握られる弱み
「なるほど、確かにそれが本当なら学校中を揺るがしかねない特大スキャンダルですね」
俺の話を聞き終えた狭間君が、カタカタとノートパソコンを叩いてから、俺たちに画面を見せてきた。
「僕も不思議に思ってたんです。夢原さんの態度が、恋人になったにしては不自然だなって。皆の前で恋人アピールする癖に、ずっと浮かない表情だ。突然周囲から言い寄られることに慣れていないからかもしれませんが、二人だけの時だって、どこか空気は険悪だ」
「おまっ――これ……⁉」
「ワオ……これは想像以上だね」
画面に映し出されていたのは、数十枚にも及ぶ写真ファイルだ。
どの写真にも結心が映っていて、視線が一枚も合っていないことから、盗撮であることには間違いない。人の中にいる写真から、人気のない場所で二人でいるところまで。
コイツからすれば今日の出来事なのに、既にこれだけの情報を集めている。
びっしり並んだ盗撮ファイルに、流石の城ケ崎さんもやや引き気味だ。
「これ犯罪だろ。大丈夫なの?」
「唐草君たちさえ黙っていてくれれば。黒はバレて初めて黒になるのです。……ちなみにこれが、今日二限後の、二人の会話を拾ったものですが」
狭間君が音声ファイルを再生すると、木々の葉が擦れ合う音や、風の音に混じって、結心と財全会長の声が聞こえてくる。
『財全会長……昨日の話ですが』
『おっと結心。学校ではその話はタブーだ。どこで誰が聞き耳を立てているかも分からない。それと、僕の名前は下の名前で呼んでくれ』
「……はい。司、君」
雑音が重なって音質は悪いが、会話は何とか聞き取れる。
ていうか盗聴? 結心たちがどう動くかなんてわかるはずもないから、カメラや盗聴器など、数を打ってるってことでいいのか?
「宇都君の家って、小型精密機器を扱っているメーカーだっけ。NACとも取引実績があった」
「ええ。なので、皆に見つからないような超小型のセンサーカメラや盗聴器を用意することくらい容易い。主要な施設や休憩スポットは、大体が僕の監視下にあります」
「どんだけカメラとか仕込んでんだよ……」
「数も場所も企業秘密です。バレたら大変なんでね」
多分1個や2個じゃないんだろうなあ。ていうか、もしかして今まで結心としてきた甘い会話の数々も、こいつに聞かれていた可能性があるってこと?
やべっ、一気に鳥肌が立ってきた。
「ともかく、財全会長と夢原さんの交際に、何か後ろめたい要素があるのは、この会話からも伺える。何か決定的な証拠があれば、なんて思っていた矢先、唐草君たちから話が来たってわけです」
狭間君がパソコンを閉じて、俺たちに不気味な笑みで向かい直る。
「情報次第で協力を、なんて言っていたけど……どう? 俺たちの話は、狭間君にとって魅力的なものだったか?」
「……協力を確約する前に一つ確認したいのですが、このスキャンダルの証拠を得たとして、唐草君はどうするつもりなのです?」
なんだか改まった様子になった狭間君を不審に思いながらも、俺は恐る恐る口を開いた。
「……決まってるだろ。財全会長から結心を取り戻す。それだけだ」
「その為なら、会長と敵対――果てには、財全家の家名を貶めることも厭わないと?」
「……ああ。結果そうなったとしても、理不尽に黙って従うつもりはない」
「ああ、そうですか。…………クククク、アハハハハハ!」
俺の返事に、狭間君は抑えきれなくなったものを解放するように笑い声をあげ始めた。
身をよじるように笑いながら、ポケットから何かを取り出すと、
『財全会長と敵対――果てには、財全家の家柄を貶めることも厭わないと?』
『……ああ』
「「⁈」」
さっきまでの会話が再生されて、俺と城ケ崎さんが目を剥いた。
「今日は素晴らしい日だ……。こんな美味しい情報が、2つも同時に手に入るなんて」
「2つ……⁈」
「ええ。一つは、財全会長と夢原さん交際の謎。そして二つ……皆と親睦を深め、一般市民の模範足らねばならない唐草君が、謀反を企てていること……!」
つまりなんだ。こいつは協力者を選別するふりをして、俺の弱点となる発言を手に入れようと画策してたってことなのか?
「……蛇の道は蛇、なんて言うこともあるけど、これはまたとんでもない毒蛇だね。こうやって自分の手足を増やしていくわけか」
「どういうこと?」
城ケ崎さんがポケットから飴を取り出してガリッと噛んだ。
「監視カメラや盗聴器で情報を集めるにも限界がある。『お茶会相談所』にプランを依頼して、成り上がった生徒たちも多いんだけど、どうやって個人情報を集めているか気にはなってた。こうやって人の弱みを握って、自分の都合通りに動くユニットを増やすんだね」
「ご名答」
「校内掲示板の過去のログを漁っていると、気になる発言があった。【『お茶会相談所』の管理人には気を付けろ。奴は情報の為なら友でも臓器でも売るぞ】って。書き込みはすぐに消されていたみたいだけど」
「尾ひれの付いた噂ですね。臓器までは売りませんよ」
友達は売ったんかい。
「君もかなり危ない橋を渡っているね。犯罪じみた真似までして、学内中の生徒のプロファイリングや、スキャンダルを集める理由はなんだい」
「そりゃあ当然、この大企業の御曹司、ご令嬢が通うこの学校で、強固なコネクションを築き上げることですよ」
「コネクション? こんな弱みを握るような真似をして、友好的な関係が作れるわけないだろ?」
俺の発言に、狭間君は呆れたような、嘲笑うような息を吐いた。
「コネと言っても形は様々ですよ。唐草君の言うような、互いに手を取り合うような対等な関係を築くコネクションもあれば、弱みを首輪にして、犬のように相手を飼いならすコネクションも存在する……!」
最低最悪だぞこいつ。
「当然唐草君は後者。その唐草君に協力している城ケ崎さんも、間接的に弱みを握られたことになる」
ククク。と喉の奥を鳴らすように笑って、城ケ崎さんを見つめてくる。こいつ、人間を餌か何かとしか見てないな。
「OK人狼。弱みを握られたついでに聞かせて。そこまでコネクションにこだわる理由は?」
「野望ですよ、野望。名だたる大企業たちを、僕の支配下に置くこと。僕はそのためだけにこの学校に入学したのだから」
「……話が読めないな」
俺が首をかしげると、呆れたように狭間君が首を振った。
「一般家庭出身の君には分からないかもしれないけど、この学校に通うメリットなんてそれぐらいでしょ。多くの英傑たちを輩出してたのは過去の話。賄賂やコネでの入学が横行するようになって、評判も実績も地に落ちた。今や不亜高には、企業間の社交場以上の価値はない。学歴が欲しいなら、他の難関高校に行く方が賢明だ」
「その話しぶりだと、狭間君はそっちの方面に進みたかったと?」
「まさか。僕の頭なら東大でも海外の名門でも、いつでも入れる。でもコネクションを築き上げるのは不亜高でしかできない」
「……まるで不亜高のことを低く評価しているような口ぶりだな?」
「……? 高く評価してるとでも?」
「え? ……まあ、実際に入学してるわけだし」
俺が怪訝な反応を示すと、狭間君が意外そうに口を開けたまま、俺の方を見つめてきた。
狭間君はゆっくり歩き、窓やドアの施錠を確認した後、
「……はあ~~~~~~~~~~~」
離れた俺たちにもしっかりと聞こえるような、特大のため息を吐いてから、俺たちに向かって叫んだ。
「見下してるに‼ 決まっているじゃないですかあああああああああああ‼」




