいいんだ。筋弛緩薬だったら拮抗剤で効果を解除するけど、ここは異世界でそんな薬はないし、そもそもこの毒に拮抗薬が効果あるかも分からないし、いやそんなことを考えててもしかたない。
< 筋力 2 >
< 呼吸 2 >
悪化してるな。きつそうだもんな。
俺はアーニャの手首を握る、元気づけるためとかじゃない、脈を診るためだ。
< 心機能 4 >
手首で脈を診るのは癖だ。そんなことをするまでもなくスキルで観察できる。心機能はあまり下がってないみたいだ。やっぱりこの神経毒って筋弛緩薬に似てるな。あれも心臓の動きにはほとんど影響ないもんな。
てことは、やっぱり呼吸は止まる可能性がある。それだけはなんとかしないと。
( 呼吸 5 )
これでどうだ?
< 呼吸 5 >
数値上は変化した、だけどアーニャの呼吸が楽になったようには見えない。
「アーニャ、何か変化あった?」
「……ない……かな……」
そうか、そんな気がした。俺のスキルって強化に関しては本来その人の持つ力以上には強化できないもんな。筋力を10にして限界まで使えてもそれ以上は無理だ。アーニャは今神経毒によって使える筋力の限界値自体が下がってる状態なんだろう。そこで限界まで使えるようにしたって効果がでるわけがない。どうする? どうしたらいい?
「おいていくなんて酷いじゃないですか~」
ロナがゼェゼェ言いながら馬車まで来た。ロナの背中から赤い翼が無くなっている。本当に全力でやってくれたんだな。蓄積してた魔力を全て使ったってことだろう。
「ごめん」
「アーニャ、どうなんですか?」
「毒の影響で体に力が入らなくなって、息をするのもきついみたいだ」
「カトブレパスの毒を受けた人は、言いにくいですがすぐに死んでしまいます。だけどアーニャはやっぱりちょっとしか吸ってなかったんじゃないでしょうか。しばらく我慢したら回復してきたりするかもしれませんね」
「そうだといいな」
「……私……かなりピン……チ?」
さすがのアーニャも不安げな表情になっている。見たことのない力ない表情だ。ロナが言うようにしばらく我慢したら回復してくればいいが、このまま呼吸ができなくなったらどうする? 俺にできることって何がある?
< 血中酸素濃度 3 >
うわ! かなり下がってるじゃねーか。どうする? できること……一つは思いついてる。だけど一時しのぎにしかならないかもしれない。
「アーニャ、どんなかんじだ? 変わりないか?」
「……きつく……な……てる……かも……」
「そうか、アーニャ少し息がしやすい姿勢にするぞ」
俺は荷物から適当なサイズの物を取ってきてアーニャの肩の下に入れる。気道確保で少しでも呼吸が楽にならないか試す。
「……すこ……し……楽……かも……」
いや、あまり楽になってるようには見えないな。気道を確保したところで、呼吸する筋力が低下してるんだ。そう簡単に改善するわけがない。できることは少ない、時間を稼いで回復するのを待つしかないならやれることをやるまでだ。
「アーニャ、俺のスキルで毒をどうこうすることはできないみたいだ。色々考えたがいい手が思いつかない。ロナが言うようにしばらく耐えて良くなるのを待つしかない」
「……そ……か……」
さらにきつそうに声を出すアーニャ。
< 呼吸 1 >
もういつ呼吸が止まってもおかしくないんじゃないか? ためらってる場合じゃない。
「だけど、体に酸素が少ない状態が長く続けば、それだけで脳にダメージが出たりする。そんなことになったら困る。……だから毒が抜けるまで……人工呼吸するぞ!」
「……え?!」
「人工呼吸ってなに?」
きつそうな表情のアーニャだがちょっとだけ目が見開かれ驚いた様子を見せ、顔を赤く染めた。筋弛緩状態でもそういう反応ってあるんだ。だがそれ以上の反応はない。今のアーニャは息苦しくとも体が動かず、もがくことすらできない。そして意識も遠のきそうな状態だろう。人工呼吸で体の中の酸素を増してやれば、そういう苦しさだけは楽にしてやれるはずだ。
「恥ずかしがってる場合じゃないからね、本当はもっと仲良くなってそういう雰囲気になってからキスしたかったけど、ごめんね。とにかく時間を稼ぐから早く回復してくれよ。信じてるからな」
姿勢はさっき気道確保したから大丈夫だ。俺はアーニャの横に座り顎に手を添え鼻をつまむ。そして大きく息を吸い少し開いたアーニャの口を自分の口で覆うように密着させ息を吹き込んだ。




