ビジネスライクに行こう。
あまりに魂が籠った絶叫に、城ケ崎さんがキャンディを口から零した。
呆然と口を開ける俺たちに、狭間君が語気をどんどん強めながら続ける。
「高く評価してるわけないでしょ‼ 僕がこの学校に入って、どれだけイライラしてるか想像できないんですか⁈」
「い、イライラ……?」
「唐草君ならわかるでしょうが‼ 家が太いからって、この令和の日本で、レッドカーペットを敷いて本校舎に通う馬鹿共に囲まれて過ごすストレスを‼」
狭間君の魂の叫びに、俺の心臓がドクンと跳ねた。
「常識が欠如した御曹司やご令嬢が通っているって言ったって‼ ここまで馬鹿が多いのは想定外だった‼ 現代社会で‼ ペットボトルすら開けたことのない非常識人がどこにいるっていうんですか‼」
こ、こいつ……!
「ヘリでの通勤が当たり前になっていて、それを許容している学校が現代日本にあるんですよ⁈ 世界の恥だろこんなの‼」
こいつ……! 口と性格は悪いけど……!
「漫画の世界ですら許されないような馬鹿共の巣窟に‼ 野望の為とはいえ学生生活を費やすストレスを考えてくださいよおおおお‼ こんな成金動物園みたいな場所に青春を捧げて‼ 正気を保つのにどれだけ苦労しているかあんたなら分かるでしょうがああああ‼」
言いたかったこと、全部言ってくれる……‼
1年間気にしないように努めていたストレスに、思わぬ形で共感されて、俺は感動のあまり口に手を当てて、溢れる喜びをなんとか堪えた。
いや、俺はこの学校のこと、別にそこまで嫌いじゃない。
でもさ、嫌いじゃないとはいえ、ストレスが溜まらないかと聞かれると、全然そんなことはないわけで。
いやあ、生徒たち皆、人は良いよ? 一挙一動に悪気はないのよ?
でも、悪気がないことが苛立ちを加速させることって確かにあるんだよな。
俺が食費を一日1000円以内に収まるように工面してる中、百の位を小数点みたいに扱う生徒たちしか周りにいないと、多少思うことだって生まれるだろ?
ご飯を炊き忘れて、いつも弁当に入れているおむすびを作れず、おかずだけの弁当を食べる俺を見て、「おむすびが無ければ、お寿司を食べればいいじゃない」なんて言われたときには心が震えたね。怒りで。なんだよあの和製マリーアントワネット。しゃもじでぶん殴ってやりたかったよ。
修学旅行も大変だった。あいつら海外旅行とかは日常的に行ってるから、普段はいかない場所をって、国内の某テーマパークに行ったんだよ。
だけど、あいつら一般の客の迷惑とか考えずに、売店の商品買い占めようとするし、万札しか持ってきてないから、自販機とか使おうとするたびに俺に両替を要求してくるし、狭いトイレに慣れてないからか、個室トイレで閉所恐怖症とか勝手になるしで散々だった。
両替用の棒金をバックに忍ばせながら、一般客に迷惑をかけないようリードする俺と結心の気持ちにもなってみろってんだ。
嫌いじゃないけど、全てを容認しているわけじゃない。
だから、こいつの言うこと、めっちゃわかるし、こいつ、俺の苦労を分かってくれてる!
言いたいことを言い終えた狭間君が、呼吸を整えながら、咳払いをしてトーンを戻した。
「……ともかく、僕の不亜高での目標は、在学期間中に、金を持っているだけの猿共と、様々な形でコネクションを作り、俺が家を継ぐときの事業基盤を築き上げることです。3年の在学中に野望を果たすために、手足は何本あっても足りないような状況なんです」
「つまり、今回の件は黙っててやるから、お前の手足として働けと?」
「ええ。今日からあなたたちは僕の犬。しっかりとご主人に尽くしてもらいましょうかねえ」
ああ糞、残念だ。
せっかく結心以外で価値観の近い生徒を見つけたと思ったら、とんだクズ野郎だった。
「では、手始めに、僕の指摘した個所に、新たに盗聴器の設置でもお願いでもしましょうかね」
こんな人を人だと思ってないような人間に、使われるなんてありえない。
こいつがこんな人間性じゃなければ――
「聞こえてますか? 唐草くぅ~~~ん?」
――もしかしたら、友達になれたかもしれなかったのに。
『見下してるに‼ 決まっているじゃないですかあああああああああああ‼』
「――へ?」
突如響き渡る、聞き覚えのある叫び声。
自分の声に呆然としている狭間君に見えるように、俺もポケットからレコーダーを取り出した。
「……は? ……え?」
「狭間君。こいつが何かわかるか?」
「……は⁈ ……か、唐草君……? それは、一体」
『唐草君ならわかるでしょうが‼ 家が太いからって、この令和の日本で、レッドカーペットを敷いて本校舎に通う馬鹿共に囲まれて過ごすストレスを‼』
「⁈⁈」
何が起こったか分からない。
そう言いたげな狭間く――もう呼び捨てでいいか。狭間の困惑した顔に、俺は不敵な笑みを浮かべて、宣言するように続けた。
「昨日の今日で、俺も痛い目を見たからなあ……。人に聞かれちゃいけない会話をするときは、レコーダーを用意することにしたんだよねえ」
「な――⁈」」
そもそも、あの時の会話さえ録音できていれば、こんなやつを頼ることにはなっていない。言質を取っておくことの大切さを、あの一件で嫌ほど思い知った。
うさん臭さ全開の奴と合うってのに、何の用意もしていないわけないだろう。
宇都狭間がどういうことを企んで学校生活を送っているか、これはあいつ自身の完全なウィークポイントになる。
そういう発言を引き出すことがこっちの狙いだってってわけ。予想以上のものが返ってきて驚いたけども。
「ありがとな城ケ崎さん。こいつの言葉を引き出すために、一芝居売ってくれて」
「問題ないよ策士。相手がこっちを下に見てくれて助かった」
城ケ崎さんがやられたふりをしてくれて、向こうの調子に乗った発言を引きだせてよかった。
スキャンダルを売った俺と城ケ崎さんの立場が危うくなることくらい、お前に言われなくたって分かっている。最初からこっちは、肉を切らせて骨を断つ覚悟だ。
「さて、犯罪者。互いに弱みを握りあう形になったけど、私たちの弱点は、一応の弁明の余地があるものだ。だけど君のそれは、とても誰かから同情を買えるようなものでは無いね。……今一度、私たちにどういう形で協力してくれるのか、ちゃんと話をしたいんだけど、どうかな」
城ケ崎さんが飴を突きつけると、狭間は泡食った様子で目を泳がせ始めた。
そして、深く考え込んだ後、大きく息を吐いてから、
「……唐草君」
先ほどまでの邪悪な様相から一転。爽やかな顔になって、俺の前に右手を差し出してきた。
「――僕たち、いい友達になれますよね?」
「いや、ビジネスライクな関係でいこう」
だってお前、友達売るじゃん。
かくして、互いの弱みを握りあうような形で、狭間が俺たちのパーティーに加わった。
元許嫁に、犯罪まがいの情報屋。この奇妙な布陣で、結心の奪還作戦が本格的にスタートしたのだった。




