072 王国の方向転換
「イザールでの魔族討伐達成。ロドス第二騎士団長の暴走鎮圧の報告は以上となります」
王宮の謁見の間。俺と勇者ハヤトがこの世界へ召喚された場所。そこで報告が行われた。王座には相変わらず王と言うより戦士の風格を漂わせたシリウス・ミラ・カーフが座っている。その左右には神官。もちろん神官の一人は聖女メグミ・ホウジョウだ。召喚された時のことを思い出すな。もうずいぶんと前のことに感じる。
俺たちは王から十歩ほどの距離をあけて俺、アーニャ、ロナが並び、その左右にマクシムさんとサユリさんが並ぶ。そして俺たちの前でオーリンさんが跪いて報告を済ませた。
王への報告の前にマクシムさんとサユリさんにはイザールでの出来事を話してある。討伐と言っても実際にはレクター本人が滅びを求め俺がそれに応じたこと、第二騎士団長のロドスが暴走しそれを鎮圧したこと。ヤンキー傭兵の件を伝える俺の様子を見て、なぜかアーニャが「お前がしっかり護衛する役目だろ、しっかりしろ!」とマクシムさんに怒られていた。いやまったくアーニャは悪くない。なんかゴメン。
そして俺たちが離れていた間の王宮での様子も聞いた。王宮ではただ俺たちを待っていたわけではなく、王や聖女、貴族やその他権力者も交え、今後についての討論が繰り返されていたらしい。もともと王宮に居たマクシムさんとサユリさんは知り合いも多く、魔族に寝返ったとされるまで厚い信頼を得ていたこともあり、情報はそれなりに信用され、最初は荒れた話し合いも繰り返すうちに落ち着いてきたとのこと。
そもそもいくらアルドラとの交流を制限しても情報を完全に止めることなどできるわけもなく、多くの者が本当はアルドラが乗っ取られたわけではなく、魔族と共存の道を進んでいるということを知っていた。それでも王の意思や聖女の意思だけでなく長年にわたって魔族は絶対悪であり滅ぼすべきという考えが刷り込まれ、そして実際に戦い続けて犠牲者が増え続けていたことにより、引くに引き返せない状態になっていたってのが現実だ。
だが魔族と戦い続けても人間の被害が増えるだけの可能性が高い。俺たちの戦力を見てそう思い知らされた王国の重鎮たちは、それぞれ思うことはあっても魔族と徹底抗戦を訴えるものは日に日に減っていったらしい。
「オーリン騎士団長、ご苦労であった。また後程、詳細を聞かせてくれ。ロドス団長の処遇についてはその時に」
王は報告を静かに聴き、労をねぎらった。オーリンさんは俺たちの左右に並ぶ騎士の列、その最も王座に近い場所へ移動する。ちなみにロドスは俺のスキルで眠らされたまま牢へ運ばれた。解除してないから5日間は寝続けるけど、まぁいっか。
「シリウス王よ。約束は果たされたぞ」
「そうだな」
「魔族との和解を約束してくれるか?」
「うむ、受けるしかなかろう」
「これまでも何度も言ったが、約束を守ってくれさえすれば俺たち、いや俺とサユリはこの国を守ろう。もし魔族が不当に人間に危害を加えるようなことがあれば、俺がそいつを滅ぼす」
と言うことはこれが解決した後も、マクシムさんとサユリさんはこの国へ残るってことか。旅に出たいって言ってたけど、それはまだまだ先になりそうだな。俺たちをそれに含めていないってことは自由に動いていいってことなのかな? まだ話の途中だけど俺はさっさと魔王の肩書を捨てて自由になりたい。
「魔族は説明した通りまともに国の形を持っていない。魔王という立場があっても魔王と関係なく生きている者も多数いる。そもそも新魔王はほとんど他の魔族と面識がなく魔族全体にまったく影響力が無いといっていいだろう。そこで……」
「そこで僕の出番だ」
突然後方から聞き覚えのある声がした。マクシムさんとサユリさん以外の全員がその声の主を見る。後方には騎士とは違う者が3人並んでいる。傭兵だ。この場に参加できる傭兵だけあって3人の傭兵は装備はそれぞれ違うが強者の風格だけでなく品格まで感じさせる容貌だ。その一人、一番軽装な装備を身に着けながらも顔はスッポリ覆われる兜を被った男が声の主だ。軽装な鎧にフルフェイスの兜、そしてマント。あきらかに隠してるね。
しっかり注目を集めてからフルフェイス兜の男は前に進み出て、俺たちのすぐ後ろまで来る。そしてそのフルフェイス兜を外しショートヘアーの黒髪をかき上げた。
「この僕、S級冒険者であり、そこにいるロナの兄であり、ついでに元魔王である僕の出番だ!」
……リゲル……こんな場でもその調子なのね。つか来てたのね。マクシムさんが連絡した? あと魔王だったことは、ついで程度なのか。返すから受け取ってくれ。
謁見の間が大きくざわつく。俺みたいな人間なのに魔王なんて中途半端な奴じゃなく、本物の魔族で魔王だった男が現れたんだ。そりゃ驚くよな。
王も背もたれから体を浮かせる。
「この者は?」
「本人の説明の通り、元魔王のリゲルだ。俺はこいつを倒して魔王になろうとしてたんだが、まぁ結局ケンジに先を越されちまった」
俺は魔王になろうとしてリゲルを倒したわけじゃないぞ。心の中で突っ込む。
「話を続けるが、この元魔王なら現魔王のケンジよりずっと魔界に顔が利く。今把握している魔族の中で最強であり、強い者が偉いって簡単な仕組みの魔族と共存するならば、この男を魔族の代表として協力していくのが一番いいだろう」
おお! マクシムさんもしかして俺の魔王の肩書の負担を軽くしてくれるためにリゲルを呼んでくれたの? 凄くうれしいかも! 俺の自由な旅がググっと近づいてきた気がする。
「いやー、ケンジたちに遅れて魔界へ戻ったら、すでに王国へ向かったって聞いてね。面白そうだから追いかけてきたんだけど、急いで王都に来たらまだ皆到着してなくて困ったよ。しかたなく冒険者ギルドに行って仕事もらって暇つぶししてたら、実力認められちゃってね、ギルド長といろいろ話してたら王宮に出入りできる立場になってたよ。なのにそっちが到着した時、丁度依頼で出かけててすれ違っちゃったんだよね」
おーい、そんなことか! 面白そうだから来ただけかよ!
「まぁどのみちリゲルには頼るつもりだったし、丁度よかったよ。王にはすぐに紹介するつもりだったんだが、ウロチョロしやがってまったく、どんだけ遊び好きなんだよ」
そうかギルド長ってイメルダさんだし、マクシムさんと通じてるからリゲルを王宮に出入りできるようにしたのも計算ずく?。勢いで動いてるようで計画的なマクシムさんだ。そうなるように手を回してても不思議じゃない。
「はは、王国へは何度も来たことがあるけど王都は初めてだからね。雰囲気のいい酒場を巡るだけでも大忙しだったよ」
リゲル、お前だって魔族の社会問題を解決したいって考えてるんだろ? もう少し真剣に取り組めよ。これが寿命の差による感覚の差か? ロナもそうだけど魔族が無意欲化して滅びそうって危機感を訴えてた割に焦ってる感じがないもんな。
「そうか、その者が真の魔王であるか」
王が静かに言う。そしてその王の目に憎しみがこもる。そういえばシリウス王って妻を魔族に殺されたって話だったな。その時の魔王に対して激しい感情が現れても不思議じゃないか。
「我妻は魔族に殺された。確認するが元魔王リゲル殿はそれに関わっていないのか?」
「残念ながら、知っての通り魔界は国の形が存在しない。政治もなければルールもない。ただ強い者の言うことが通る世界だ。僕が魔王になって約100年、僕の声が届く範囲ではむやみに人を襲うことはしないように言いつけてある」
「ならば、魔王と縁のない魔族だったか」
「気の毒だがはっきり言って分からない。僕と交流のある魔族であっても攻撃されて無抵抗でいろとまでは言っていない。だからあなた方から襲いかかったのであれば、反撃にあってても不思議じゃないな」
「そうか……」
どんな状況での戦闘だったか。それは俺は知らない。魔族との闘いで王は妻を失った。そうとしか聞いてないからな。
「我らの何代にもわたる魔族との闘いとは、なんだったのであろうな」
そう言う王は複雑そうだ。リゲルの言う通り、本当に気の毒であり滑稽だ。魔王も魔族も基本人間を滅ぼそうなど思っていない。大昔にはそういう意欲のある魔族が存在したが、今では無気力化が進み徐々に消えていく絶滅危惧種のような存在になっている。それに対して大昔からの魔族のイメージを引きずった王国が一方的に攻撃を繰り返し、自滅も繰り返した。そりゃ中には人間に危害を加える魔族も居ただろうけど、もしもっと早くアルドラのように、友好的な関係が築けていたらそんな被害はずっと少なくできたはずなんだ。
魔族の変化を知らず、いや知っていても考慮せず、魔族は悪だと決めつけてここまで来た王国は本当に残念な判断ミスをしてきた。一歩距離を置いてみるとそういうことになる。
ここに来てそれを叩きつけられた王やその他大勢の権力者は頭が痛いだろう。
「まぁこれで王国が滅びるわけじゃない、今からが大切だ。ハッキリ言って大変だぞ。王国の国民が持つ魔族絶対悪って考えを変えるのは。疑いを持たず信じ切っている者は国中に多数いるだろうからな。魔族と交流するとなれば、魔族よりもそっちの対応が難しいだろう。王国として魔族を受け入れる声明を出しても、正義感で魔族を討伐しようとする者も出てくるだろうし、王国を離れる者も出てくるだろう」
重鎮たちも厳しい表情だ。国の方向性が大きく変わるんだ。一般人には想像もできない苦労がこれからあるんだろう。
「しかし魔族はのんびりした連中だ。そんな突然大量にやってくることはない。十分悩む時間はあるし対策も立てられる。落ち着くまでは俺たちも協力する」
「もうすでにいい形で交流ができてるケースだってあるんだし、最初は人間との交流に積極的な気のいい魔族が中心にやってきますから魔族側についてはあまり心配いりませんよ」
サユリさんが穏やかに言う。いい形の交流ってのは、オーリンさんが報告したイザールのデリーヌさんとベイガードのことかな。そういえばメイガスが居ない。どこいったんだろう。
王は黙り込み思案し、聖女はこっちを静かに見ている。そして重鎮たちはざわざわと相談してる。マクシムさんとサユリさんは王の言葉を待っているようだ。なので気になったことを聞いてみる。
「あの、メイガスってどうしてるんですか?」
「メイガスさんは現れるとその都度驚かれて大変だから、どこかその辺の影に潜んでるんじゃないかしら。でも夜の酒場ではちょっと話題の人になってるわよ」
「え? 酒場にでかけて何してるんですか? 前に人に驚かれるのが面白いとか言ってたけど」
「それがね、夜酒場にふらっと入ってみたら酔っぱらいに絡まれたみたいでね。死神だろ? 俺の寿命がどのくらいあるのか言ってみろ! とか言われて、寿命を占って教えたらそれが評判になってるみたい。昨日は占ってほしい人の列ができたって言ってたわ」
サユリさんがコロコロと笑いながら教えてくれる。メイガスさんのあのインパクトのある死神ルックに絡んでいくなんて酔っぱらいは無敵だな。しかも寿命占いかよ。ますます死神だ。しかしそのおかげで交流が生まれた。そんなもんなのかもな新たな交流が生まれるきっかけなんて。
「わかった。すぐに準備に取り掛かろう」
王が立ち上がる。
「我が国は魔族への敵対を今日をもって終わりとする。魔族を受け入れ交流を持ち、魔物からの被害を抑え込むことに専念する。だが課題は山積みだ。皆それぞれ思うことはあるだろうがこれまで話し合った中で十分現状は理解できたことであろう。敵対し続けても人にとって良いことは何もないと。苦しい決断ではあるがどうか皆、力を貸してくれ。これからの王国を支えてくれ」
俺たちの目的は達成された。いや俺は流されてここまで来ただけだから、マクシムさんたちの目的か。だけど結構頑張ったしそれが報われたのは素直に嬉しく達成感が得られた。今この時が王国が大きく方向転換する瞬間だな。




