083 魔石は生きている?
魔素を吸収できる体質を持った人間が魔族となった。すっごく昔の話だ。そして今その魔素を吸収する能力を目の当たりにした。ロナがやったのは黒い霧のように漂う魔素を体内に吸収し、雷撃の攻撃魔法として上空にぶっ放して消費するという荒業だ。人間にはできない、魔素を吸収する能力が備わった魔族だからこそできる、更には大量の魔力を操れるロナだからできることなのかも。
「凄いな、魔素だまりを見るの初めてだけど、こんな方法で処理できるんだ」
「はい、魔素が邪魔なら吸収して無駄遣いすればいいだけなんです」
「なるほど納得だけど、こりゃ人間には無理な方法だね」
「そうですね、なので人間は独自に封印の術式を開発したみたいです。でもこんなにすぐ消費してしまえたのはこの魔素だまりが小さかったからですよ。サイズが大きければ私が全力で消費しても何日もかかります。魔族が生まれるより前からあるようなものは、どうにもなりません。魔族総がかりでも消せるかなんてわかりません。そもそも消そうと思いませんし、基本消すことが不可能なんじゃないかと思います」
「そんな魔素だまりが存在するんだ」
「魔界の奥深くに、たぶん人間は把握してないと思います」
「そんなの俺たちに教えていいの?」
「ケンジさんとアーニャさんは信用してますし、たとえ知られても人間には近づくことができないので問題ありません」
そっか、ロナが小さいというこの魔素だまりでも俺とアーニャじゃ近づけなかっただろうしな。もしかしたら人間が封印できる魔素だまりって、ごく一部の小さなものだけなのかも。
「じゃぁ魔素だまりの核を見に行きましょう」
ロナが先頭に立ち進んでいく。そして数十mも歩かないでたどり着いた。それは透明感のある真っ黒な石だった。大きさは鶏の卵ほど。脱ぎ捨てられたように地に落ちたボロボロなローブの上にあった。ロナから聞いた通りここで朽ち果てた魔族が残したってのがよく分かる。こんな小さな魔石が半径数十mの魔素だまりを作るんだな。このサイズの魔石を残す魔族ってどのくらいの魔力をもってたんだろう。
「ケンジ、魔石どうしますか? 消しますか? 持ち帰って売りますか?」
「えっと、俺に消せるって言ってたけどどうすれば? 売ることもできるの?」
「売れば大金になると思います。人間は魔物が時々残す魔石を高額で取引してます。小指の先ほどでも大喜びしているくらいです。たぶん魔素だまりの魔石を手に入れるなんて滅多にないことでしょうから、はっきりとはわかりませんが、かなり高額で引き取ってもらえると思いますよ」
「はは、そうなんだ。でもこれって俺のってわけでもないし、勝手に売るなんて……でも、そんな貴重な魔石を消すこともできるって、いいの? そんなこと」
説明してくれるロナがちょっと悲しげだ。この魔石は朽ち果てた魔族が残した物だもんな。肉体も意識も失って残ったこれは、魂みたいなものなのかもしれない。小さいけど位牌や墓碑のようでもあるな。
「ただの魔力の結晶です。ただすこしだけ残した魔族の魂のようなものが宿っていると言われてます」
「そうなんだ。じゃぁ生き返る可能性とかは?」
「それはないです。魔石から復活など魔族でも魔物でも聞いたことがありません」
そうか、じゃぁこの魔石は魔力の結晶でしかないのか。どのくらいの魔力なんだろう。ただの物なら観察しても何も見えないだろうけど……。
< 魔力比較 47 >
「あ、観察できた。魔力47って出た」
「そうなんだ、魔石に溜まってる魔力量がわかるとか凄いね」
「いや、そこじゃない。俺のスキルって生きてるものにしか反応しないんだよ」
「それって?」
「ロナが言う、魂が宿ってるってのが本当なのかも。この状態でも一応生きてるとは言いにくいけど、魔石はただの物ではないってことだけは間違いない」
うーん、理解が追い付かない。魔族が死んで残す魔石だが、魔石になっても俺のスキルに反応するってことはこの状態でも生きている……とも言える。なんか急に物として扱いにくくなったな。売ったりしたら罰が当たりそう。
「そうなんですね、こんな姿になっても魂が宿ってるんですね」
ロナが少し嬉しそうだ。急に異空間収納を小さめに開きその中から何かを取り出す。
「これ、私のお母さんが残した魔石です」
手を差し出し見せてきたのは魔石だ。サイズがデカい。ロナの小さな手に収まらないダチョウの卵ほどある魔石だ。
「お母さんの魂もここに残ってるんでしょうか」
観察してくれってことか。
< 魔力比較 133 >
「凄いな、ロナやリゲルと同等の魔力がある。えっと、この状態を生きてるって言っていいのかあらためて考えると分からないけど、少なくとも生きてるものにしか反応しない俺のスキルに反応してるってことは、この魔石には魂みたいなのが宿ってたりするのかもしれないね」
「……おかあさん」
ロナは大きな魔石を胸に抱いて呟く。
「私たち兄妹が魔族の無気力化をなんとかしたいって思うようになったのは、お母さんが目の前で滅びを選んだからなんです。人間で言うと自殺ですね」
「そうだったんだ」
「自分で滅びるとかできるんだ。レクターはケンジに頼んでたよね」
「普通はできませんが、母は魔力のコントロールに長けてましたから。500歳を超えていた母は、無気力になる魔族の一人でしたが、魔界の奥で草木に埋もれて朽ち果てることは望まず、自分で魔力を集中し魔石になったんです」
「そんなことができるんだ」
「はい……私の家族は実体がある魔族ですから、魔力を失った肉体は普通に埋葬しました……でも母は最期にどんな姿になってもあなたたちのことは見守ってるって言ってくれました。なので私はこの魔石をずっと母だと思って持ち歩いてます」
そう言って強く魔石を抱きしめるロナ。
「ケンジ、ありがとうございます。これがただの魔石ではない、母の何かが宿ってるって分かっただけでも凄く嬉しいです」
「いや、俺はなにも」
「そんなことないでしょ、そんなことが分かるのはケンジだけなんだから」
「そうですよ。ケンジはもっと自分が特別であることを自覚してください」
ロナは母親の魔石を抱いたまま少しほほ笑んだ。
俺たちは魔力だまりの魔石をどうするか決められないまま森から帰り始める。もう売るって選択肢は無いんだけど、消すのも何かが宿ってるって思うとやりにくい。他の使い道として、魔道具の材料とするってのがあるんだけど、このサイズの魔石を人間が道具として使ったことはないんじゃないかってロナが言うからどこかへ持ち込んで依頼するにも考え物だ。きっと何を作ってもとんでもない魔道具になってしまうだろう。やっぱりこれはロナに持っててもらうのが一番かな。魔道具には興味あるけど、それは魔物から獲れる普通の魔石でいいや。そのうち手に入るかもしれない。
「ロナ、この魔石はロナに渡すよ。俺は売る気になれないし魔道具にするにも色々問題がありそうだから。ロナの異空間魔法だったら、魔力だまりが発生する心配もないんじゃない?」
「はい、私の収納の中は時間が止まってるのでその心配はないです。でもお金にしたり便利な道具にしたりはいいんですか?」
「はは、ロナの話を聞いた後にそれはやりにくいよ」
「ごめんなさい……母の魔石は特別ですが、ケンジがこの魔石を有効利用する分にはかまいませんよ。必要になったら言ってくださいね。預かります」
「うん」
ロナは、魔力だまりの魔石を異空間収納へ入れた。母親の魔石は抱いたままだ。何かが宿っているってのがよほど嬉しかったみたいで、大切そうに抱いて歩いている。観察で反応したのは事実だけど、本当のところ、俺にもよくわからないんだけど、ロナの嬉しそうな表情を見てると、もう魂が宿っているってことでいいんじゃないかな。そう思う。
森の道を戻る途中、カトブレパスを倒した場所でもう一匹のカトブレパスを発見した。黒い煙をだしながら朽ち果てつつある仲間を見守るように立ち尽くしている。ちなみに今回はロナよりアーニャが先に見つけた。ロナは母親の魔石に集中してたみたいだ。
「また私がやるね」
アーニャは即断即決で駆け出す。
「おい、風向きの確認!」
「大丈夫、こっちが風上、あとロナおねがいね!」
「へ?」
ロナが間抜けな声を出す。まだ魔石に集中してたみたいだ。
「え? カトブレパス? あ、アーニャさんダメです!」
我に返ったロナがアーニャを止めようとする。しかしアーニャは突進の勢いのままに最初の一撃を放つ。前回とは違い硬い頭蓋骨を避け、前足の付け根から胸を深々と貫いていた。




