いつまで待てる?
「結心⁈ どうしたんだよ、こんなところに一人で⁈」
入り口の陰で蹲るように涙を啜る結心の下へ、俺は考える間もなく駆け寄った。
ポケットからハンカチを取り出そうと上着のポケットを探ったが、中には何もない。
「あ、えっと、あれ……」
あ、やべ、勢いで出てきたからハンカチとか持ってきてないわ。制服のジャケットにはいつも入れてるんだけどな。
ていうか、よく考えると校内でこうやって会うのって不味くね? 周囲に他の生徒がいたとして、こんな場所見られたらなんて噂されるか分かったもんじゃない。
急に思考がまとまらなくなって、ポケットを探りながら、挙動不審に辺りを見渡す俺を見て、結心がプッと噴き出した。
「あははははは! ……相変わらずだなあ、勇星は」
目じりを袖で拭いながら、明るい声を響かせた結心。
俺も目を丸めてから、なんだか安心した気持ちになって、安堵の息が自然と漏れた。
「うん。変わってないよ。結心の方はどう?」
「私も相変わらず。何とかやってるよ」
ニッと歯を見せてはにかんでくれてるけど、完全に強がりだ。
「……結心も『一般特待生』を盾にされたんだろ?」
「……まあね」
「辛くないの。周りにいいように言われて」
「でも、勇星にも家にも迷惑かけられないもの。当分は耐えるしかないよ」
結心の右手が不安を抑え込むように、もう一方の腕を握った。
結心の家も、俺と一緒で裕福な家では決してない。『一般特待生』の権利は本人の一存で捨てていいものじゃない。
「……ごめん。俺、今のところ何もできてない。結心が辛そうにしているのに、遠くから眺めているだけだ」
「気にしてないよ。今学校で顔を合わせても妙な噂が大きくなるだけだもんね。ちゃんと伝わってるよ。だから、むしろありがとうって感じ」
俺の思考を見抜いて感謝してくるあたり、ほんとに気の回る彼女だと思う。
「最近城ケ崎さんって人とよく一緒にいるね」
じっとりとした視線を向けられて、俺の心臓がぎくりと跳ねた。
「あ、いや! 確かに一緒にいるけど、それには訳があって! 決して結心のことを諦めたとかそういうわけじゃ――」
「分かってるって。純粋な興味だよ。どんな人なの?」
ああよかった。変な誤解をされてるかと思った。
ほっと胸をなでおろしてから、頭の中で城ケ崎さんの姿や言動を思い浮かべる。
「変わってるけど良い人だよ。財全会長から結心を取り戻すことに、協力してくれるし」
「え、そうなの。向こうも財全会長に未練とかあるのかな?」
「あー……そういう感じではないかな。半分以上は状況を面白がってる感じがする」
「ふーん。じゃあ新しい彼女じゃないんだね。安心した」
頬に手を当てながら、やんわりと笑う結心に、俺の顔がどんどん熱くなった。
ふと、会話が止んだ。
だけど、不思議と気まずい感じはしない。久しぶりに二人だけになれた喜びを、言外の内に分かち合っている感じがした。
息の吐く音だけが聞こえる世界が、静かで心地いい。
冷たい風は、胸の中の温かさを優しく強調してくれる。
雲がかかりながらも、淡く輝く月を一緒に見上げていると、結心が不意に語り掛けてきた。
「――ねえ、いつまで待てる?」
「え?」
質問の意図が読み取れず、俺は言葉を詰まらせた。
「私、暫くの間は財全会長の彼女を演じ続けようと思うの」
どこか不安そうに、それでも確かな覚悟を感じさせるような表情で、結心は俺に真っすぐ向かい直った。
「演じる……って、どういうこと?」
「……ごめんね、理由は勇星にも、今は話すことができないの」
「……暫くって、どれくらい?」
「分かんない。2~3年。……もしかしたら、5年ぐらいかも」
申し訳なさそうに結心が目を伏せる。
演じるってことは、俺と縁を切りたいわけではないんだろう。財全会長に『一般特待生』を盾にされているにしても、暫くの間ってどういうことだ?
進学まで耐えろってことなら、卒業までとか言うだろうし、期限に結構な振れ幅があるのが気になる。
「もし……その間に、他に好きな人出来たら、その子と付き合っていいからさ……」
「待つよ! 全然待つ! いつまでも待つから!」
辛そうに提示される妥協案を潰すように、俺は慌てて言葉を重ねた。
反射的に、包み込むように結心手を握ってしまった。
「信じて、良いんでしょ?」
「――うん。大丈夫」
俺が握った手を、結心も両手で握り返した。
互いにまっすぐ見つめ合って、手の熱を十分に分け合ってから、その日は寮の部屋に戻った。
♢ ♢ ♢
「……それにしても、いったいどういうことだ?」
演じるという発言。ばらけた期間。
互いの縁が切れてないという安堵と共に、別な疑問が浮かび上がる。
しかも、嫌々従わされている感じはしない。演じるということに、結心の確固たる意志のようなものを感じ取れた。
財全会長にも事情があるってこと?
だとすれば、その事情って何?
結心もだけど、財全会長も俺に話せない事情があるってこと?
渦巻いていた苛立ちは、新たな謎に形を変えて、頭の中で渦を巻いていく。
両手を頭の後ろで組みながら、ベッドで照明を眺めていると、俺のスマホからラインの音が聞こえてきた。
画面を見ると、城ケ崎さんからの連絡だった。
『ハロー同士。明日暇?』
キモ可愛いゲームキャラのスタンプと一緒に添えられたメッセージ。
俺もすぐさま返事をする。
『うん、特に予定は無いよ。何かあった?』
『明日、司が行きそうな場所を聞いてきた。念のためブラックカードを持ってきて』




