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俺の彼女をお前にやるから、お前の彼女を俺にくれ  作者: 糸音


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思わぬ再会


 翌日の昼休み、俺は人ごみの中心に立ちながら、売店へと群がる生徒たちの相手をしていた。


「唐草君。こちらはどうやって包みを開けるのかしら?」

「数字が書いてあるところを引っ張るんですよ、こんな風に」

「まあ楽しい! ありがとう。自分でもやってみますわ!」


 おれがコンビニのおむすびを開けてみせると、そのご令嬢は一礼してから、楽しそうに他の令嬢の元へ駆け寄っていった。


「げ……激務ですわ……! こんなに沢山のクライアント、とても捌けませんわ……!」

「唐草君! レジのヘルプを頼む!」

「はいはい! 今行きます! 一旦俺が捌くから袋詰めをよろしく!」


 今度はレジの応援か。確かに、すでに人ごみはできているし、一回当たりの買い上げ点数が多い。慣れてない生徒たちが捌くのは無理がある人数だ。

 速攻で詰まっているレジに割って入り、どんどんと商品をスキャンしていく。


 見る見るうちに履けていく行列に、レジに入っていた生徒から感動の声が上がった。


「流石ですわ、こんなに早く列を捌けるなんて!」

「街の方だと、これでも遅い方ですよ。駅の方なんて一人の会計に30秒も使ってられないそうですし」

「これだけ働いて自給1226円だろ? 庶民の世界って世知辛いなあ」

「お父様に掛け合って、せめて自給1万円くらいにしてもらえないか交渉してみます!」


 その時給だと、倒産待ったなしですよお嬢様。


 一通り対応を終えて、隅で一息ついた俺の頬に、下から冷たいペットボトルが当てられた。


「ハロー仕事人(ワークマン)。相変わらず大好評だね」

「まあね。ここの人たちにとって、こういう体験は貴重だからなあ」


 本校舎のラウンジには、某コンビニチェーンに協力してもらって、定期的にお店を出店してもらっている。


 生徒たちと同じ目線に立ちながら、常識について学ばせる『一般特待生』の義務。それを果たすために、定期的にテナントを学園内に誘致することを、俺が学園の方に提唱してから始まった取り組みの一つ。

 企業との仲介や仕入れる商品の選別は、大人を中心にやってもらって、俺が間に入って意見をする形だ。

 扱うのはもちろん、俺が普段使いするような価格帯の商品だ。希望者を募ってレジ業務や品出しも体験してもらう。


「安いものは悪いもの、なんて思っていたけど……」

「味わいが違って、これはこれで美味しいですわね!」


 おむすびやパンを口にして、楽しそうにする生徒たちを見て、俺も微笑んだ。

 要は、庶民の生活を体験できるイベントの一つってわけ。


「保護者の方にも好評みたいですね。楽しく世間を学べる良い催しだと。誰が言ってんだって話ですよね。常識をネグレクトしておいて、その付けを唐草君に払わせているだけなのに」

「うおっ⁈ いきなり背後から割って入るな!」 


 城ケ崎さんと話す俺の背後から、ぬっと狭間が現れた。


「一般の自販機の導入も唐草君提案でしょ? 進学がかかっているとはいえ良く働きますね」

「自分の為でもあるんだよ。入学当初、ここで飲み物頼もうと思ったら、食堂で出す1杯3000円のブルーマウンテンコーヒーが底値だったんだから。水分補給で3日分の食費が飛ぶわ」


 のどが渇いても優雅にカップにお茶を注いでから、上品に口にする輩しかいない学校だった。水道水を口にするなんて真似ができるはずもない。おかげで入学当初は春だというのに干からびそうになったことがある。


 缶コーヒーやペットボトルの自販機も好評で、校内の各所に設置してもらってる。他の生徒たちからすれば、1種のアトラクションみたいなものだ。

 他の生徒と社会勉強で街に行ったとき、「見たことある!」と、まるで進研ゼミで見たみたいに自販機を指さした時は恥ずかしかったけど。

 

「それにしても、今日はいつもの2倍疲れた……」

「いつもは夢原さんも手伝っていましたからねえ。最近は財全会長と一緒にお茶会か、テーブルマナーの勉強に励まされているみたいですが」

 

 そう、いつもは結心もこの場にいたんだよな。

 城ケ崎さんにもらったペットボトルを口にして、ふう、と小さなため息が自然に漏れた。


「結心さんとは連絡を取れていないの?」

「うん。スマホも変えたみたい。学校で会うのも今はまずいし」

 

 あれ以降、結心とは連絡が取れていない。

 周りの視線があるから、生徒たちのいる中だと顔を合わせるわけにもいかない。かといって夜電話をかけても、『おかけになった電話番号は~』とむなしいアナウンスが流れるばかりだ。


「夢原さんにコンタクトが取れたら楽なんですけどねえ。盗聴器忍ばせて、自然な形で会長の口から恋人交換の件を引き出してもらって」

「結心に直接証言させるのはダメなんだよな?」

「発言力が違いますからね。この件に関しては、財全会長の発現以外は握りつぶされると思っていいでしょう」


 狭間が缶コーヒーを開けながら、愚痴のように漏らす。


「財前会長も相変わらずガードが堅い。校内では授業以外だとずっと夢原さんといるし、不用意な発言も一切しない。盗聴器にもスキャンダルを匂わせるような会話は引っかかりません。学校内で証拠を用意するのは難しいかと」

「証拠を集めるなら学外で、ってこと?」

「はい」


 学外か……。今度が結心を盗られてから初めての週末になるけど、その間二人はどのように過ごすつもりなのだろうか。


「念のため聞くけど、学校外で二人の会話を拾うことって難しいのか?」

「馬鹿言わないでください。僕に学外で犯罪をさせる気ですか?」

「学内なら許されるみたいな言い方やめてくれない?」


 ある程度には罪の意識があるということが、かえって腹立たしい。


「学外での行動か……OK同士(ブラザー)。家を通して、向かう場所だけでも探れないか、調べてみる」

「大丈夫ですか。怪しまれません?」

「これでも元許嫁。元婚約者の挙動を多少気にするくらい不自然じゃないでしょ。宇都君は証拠を集めるための準備だけ進めておいてよ」




 ♢ ♢ ♢




 結局その日はこれと言って物事が進むことなく、俺は学校が終わった後、寮に帰って予習を始めた。

 いつもなら結心と図書館で勉強しているんだけど、今思い出の場所に顔を出せば、虚しさで叫びたくなりそうだから、大人しく寮で勉強している。


 苦手科目の予習をするたび、それを優しく教えてくれた結心のことを思い出す。

 客観的に見たら、未練がましいのかな、俺って。


 集中力が切れて、ベッドに仰向けに倒れこんだ。

 照明の眩しさから逃げるように顔を逸らした先に、明日の日付に〇を付けられたカレンダーがあった。


 そうか、何も無かったら、明日が1周年だったんだ。

 映画のチケット、まだキャンセルしてなかったな。


 スマホを取り出して、映画サイトのマイページに飛んで、明日のオンラインチケットを名残惜しく眺めてから、やけくそじみた動作で取り消しのボタンを押した。


 ああ、クソ。なんで俺がこんな理不尽な目に合ってるんだ。


 取消完了の画面を見て、悔しさや苛立ちが後から後から湧き出てきた。

 

 このところ城ケ崎さんや狭間のおかげで慌ただしかったから、そんなことを感じる余裕もなかった。時間がたって、先のことに色々整理がついて、ようやく苛立つ余裕ができたみたいだ。


 俺や結心が一般特待生だったら、何をやってもいいのかよ。

 一般家庭出身で、良いお家柄じゃないからって、こんな横暴がまかり通るのかよ。


 溢れる怒りから、ベッドに拳を叩きつけたが、ボフッとむなしい音がしただけだった。

 畜生。相変わらず良い素材してやがる。


 こんな時まで自分が今、金持ち学校にいるということを実感してしまった。

 

 あー、やばい。ムカついて来た。頭冷やそう。とりあえず外でも歩こうか。


 俺は上着を羽織ってから、寮の受付に外出申請を届け、夜の学校を歩きだした。



 金曜日の夜の学校は静かなもんだ。

 平日だったら遠くからくる生徒は寮に泊まることもあるけど、土日には実家に帰るから、ほとんど人がいなくなる。俺の寮も、土日は俺一人だけだ。


 春終わりとはいえ、夜だからか風はまだ涼しい。頭を冷やすにはちょうどいい。

 

 まばらに雲がかかった、照明が等間隔で続く道を、頭をできる限り空っぽにして歩いた。

 

 ……のだけれど、


「結心、土日はあいつのところで過ごすのかなあ……」


 自然と結心のことが思い出てきてしまう。

 いつもなら俺みたいに寮で過ごしているはずだけど、あいつの実家とか行くのかな?

 まだ俺の実家にも来たことないのに? あ、やめようこの思考。部屋から出てきた意味がない。

 

 胸に張り付いてくる邪念を、首を振って、なんとか振り落とす。


 ふと顔を上げると、女子寮の傍まで歩いてきていた。

 窓の明かりは、一つもついていない。……結心も出かけてるってことか。


 このままここにいると、どうも感傷的になってしまいそうだ。

 そう思って踵を返そうとしたら、寮の入り口の前で、縮こまるように膝を抱えて座る、一人の女子生徒の姿があった。




「ゆ……結心……?」

「……? ゆう、せい…?」


 目尻に涙をためて、呆然と顔を上げる、結心。

 赤く染まった顔を見て、俺は反射的に結心の元へと駆け寄った。


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