046 作戦開始前夜
サユリさんの食事を楽しんだ後は、お互いにこれまでの経緯を詳しく説明し、状況を確認した。そして今日はゆっくりして明日今後のことについて話し合おうということになる。俺は部屋を準備してもらえ、そこで大人しく過ごした。
魔王か……ってしんみり受け入れてる場合じゃない。と言っても実力で倒してくれる人が現れないと魔王は返上できないらしい。しかもわざと負けるのはダメときた。ということは俺の開幕弱体化スキルを掻い潜って攻撃してくる相手が現れないとってことだよな。というかそういう人や魔族が現れたとして俺、その一撃で死ぬんじゃない? それも困る。魔王の肩書はいらないけど命は捨てられない。死にたくないから本気で弱体化スキルを使う……しかし負けないとずっと魔王……。困る! どうにか解決策はないものか。明日改めて相談してみよう。
はぁ……とりあえずアーニャが両親に無事会えたのは良かったな。今後もどうも楽に過ごせる感じじゃないけど、今日はもう用もないしスキルチェックでもしてみるか。
<体調管理> 熟練度8
お、また熟練度あがってる。サクサクあがるよね。やっぱり熟練度って10になるまでは試運転って感じで使えば使うほどサクサク上がるんだな。あ! クールタイム3秒! これ凄いかも。ゲームだって同じスキルを使用してもクールタイムが違うとまるで有用性が変わってきたりするもんな。長期戦になるほど差が出る。1分間で魔物12体を無力化できるのと、20体無力化できるのとでは大差がある。
その他は……やっぱり有効範囲が延びてるね。50mだ。
現状を確認すると俺の体調管理スキルは。
有効範囲 50m
対象 1
クールタイム 3秒
操作項目は観察できる項目を操作可能
操作内容は観察項目の通常の状態を5、本来ないもの(状態異常など)は0として最低0最高10へ操作できる。本来存在しない項目、一時的な状態異常などは通常の状態が0であり悪化すると10まで上昇
こう見ると、やれること自体はシンプルだよな。その幅が凄いけど。とりあえず大きな変化はクールタイムだな。なんかこれから望まなくても魔王って肩書のせいで勝負を持ちかけられたりするかもしれないし、自分のできることはこまめに把握しとかないとな。訓練もしっかりやっとこ。最近剣術を教えてもらってたけど、やっぱり俺の場合は防御だな。無力化するまでの時間さえ稼げればなんとかなるからね。
今後の不安を軽くするため、スキルチェックと日課の筋トレ、あとは生活魔法の訓練を行い休むことにした。あ、部屋に一人で寝るのって凄い久しぶりかも。なんかすっごい気楽だけど寂しいな。
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「人を襲う魔族にやめるように命令する。魔王の命令に従わなければ力ずくで排除する。そのうえで王国と交渉に持ち込み、魔族と人間の不可侵条約を結び、さらには協力して魔物の討伐を行う仕組みを作る」
次の日の朝食後、今後の予定についての話し合いが始まった。というか俺の魔王就任はもう仕方がないことと流されている。流さないでほしいけど解決策もない。
「お父さんとお母さんは王国と魔族を和解させるためにここに来たんだよね」
「もちろんだ。正しくは王国のためじゃなく、魔街道に沿った町の人たちの安全のためにだ」
「王国の戦力は絶対的に足りてないのよね。魔物って低級なものほど簡単に湧いてくるから数が多いし、それに対して人間は死ねばおしまい、負傷してもしばらく前線離脱。この世界の歴史を振り返っても多少前線が前後しても魔物の数ってそう変わってないように見えるのよ」
「むしろ魔物からの被害は問題だが、魔物から獲れる素材が人の社会で役に立っている面もある。王国は王や聖女の個人的な恨みや憎しみとそれに同調する者たちで、魔物や魔族の根絶やしを目論んでいる。だがそれは現状の戦力では無理だ。いたずらに犠牲者を増やし、余計な刺激をして魔街道の町へ被害が出る」
そうかも、さらに魔物を倒せてもその先の魔族に普通の兵士が敵うようにも思えない。魔族に対抗するには、数の力じゃなくて個の高い能力で対抗する必要があるかも。俺みたいな特殊なスキルや、とびぬけた身体能力? マクシムさんやサユリさんはどんな戦い方をするんだろう。
「すぐにでも魔族と王国を和解させたいが、王国側が長年魔物や魔界への攻撃を繰り返したために、あっち方面では、人に攻撃的な魔族もいる。そいつらをどうにかしなければ和解は難しい」
その人に攻撃的な魔族をどうにかするためにマクシムさんとサユリさんは魔界に来た。そして魔王となり魔族に命令を出せる立場を目指したらしい。魔王になろうって発想がまずぶっ飛んでるけど、現魔王……俺なんだよな。
しかし魔王の肩書があれば、人へ攻撃するなという命令が出せるし、逆らう者は殺してしまってもいいとのこと。それこそ魔族の世界は力こそ全てであり、強い者の命令は絶対だ。ただ、この魔族の町から遠く離れた場所に居る魔族は、100年以上元魔王のリゲルたちと関わっておらず、その実力が不明でもしかするとリゲルより強いものもいるかもしれない。もちろん一対一で戦うわけではないし、現状ここに居るメンバーで倒せない魔族が居るとは考えにくいらしい。
魔王の肩書を持つ俺が協力してくれるなら、すぐにでも準備を整えて出発。人と争う魔族を説得する、それでもだめなら倒す。それでもダメなら殺す。そして魔族側から人への攻撃を止めたうえで王国と交渉しようと提案された。
「アーニャは今後どうするの?」
「もちろん、お父さんたちを手伝いたいと思ってるよ。魔街道で魔物に苦しんでる人は助けたいしね」
「そうか、俺はどうしたらいいんだろう」
魔王って言われても自覚がないうえに、器じゃない。(笑
魔街道で魔物に苦しめられる人たち、俺もそれが助けられるならそうしたい、でも間違ってもその先頭にたって働くようなキャラじゃない。
「ケンジは魔王である以上、一緒に行動してほしい。戦い慣れしてないのは分かるが、その点は俺たちが守る。俺はリゲルに魔王代行を任せられて1年近くここで修業してきたが、ほとんど負けたことがないから安心していいぞ」
この人、魔族と戦い続けてほとんど負けないって、どんな身体能力してんだろう。でもほとんどって言うことはちょっとは負けた?
「マクシムさんより強い人もいるってことですか?」
「ん? 魔族には一度も負けてないぞ。俺とサユリが対戦して勝ったり負けたりしてるだけだ」
負けた相手は奥さんかよ! つかすげーなサユリさん、小柄なのにこのマッチョに勝つのかよ。その事実に驚嘆してサユリさんを見る。サユリさんはそんな俺にニッコリ微笑む。マクシムさんに勝つと聞いた直後じゃなけりゃ、なんて可愛らしいオバサンだって思うような笑顔なんだけど、聞いた後だとちょっと怖い。逆らったら笑顔でぶっとばされそう。
「凄いだろ、俺が倒されるとか想像しにくいだろ」
「いや、本当に」
「だろ、まぁそのギャップが良くて惚れちまったんだよな」
ギャップも何も想像がつかないよ。確か薙刀使いって聞いてるけど薙刀ってそんな強い武器だったっけ?
「スキルはお互い身体強化なんだが、元々の技の相性がな。まぁそれはそのうち見る機会があるからあらためて驚け」
家族そろってスキルが身体強化なんだ。アーニャが訓練熱心なのは一緒に居て知ってるけど、とにかく体や技を鍛えるのが好きな家族ってことなんだろうな。
俺はアーニャと一緒に居たいってのもあり、作戦に同行することを承諾した。それに皆と一緒じゃない時に魔族に勝負を挑まれたりしたら怖い。
「ケンジはそんなに心配しなくても大丈夫ですよ。魔王って結構メリットもありますから」
ロナが俺の心配に気付いてるのか気遣うように近づいてくる。
「メリット?」
「命令すればいいんですよ。例えばケンジは魔族に次々挑まれるのは困るでしょ?」
めっちゃ困ります。
コクコク首を縦に振る。
「そういうのは、魔王は忙しいのでマクシムさんを倒せた者だけと対戦するって宣言するとか。まったく勝負をしないって言っちゃうと魔族のこれまでの伝統を壊すことになって反発が出るでしょうが、マクシムさんを間に挟む分には既にマクシムさんの知名度は高いですし問題ないと思います」
「それがいい! 俺そんな戦いたい人じゃないからそうしてくれると助かります!」
俺はマクシムさんを見てお願いする。
「ああ、それは構わんぞ」
「ありがとうございます」
「それに、もう一つ大きなメリットがあります」
「なに?」
「魔族でトップクラスの魔力を持つ、この私、ロッサーナをお嫁さんにできます!」
「それは遠慮しとく」
俺が即答するとロナの表情が暗く沈む。
シクシクシクシク
とりあえず話がややこしくなるのは困る。一応俺はアーニャの両親への印象を気にしてるからな。ただでさえ武闘派家族でヒョロイ俺がアーニャの相手として却下な存在なんじゃないかって不安なんだ。そこにロナの誘惑にふらふらするような軟派な男だと思われたら目も当てられない。
「もったいないな、魔王を倒せばロナが貰えるんだったら、もっと早く勝負するべきだったか?」
おっと予想外にマクシムさんがのってきた! そして静かに後ろに立つサユリさん。笑顔のままそっとマクシムさんの両肩に手をおくと、音が聞こえそうなくらい僧帽筋をギュウギュウ握っている。あれは痛そうだ。これが本当の首根っこつかまれるってやつか?
「いや、養女としてだぞ? 妻はお前だけだぞ? 本当だぞ?」
言い訳が見苦しいぞマクシムさん。この人実はかなり砕けた人?
「まぁ冗談はそれくらいにして、現魔王のケンジさんが一緒に動いてくれるなら、少しでも早く出発しますよ。こうしてる間にも王国の魔街道では魔物の被害が続いてるのですから」
そうだな。ここまでの道中で討伐したような魔物は、あちこちに居るんだ。それがなんとかできるなら俺だってなんとかしたい。これだけ強そうなメンバーが居るんだ。別に怖がる必要はない。お飾り御神輿であってもこの魔王の肩書が役に立つなら役立てたいな。
「頑張ろうね、ケンジ」
「ああ、色々解決して王国の信頼を得られたら、元の世界へ帰れるかもしれないしな」
俺の発言に首を傾げ目を合わせるマクシムさんとサユリさん。こちらを向くと意外なことを言う。
「あなたたち、元の世界へ戻りたいの?」
「え? 一応それを目的に頑張ってきましたけど」
「俺たちは戻るつもりないぞ」
「今の自分の力で生きてるって実感は元の世界じゃ得られませんからね。私たちはこの世界で生きていくつもりでいますよ」
「お母さんたち帰らないんだ、それだったら私も帰らなくてもいいかも」
そうか、この武闘派家族にはこの力こそ正義のこの世界の方が生き易いのか。こりゃアーニャと仲良くなるなら俺も覚悟を決めないといけないか? まぁ元の世界へ一生帰らないって決めるわけでもないし、俺自身がどうするかは、今答えを出す必要ないか。
色々と急な展開だが、明日は魔族の町に行って必要な物を揃え、明後日には出発し、森を抜けて王国領へ向かうことになった。そしてそのまま遭遇した魔物を倒し、遭遇した魔族は説得、もしくは討伐。王都近くまで進んで、王都へ突撃。
突撃と言っても好んで戦うわけじゃない。街道を進むと軍を向けられたりしそうだから、人との戦闘を極力避けて一気に王都に突入する。最小限の被害で話し合いに持ち込もうって作戦だ。なんとも強引で過激な作戦だけど街道を通って人間と戦いながら王都を目指すよりはずっといいな。




