070 人間を死なせてしまった
油断していたわけじゃない。だけど気配に敏感なアーニャがいて、感知能力があるオーリンさんもいる状況でまさか自分の近くに敵が潜んでいるなんて想定外だった。馬の嘶きにつられてそちらを見てしまい、反対側の物音にまさか敵だなんて思わずのんびり振り返ると、そこには知った顔の傭兵がいた。
「もらった!」
王宮でアーニャが対戦したヤンキー傭兵があの時見せた速さ以上の速度で向かってきている。
「うわぁぁ!」
思わず情けない声が出る。アーニャとあの速度で打ち合っていた人の剣とか対応できるわけがない。俺は今、反応速度強化もしてない。あれは消耗が激しいから長期戦になることを予測して使わないでいた。もし使ってても今の俺の実力じゃ厳しい。
「まっ!」
無力化を念じる余裕すらない、曲刀を振り下ろすだけの時間、必死で制止の声を出すも俺を殺そうとする相手には意味がなかった。
バヂィィィ
すれ違いざまに俺の首を切り落とそうとした曲刀はロナの防御魔法に衝突。弾け飛び破片が向かってきて思わず目を閉じてしまうがそれも俺に届くことはなかった。
バジシュバジュゥゥゥゥゥウ
そしてさらに電撃が弾ける音と、その後に水分が蒸発するような音が続く。聞きたくなかった音だ。見たくない目を開けたくないと思ってしまうがそういうわけにもいかずすぐ目を開くと、赤い血煙が見える。そしてその煙を追う。
ドサ
地に倒れたヤンキー傭兵はピクリとも動かない。動けるわけがない。頭部から腹部、右足までが無くなっていた。生きてるわけがない。すれ違うように走り抜けたヤンキー傭兵は、俺に付与されたロナの防御魔法に半身を削られていた。
そして俺の足元にはその原因である赤い魔法陣が時々パチっという音をたてながら光っていた。
「ロナ、解除!」
「え? まだ敵が隠れてるかもしれないよ」
「それでもだ。危なすぎる」
「もったいないですよ。かなり魔力込めたのに」
「込めすぎだ、防御魔法なんだ、相手が痺れて動けなくなる程度でいい、これはやり過ぎだ」
解除を渋るロナ。付与された魔法って観察できるのか?
俺は人を死なせた防御魔法の恐ろしさに負け、とにかくさっさと解除したくなった。目の前で倒れているヤンキー傭兵はなんで気付いてくれなかったんだろう。何度も矢を消滅させてたこの防御魔法の危険さに気付いてくれてれば死なずにすんだのに。ずっとチャンスを狙って潜んでて気付いてなかったとかか? いや、アーニャやオーリンさんに気付かれずにこうやって近づいた実力者が気付かないなんて。わからない。魔族が使う防御魔法、それも魔族の中でも特に魔力が高いロナが使う防御魔法なんて完全に想定外だったのかも。騎士達だってそうだ。ここまで危険な防御魔法だと気付いてたら追うのを諦めてたかも。現に今、騎士たちとロドスは驚きと怯えの表情だ。
「はい、解除しました。言っときますけど悪意を感知して発動するから仲間には危なくないですよ」
俺の足元から魔法陣が消える。
そうだったんだ。じゃあアーニャやオーリンさんには無害だったのか。それでもこの防御魔法は出力が強すぎて危ないし、俺はそもそも人を殺したくなかった。
「大丈夫? ケンジ」
騎士たちを警戒しながらアーニャが俺に声をかける。
「俺はなんともないけど、王宮でアーニャと対戦したヤンキー傭兵が死んだ」
「だね。見た」
「魔王殿、気にすることは無い、本人の判断ミスであり自業自得だ」
オーリンさんの言う通りなんだけどね。でも俺には人を殺す覚悟なんて……昨日魔族の人を殺したばかりか。二日連続で重すぎる。
ほぼ半身を失い断面から煙を上げている死体から目が離せない。その姿をみても不思議と吐き気や悪寒はしない。これまでの戦闘経験で慣らされたのか。激しく損傷した死体よりも、人間を死なせてしまったという事実が重い。そうなった経緯を考える余裕がない。ただ人間を死なせてしまったという事実だけが頭の中をグルグル回る。
「ロドス団長、この通りだ。魔王へ近づいても触れることもできずに死ぬことになるぞ」
「……この化け物め!」
オーリンさんの言葉にロドスが何か返してるがもう勢いがない。ショックを受けてるのは俺だけじゃないみたいだ。
「大人しく投降してくれますかな?」
俺がぼーっとしている間にオーリンさんが事態を収束に向けて進めてくれている。俺はまだ思考が混乱中だ。というか「死なせた死なせてしまった」から進めないでいた。
クソ、なんでだ。相手は敵で攻めてきて勝手に死んだんだ。今この状況で責任を感じる必要なんてない。いや、責任とかそんなんじゃないのか。死なせたって事実だけで俺が委縮してしまってるのか。やっぱり俺は安全な日本の看護師でしかないんだな。
「それとも最後の1人まで戦いますか?」
オーリンさんの説得が続いている。死体から目を離しそちらを見る。
「ケンジ? 泣いてるの? 大丈夫?」
アーニャに言われて初めて気付いた。泣いてたんだ俺。慌てて涙を手で拭く。
「大丈夫、もう大丈夫」
大丈夫じゃないけどそう答える。
俺の様子をみたロドスが言う。
「こんな男が魔王だ? なぜだ。敵を一人死なせただけで泣くような男が! なぜ魔族の肩をもつ!」
知らねーよ。そもそも死なせた魔法は俺のじゃねーよ。俺のスキルだってそもそも戦闘スキルじゃねーよ。スキル名、体調管理だぞ? どっからどう見ても戦闘の臭いすらしねーぞ? それに誰も死なせたくなかったから必死で逃げてたんだ。
「伝統ある我らの王国がこのような男に左右されるとは」
伝統はどうでもいいが、無駄に争って犠牲者増やしてちゃダメだろ。俺たちはそれをやめさせようとしてるだけで、そのための魔族と人間の関係改善なんだよ。
頭の中では色々思考ができるようになったが言葉が出ない。
「こんな者どものために国が滅びることになるとは! 情けない」
滅ぼすとか一度もいってねーだろ! なんかすっごく腹立ってきた。こいつが馬鹿な真似しなけりゃ俺が人を死なせることも無かったんだ。このボケを殴りたい!
「あんたの妄想に付き合うつもりはないけど、どうしても一発殴りたい」
最初に出た言葉はこれだった。俺はロドスを睨みつけ迫っていく。
「ケンジ?」
「魔王殿?」
すれ違う時に声をかけられてもかえす返事がない。今はとにかくあいつがムカつく。
「ヒィ」
俺が近づくと騎士から悲鳴が上がり、全体が後ずさる。もうあの防御魔法は解除してるが、それでも近づいたヤンキー傭兵がはじけ飛んだ様子を見たためか、騎士たちは大きく距離を取ろうとする。そしてロドスだけは下がらずその場に残る。
「どうせ俺はもう反逆罪で重刑となるであろう。王国が滅びる姿も見たくない。好きにするがいい」
この妄言馬鹿を殴りたい。
( 筋力 10 )
このタフそうな妄言馬鹿は最大限強化して殴るくらいでちょうどいい。そしてこいつにはまともな反撃させるつもりはない。
( 筋力 2 反応速度 2 )
「 く……これが……お前の……スキルか」
ロドスは急に力が抜けても倒れることなく耐えた。耐えてもらわなけりゃ困る。俺が殴り倒したいんだ。そして俺はロドスまであと数歩で手が届きそうなところで足を止める。
「あんたのせいで人を死なせちまったじゃねーか。そりゃこんな世界だ。命のやり取りは日常なんだろう。だけどな。俺はそんな覚悟できてねーんだよ!」
「何を言っている」
「うるせぇ、お前に分かってもらおうとなんて思ってねーよ!」
ガン!
俺は2歩助走して思いっきりロドスの胸を殴る。籠手と鎧がぶつかり激しい音がする。反応速度を落とされたロドスは受ける動きを見せることもできずにそれを受け、そのまま後ろへ倒れる。
「団長!」
一人の騎士が駆け寄ってくる。こんなバカにも慕う者がいるんだな。
まぁ近付けさせないけどな。
( 筋力 1 )
ガドシャ
前のめりに倒れる騎士。団長の護衛だったのか丈夫そうな鎧が激しく音を立てる。
俺はロドスの横に片膝を突き、その胸を籠手で殴りつける。
ガン!
自分でも無意味なことをしてると分かってる。自分の辛さを誤魔化すように八つ当たりしてるだけだ。いやこいつが起こした事での結果だから八つ当たりではないな。
ガン! ガン! ガン!
ロドスの顔が恐怖に歪む。筋力強化を最大に強化して力任せに籠手を叩きつけたため、鎧の胸部は陥没している。胸が圧迫されて苦しいのか?
ガン! ガン! ガン!
今度は腹部を殴る。陥没するまで殴る。ロドスが恐怖ではなく苦痛の表情となる。それでも悲鳴などは上げない。騎士団長としての矜持からかなのか、まともに動けない状態で苦痛に顔を歪めながらも俺を睨みつけている。
ムカつくな、その顔もぶん殴ってやろうか。その兜も潰してやろうか。
「それで頭殴ったら死んじゃうよ」
籠手を装備した拳を振り上げたところで、俺の肩にアーニャの手がのる。
そうか、そうだな。胸の鉄板を陥没させる力で兜を殴れば脳挫傷間違いなしだな。俺、かなり冷静じゃなくなってたみたいだ。人を死なせたことで苛立ちそれでまた人を殺してしまうところだった。ダメだ俺のキャパを軽く超える出来事の連続でおかしくなってる。
何度も叩きつけた右拳が痺れてる。俺の武器が刃物じゃなくて良かった。怒りに任せて刺し殺してたかもしれない。
「俺はあんたを殺さない。あんたをどうするかは王に任せる」
「こ、殺せ。生き恥を晒させるな! この化け物め!」
( 眠気 10 )
一瞬で意識を失うロドス。
もうこいつの妄言を聞きたくない。
「これで終わりにしましょ。まだ動ける騎士の皆さんももういいでしょ?」
アーニャの提案に騎士たちが動けずにいる。互いに顔を見合わせたりするも判断できないのか。
「ロドス団長は王命無しで勝手な軍事行動を行なった。これは重罪だ。このまま捕らえ王都へ連行する。お前たち第二騎士団のまだ動ける者は、怪我人の対応をしろ。倒れた者たちは軽傷だろう。次の街で私が応援を呼ぶ。それが来るまで応急処置をしていてくれ」
「我らはどうなるのでしょうか?」
「それ相応の罰はあるだろうが、どうなるかは王が決めることだ」
「その者たちは、本当に信頼できるのでしょうか?」
「お前ら生きてるだろ。それが証明してると思わないか?」
「……」
「その気になれば、ロナ殿の大規模攻撃魔法で全員吹き飛ばせたんだぞ」
騎士たちは迷いながらもオーリンさんに従うことになった。街道に倒れている騎士たちを道端に並べ始める。俺たちをチラチラ見ているが敵意を向ける様子はない。むしろ恐れてるようだ。それを指揮するオーリンさんがしばらくすると戻ってくる。
「じゃぁ行きましょうか」
「ロドスは?」
「連れていきます。待っててください。馬車を取ってきます」
そう言ってオーリンさんは馬車を取りに走っていく。馬車に乗り戻ってきたオーリンさんと巨体のロドスを馬車の足元に転がし、騎士達の応急処置を横目に見つつ王都に向けて出発した。




