080 食中毒? 魔物毒?
俺は慣れない馬車の操縦中だ。イザールまで往復したのと同型の小さな馬車だ。マクシムさんたちに依頼を受けたことを伝えて移動手段について相談したら、すぐに軍用馬車と同型だけど軍用に改造される前のものを準備してくれた。それで南へ向かっている。目的地のマーリオン村へは定期馬車もあったけど、それだと持っていける荷物が限られる。ロナが居ればそんなこと考える必要すらなかったんだろうけど、収納魔法なんて使えない俺たちは馬車を選んで、持っていく荷物も厳選して出発した。
ロナとの野営は本当に贅沢だったから、それが染みついてしまってほとんど荷物を持たない旅に戻れなかった。人間とは楽な方に流れていく生き物なんだな。
馬も軍馬を貸してくれた。馬は強いし馬車は高性能ってこともあり、荷物満載の商人用貨物馬車とは移動速度が全然違う。野宿の必要もなく途中の町で一泊するだけでマーリオン村へ着きそうだ。
その一泊の朝、久しぶりにアーニャの寝相を静かに楽しんだのは秘密だ。やっぱりいいよな。アーニャは綺麗でスタイルもいいが、俺的には変な寝相でムニャムニャしてるアーニャが一番可愛いと思う。この至福の時間が戻ってきて本当にうれしい。これだけでもこの依頼を受けてよかった。ちなみに今日は赤ちゃんスタイルだ。素晴らしい。
マーリオン村へとたどり着いてまずは村長の家へ向かう。小さい村のようで街道を挟むように建物が並び他に主な通りが無く農地が広がっている。宿場兼農村って感じだ。この村はギルドがない。こういう所の依頼は村長から近くの町のギルドへ依頼され、そこから必要があれば他の町にまで依頼が届くという仕組みらしい。
「良く来てくださいました」
村長は待ってましたと言わんばかりに俺たちに状況の説明を始めた。聞いた内容はまんま食中毒だ。村人の半数近くが嘔吐しその後下痢が続くといった感じで、それが5日経っても続いているらしい。今は収穫の時期であり困っているらしい。旅の途中の冒険者に回復魔法を使ってもらったが、ほとんど改善がなかったそうで、王都からもっと強力な回復魔法を使える人が来ないかと依頼をだしたとのこと。
「食中毒っぽいけど、症状が出る前に何か皆で同じものお食べたり飲んだりしませんでした? そういう祭りがあったりしませんでした?」
大抵こういう集団食中毒って皆で何か同じものを口に舌とかで起こるよね。
「食中毒? いやーこの村の祭りは収穫が終わってからですからのう。皆で集まって何かを食べるとかは最近なかったと思いますが」
そうか、じゃぁ井戸水とかは汚染されてない? って考えたくなるけどこの世界って水は基本魔法で出すんだよな。水源が原因ってことも考えにくい。
「じゃぁ最近なにか変わった出来事とかはありませんでしたか?」
「そうですなぁ、おーい、最近変わったことってなんかあったかのう?」
「はーい、なんですか? あら、この方たちは?」
家の奥から村長の奥さんらしき人が現れる。
「王都から依頼を受けて来てくれた人たちじゃ」
「まぁお若い方たちですね」
「最近変わった出来事はなかったかって話なんだが、お前はなにか思い当たるか?」
「そうですねぇ、病気に関係するようなことは特に思い当たりませんが」
「えっとですね、具合が悪くなった人たちが、いつもと違うものを食べたり飲んだりしたんじゃないかって思うんですが」
「ああ、それなら最近この辺りでは見かけない牛が作物を荒しておっての、それを村の若いもんが倒してその肉を捌いて分けたって話ならあるぞ」
でた、それだ!
「その珍しい牛ってのが怪しいよね」
「俺もそう思う。確かめようがないけどきっとそうじゃないかな。村長さん、体調を壊した人を集めることはできますか? スキルを試してみたいんですが。あと話も聞きたいです」
「集められるだけ集めよう」
「どうするの? スキルで治せそう?」
「いや、すぐに治すことは無理そうだけど、早く治るようにはできるかもしれないから試すよ」
「おー、さすが」
そしてしばらく待つと村長の家の前にきつそうな顔をした村人たちが総勢20人ほど集まった。
「あんたらか、俺たちを治療してくれるってのは」
「ありがたい、早く頼む、吐くのは収まったが、腹の調子がいつまでも良くならねーんだ」
食中毒になって5日ほど経過して出歩く元気がある。ハッキリ言ってこの人たちはほっといてもそのうち元気になると思う。吐いて下痢して毒を出してるんだから。注意するのは飲み食いを避けて脱水とかにならないようにする程度だ。だけどせっかく来てもらったし、症状を軽くするくらいはやりたい。
「えっとですね、まず確認したいんですが、ここに居る皆さん全員が具合が悪くなる前に作物をあらしていたっていう牛を食べたんですか?」
集まった皆さんがお互いに顔を見合わせている。
「ああ、食べたぞ。村の全員に配るほどの量はなかったからな。まさか俺たちだけが食べたから天罰が下ったとか言うんじゃねーだろーな?」
いやいや、そんなこと言わない。と言うかこの話の流れで食中毒に気付かないってことは、そういう概念がないんだろう。
「違いますよ。食べた牛が毒を持っていたんじゃないかって思ってるんです」
「は? 牛だぞ。ちょっと変わった見た目だったが味も普通だったぞ?」
「絶対とは言えませんが、皆さんの共通点がそこしかないなら、きっとその牛が原因です」
村の皆さん、なんか納得がいかない様子だ。そういう概念が無いんだ。ピンとこないのは仕方ないだろう。
「まぁ原因はともかく、今から皆さんにスキルを使います。と言っても症状を消すだけなんですけど、今どんな感じですか?」
「腹がシクシクいてーんだよな。グルグルやたら動くし」
「俺はまだ吐き気もあるぞ。最初ほどじゃないけど」
「道具屋のばーさんはめまいがして起き上がれないって言ってたな」
じゃぁこの場にいる人たちは腹痛と吐き気ね。
「では」
説明は面倒だからとりあえずスキル使って症状を消すことにした。集まってくれた人を範囲を考えてまとめて体調操作する。
( 痛覚 1 長く )
( 嘔気 0 長く )
これを数回繰り返し全員に効き目がでたか確認。
< 疼痛 1 5日間 >
< 嘔気 0 5日間 >
数人確認したがちゃんと効果出てる。痛覚を0にしないのは、痛みを全く感じないってのが危険だからだ。ぶつかったり切ったりしたことを痛みとして自覚できないのは危ないからね。
「どうですか? 痛みは治まりました?」
皆さん、何言ってんだこいつ、みたいな目で見るのやめてくれないかな。俺のスキルって効果抜群だけどなんつーか見た目の派手さ少ない、っていうか見た目では使ったことすら全く分からない。
「治りましたかって……え? ……なんかした? ……あれ? ええ?」
「おい、痛みがほとんどなくなったぞ」
「お、俺もだ」
不思議そうに自分の腹に手を当ててる。よし全員に効果が出たみたいだ。
「えーと、説明が難しいですが、根本的には治っていません」
「はえ? 意味わからないんですが、痛みが消えたなら治ったんじゃないの? しかしどうやって痛みを消したんだ? 回復魔法つかったように見えなかったし、全員一度ってありえなくない?」
回復魔法を複数の人へ同時にってありえない? そうなの?
「回復魔法じゃなくて俺のは体調を良くするスキルなんです。なので根本的に治ったわけじゃなくて痛みと吐き気を無くしただけです」
「スキルもちか! すげーな」
「そうかスキルか、不思議な能力だな」
おお、スキルで納得してもらえた。
「で、これからが重要なんですが、皆さんお腹を下してるんですよね」
「ああ、もう5日くらい続いてるんだ、これも止めてもらえるのか?」
「いえ、それだけは止めない方がいいんです」
「なんでだ? 痛みも吐き気もないのに便所だけは近いままなのか?」
やっぱりこの世界の医療は本当に遅れてるみたいだ。吐き気も下痢も体内に侵入した悪い何かを排出するための反応だって意識がない。もしかしたら病気が凄く珍しく、死因のほとんどが外傷か老衰だったりするのかもしれない。王都へ戻ったらイメルダさん辺りに聞いてみるか。いや聖女や大神官のほうが詳しいだろうな。
「皆さんは多分、変な牛ってのが持ってた毒か細菌によって吐き気や下痢になってたんです。そしてその症状は、早く体に入った悪いものを出そうとする反応です。なのでそのまま出してしまった方が治りも良くなるはずです」
「そうなのか。まぁ痛みも吐き気も無くなったんだ。あんたがそういうなら便所が近いくらいは我慢しよう。サイキンってのがなんだかわからんが、それで治るなら文句はないよ」
すんなり受け入れられた。苦痛の半分以上は消えたからかな。とりあえずこれで数日様子見て問題なければ解決かな。でももう一つ問題がある。
「ねぇケンジ、私その変な牛ってのが気になるんだけど」
それそれ。原因だと思われるその変な牛、気になるよね。
「俺も。その牛ってやっぱり魔物かも」
「だよね、私もそう思った」
と言うことで変な牛について詳しく聞く。
「青っぽい毛をした牛なんだよ」
「角がこう捻じった感じなんだよな」
「体格は牛より少し小さいくらいかな、だから村の全員には配れなかった」
「いや、俺たちが狩ったのが小さかっただけで、かなり大きな奴も森の方にいたぞ」
「そうか、遠かったからそこまで分からなかったな」
なるほどね、青っぽい毛をした捻じった角のある牛で、大きさは色々と……うん分からん。そんな魔物は見たことないな。魔界から王国へ森を抜けて移動する中、かなり色んな魔物を見たけどそもそも牛系の魔物なんて見たことがない。知識として知ってる牛系って言ったらミノタウロスとかだけど、そんな二足歩行の牛だったら魔物だって誰もが思うだろうし。
「さばいて食べたんだったら、角とか皮とか残ってませんか?」
「ああ、まだあるよ。綺麗だったから売りに行こうと思ったらこんなことになっちまったからな」
「今回はその牛の肉が原因だと思うんです。そしてその牛ってもしかしたら魔物かもしれません。その角と毛皮を貸してもらえませんか? 王都のギルドへ持って帰って見てもらおうと思います」
「ああ、いいよ。しかしこのあたりで魔物なんて出たことないぞ」
「いや、あんな牛は初めて見たんだ。迷い込んできたのかもしれない」
「数匹が東の森に向かって逃げたはずだが、あそこに魔物が住み着いたりしたら嫌だな」
「でもあの牛、近づいたら勝手にヨロヨロし始めてすっげー弱かったぞ。あれが魔物か?」
それも気になる。魔物の森とは魔界離れたこんな場所にある森にも魔物が生み出されるような魔素だまりができたりするんだろうか。迷い込むって言ってもここは、魔物の住処から随分と遠いぞ。それも含めて色々確認したいから王都へ戻るか。
俺たちは集まることができなかった人たちを回り、同じようにスキルで症状を消す。体調については症状が軽くなっていくなら問題がないことを伝え、一応の依頼完了ということにする。そして原因と思われる牛については毒を持つ魔物の可能性があることを伝え、近づかないように注意し王都へと戻った。




