071 体調管理スキル マスター (未進化)
「はぁ」
何度目かわからないため息が出る。無意識に出る。「殺しちゃった、死なせちゃった」が頭の中でグルグル回り続ける。
まさか俺がアーニャより先に人を殺すことになるとは思ってなかった。アーニャだったら、そのうち本当に悪人に対峙した時、遠慮なくぶった切っても不思議じゃないし、それもすでに覚悟してるんじゃないかとも思う。俺みたいな甘ちゃんとは違うからな。
厳密に言えばヤンキー傭兵を死なせたのはロナの魔法だ。俺が殺したわけじゃない。とは言え、敵が近づけば死ぬと分かっていて必死に逃げたけど結局それができずに死なせた。なんだろうこのモヤモヤは。これがもし悪党を前にして殺す必要を感じて殺してたならこんな気持ちわるい感覚にはならなかったのかな。だけど俺に殺す覚悟なんてできるか? 平和ボケ日本人だぞ? いやそれでももしアーニャが殺される寸前とかだったらどうだ? 俺のスキルはまだ試してないけど、一瞬で人の命を奪う方法がいくらでもある。恐ろしくて試す気にもならないけど、呼吸や心拍……それを操作すれば。いやこれはさすがに考えたくない。そんなことして人の命を奪ったらもう俺は魔族どころじゃない死神だ。
「このあたりで野営の準備するよ」
いつの間にか夕暮れ時になっていた。何度か慰めるようにアーニャやオーリンさんが話しかけていたが俺はあまりいい返事ができないでいた。ロナは俺を慰めたりしない。殺そうとしてきたんだから殺される覚悟だってあるでしょ。そんな軽い調子だ。あえて重くない態度をしてくれてるのかも。でもこの世界じゃそっちが普通なんだろうな。俺もそう割り切る必要があるとは思ってる。
「ケンジはゆっくりしてて」
俺は馬車の中から動かずぼーっとロドスを見る。目を覚ましたら面倒だから寝続けるようにもう一度スキルを使っておく。
( 眠気 10 できるだけ長く)
スキル熟練度が上がったはずだ。持続時間はどうだろう。
< 眠気 10 持続時間 5日 >
やっぱり延びてた。スキルが範囲で効果が出るようになってたし他にも変化があるかも。だけどスキルボードを開いてじっくり見る気がしない。いや見た方が気がまぎれるか?
( スキルボードオープン )
<体調管理> マスター (未進化)
やっぱり熟練度上がってたみたいだ。そんでもって熟練度がマスターってなってる。あと(未進化)ってなんだ? このスキルが進化するってことか? 十分滅茶苦茶なスキルだと思うけど。
有効範囲 100m
対象 1 を中心にその周辺へ効果を出現させられる
クールタイム 1秒
持続時間 最大5日間
負担軽減 自分へのスキル効果による肉体への負担を軽減する。他者へ使用した場合の負担も指定により軽減できる。
またパワーアップしてる。有効範囲100mって凄いな。もう相手の顔もよく分からない距離から使えるんだ。対象の範囲は曖昧だな。今日使った感覚では3mくらいに思えたけど。
クールタイムはもう無いのと同じかも。念じる時間が1秒くらいあるだろうし、誰を狙うかを考える時間だってあるんだから。1秒のクールタイムはあって無いようなものだな。
あと他の人の強化にも負担軽減ができるようになってる。これは便利かも。俺自身は強化を使い慣れてきたけど、負荷軽減できない他人には使いにくかったもんな。
しかしこの体調管理スキル、前例のないスキルはユニークスキルって言われてるけどユニークすぎるな。どう考えても戦闘スキルっぽくない名前なのにそこらの攻撃魔法より戦闘で使えるんじゃないか? 今回追われたのだって、今の効果範囲効果とクールタイム1秒が最初からあれば、全員を無力化するのなんてそう苦労しなかったかも。例えば1度の無力化で4人無力化できるとしたら最短で50秒。200人の敵を1分かからず全員無力化できることになる。そんな都合よくいかないにしてもそれだけの潜在能力があるってことだ。自分で言うのもなんだがもし悪用しようものなら恐ろしいことになるな。弱点がほとんどなくなったかも。
唯一注意が必要なのは俺自身が洗脳されたりすることか。強大な力を持つ者を洗脳して意のままに操るなんて展開は色んな物語でよくある展開だ。体調管理スキルで洗脳を解除する方法とかあるかな。俺は俺が悪用されないように考えておく必要があるかも。
そういえば魔法使いが全然いなかったな。王宮でロナの実力を見せたからかも。人間の魔法と魔族の魔法がまるで桁違いなのを見せつけたもんな。
「ご飯できましたよー」
自分のスキルと向き合ってたらロナが呼びに来た。肉を焼く香ばしい匂いが鼻を刺激する。スキルのこと考えてたら少し体と気持ちが軽くなった気がする。このまま重いことは考えずに食事をとろう。
皆俺に気を使ってくれたのか食事では今日のことについての話題は無かった。野営は近くに小川がある場所を選んでくれたようで、皆順番に汗を流し早めの就寝となった。ちなみに見張りは無しだ。ロナの結界の魔法でその必要がない。俺はその結界の魔法がまた敵を消し飛ばすような物じゃないことだけ確認して寝た。
寝るってのは大切だな。色んな重荷を不思議と軽くしてくれる。スッキリ爽快ってほどではないにしろ昨日みたいな落ち込んだ気分ではなくなった。昨日のことを皆と冷静に話せる程度には復活した。
「昨日は御免ね。俺にはショッキングすぎて色々考え込んでた」
「あいつが死んだのはケンジのせいじゃないし、ロナの魔法がなかったらケンジの首が飛んでたんだから、あれで良かったんだよ」
「うんうん、私の魔法がなかったらケンジが死んでましたよ」
あっさりな二人だ。アーニャはまだ人を殺したことが無いはずだけどもうすっかりこの世界の価値観を受け入れ、覚悟も決めてるって感じだな。アーニャが人を殺す必要に迫られた時、躊躇うことなくやれるんだろうか。ついそんなことを考えてしまう。そんなことは本人だってその時にならなきゃ分からないだろう。
「そういえば、スキルは確認した? 一度に何人も倒せるようになってたよね!」
アーニャが目を輝かせて聞いてくる。
「なってた。クールタイムもすっごく短くなってる。ま、それはまた教えるよ。オーリンさんは信用してるけど、一応まだ交渉相手側の人だしね」
「あー、そうね」
「え? 私も興味あるんですけど教えてもらえないんですか?」
「まぁ色々解決したらってことで」
好奇心旺盛だな。オーリンさん。
「気になる点があるんだ。ここは隠す必要ないから言うけど、スキルの熟練度が10になってマスターって表記されてるんだけど、その横に(未進化)ってあるんだよね。あれはなんなんだろう」
「そうなんだ。私の身体強化もマスターってなってるけど(未進化)とか書いてないよ」
アーニャの身体強化、すでにマスターだったんだ。
「スキルについては結構家族で色々話したけど私のお父さんとお母さんからもそんな話は聞いてないなー。お父さんとお母さんは、身体強化がマスターになってしばらくして他のスキルが出現したって言ってたんだけど。(未進化)ってことはケンジは<体調管理>のスキルがさらに進化するってことかな」
まぁ(未進化)って書いてるくらいだからきっとそうなんだろうな。スキルの情報って本当にすくないもんな。この世界の一般人が持つ能力もスキルではあるんだけど、それは過去に召喚された者の子孫が持つ劣化スキルらしいし。過去の召喚された者が全て記録にのこしてくれてたらもう少し色々分かったのかもしれないけど、能力って全部バラしたら不利になることだってあるだろうから秘密だったのかもしれない。
「(未進化)は、そのスキルがさらに進化するってことで間違いないですよ。私も探知能力のスキル持ちですので多少はスキルの知識があります」
そうか、オーリンさんも探知能力持ってるから過去の召喚された人の血を引いてるってことか。
「私自身も探知能力スキルが進化しましたから」
「え? そうなんですか。どんな進化をしたんですか?
「最初は本当に人間、生物、魔物などをただ探知できるだけだったんです。熟練度が上がってその範囲が広がったんですが、マスター(未進化)となってしばらくして進化しました。ただ探知できるだけじゃなくて相手の強さが分かるようになったんです。自分と比較してどのくらいの戦力かとか」
その戦力の比較って観察項目を俺の数値1として比較して見れるのと似てるかも。
「じゃぁ俺のスキルってさらに強化されるってことなのか」
「魔王殿のスキルは今でも反則級なのに困ったもんですな」
オーリンさんが呆れたようにカラカラと笑っている。
どうなるんだろうな。ここまで範囲とクールタイムを中心に強化されてきたけど、オーリンさんのケースを見ると、ただ強化される感じじゃなくて、なにか追加されるって感じか。すでにありとあらゆる体調を操作できるのに、いったい何が追加されるってんだろう。
揺れる馬車のなか色々話してると気が楽になってきた。下に転がるロドスを見るたびに昨日のことを思い出してしまうのが腹立たしい。だがそれももうすこしの辛抱だ。街道の先に王都が見えてきた。
70話目にしてやっと無双できそうなスキルとなりました。しかし主人公は本人も気付いてるように、スキルで無双するには覚悟が足りていません。悪者相手に無双する爽快なシーンが作者自身も待ち遠しいです!
作者的にはここで一段落です。次はちょっと違った角度での主人公の活躍を書きたいと思ってます。
初心者ながら楽しく書き続けてこれたのは評価やブックマークをしていただけた皆さまのお陰だと思ってます。これからも頑張りますので、まだの方も是非ブックマークしてください!(懇願)




