作戦会議
屋上へ続く扉を開けると、涼しく力強い風が俺の頬を撫でた。
高いフェンスに囲まれた、広い校舎の敷地を一望できる絶景ポイント。
西洋チックな学校施設が立ち並ぶ風景は、切り抜いて額縁に飾れるような荘厳さだ。
「許可なしじゃ入れないこの場所なら、密会にはうってつけ。セーフティーエリアってとこだね」
屋上に設置された貯水タンクの上に、梯子で城ケ崎さんがのぼる。
「……」
「さて、さっそく本題にはいろうか。……どうしたの、同士」
「ああ……なんでもない。早く始めよう」
建物の淵に腰を掛け、足を揺らしながら俺を見下ろしてくる城ケ崎さん。
……高い位置が好きなのかもしれないけど、風がそこそこ吹く中、ミニスカートで高い位置ってのは、どうも刺激が強い。風にスカートが揺れるたび、目のやり場に困る。
城ケ崎さんの顔より上に、視線を移しなおして、俺は小さく咳払いした。
「もう校内中に、司と結心さんの交際の噂は出回っているみたいだね。司が結心さんを迎えに行って、皆の前で一緒に登校したみたい」
「ああ。俺もそれは見てたから知ってるよ」
パフォーマンスの一つだろうけど、あのリムジンたちが並ぶ中を、颯爽と二人並んで現れればインパクトはあるし、色んな学年にアピールできる。
財全会長はこの学校でも顔も権力も広い生徒会長。結心は見目麗しい一般家庭の特待生。
漫画とかでよく見る、身分違いの恋って奴だ。良くも悪くも目立つだろう。
「基本的にはこの学校は家柄重視だからね。真実を訴えたところで、信じてくれる人は一部だよ」
「……嘘をつくような人間に思われてる気はしないけど、それだけだと弱いと?」
「イエス。あくまで曖昧な噂話。信じる信じないじゃなく、支持する支持しないの話になる」
「証拠がないならどっちについた方が得かって話ね」
まあ、どっちに尻尾を振るかって話なら、家柄の良いお坊ちゃまの方だろう。
「こういう聞き方はあれなんだけどさ。財全家に見劣りしないくらい、城ケ崎さんの家も相当な大企業でしょ? 城ケ崎さんが真実を発信すれば。他の生徒も無視できないんじゃないの」
「ソーリー。それは無理な相談」
ありゃ。結構いい案だと思ったのに。
俺の質問に城ケ崎さんが申し訳なさそうに首を振る。
「家柄と同じくらい、交流も重要だからね。私は生徒間で行われるお茶会や、交流パーティーにほとんど参加をしていないんだ。顔は知られているけど、人を知られていない。それにこんな性格だもん。財全家に相応しくないと、縁談を切られたことに疑問は生まれないと思うよ」
「縁談切られるほどの何かをしたわけではないんでしょ」
「時は令和。時代もアップデートされてる。一人間としての恋も、理解が得られる場合が増えたってこと」
昔ほど家同士だけで全部決まる時代じゃないってことね。
まあ、一応とはいえ『一般特待生』なんて制度生まれた学校だ。その辺は柔軟な思考なのかもしれない。
「城ケ崎さんでダメなら、俺が何しようと二人の関係を崩すことはできないんじゃ……」
「そんなことはないよ。きちんと証拠さえ集めれば、ちゃんと君にも勝ちの目がある」
「どういうこと?」
尋ねた俺に、城ケ崎さんはスティックキャンディを放ってきた。
そして城ケ崎さん自身も飴を口にくわえてから続ける。
「家柄重視とはいえ、悪事を働いた人を庇い立てるほど、ここの生徒たちも権力に溺れちゃいないよ。確たる証拠を持って、君と司に何があったかを明らかにすれば、この件に関して司を支持する者はいなくなると思う」
「証拠か……。昨日のやり取りを、録音したものとかでも大丈夫かな?」
「持ってるの?」
「まさか」
城ケ崎さんがブスッと頬を膨らませた。言い方的に一瞬期待させてしまったようだ。
「近い会話を録音できればいいってことでしょ」
「……確かに証拠としては有力だね。だけど、司は不用意に口を滑らす男じゃないよ」
「分かってるって。対面から行ってもあしらわれて終わるだけ」
まあ、あれだけのことをされたのに、尚も向かってくるやつなんて警戒されて当たり前だもんな。
つまり、狙うべきは――
「結心さんと二人でいる時の会話を捉えるってことね」
「うん。結心も財全会長を敵視してるのは、さっきの態度からも明らかだし、証拠となる会話を自然に引き出してくれるかも。俺じゃ警戒されるから、協力者を募って、二人の会話を録音してくれれば――」
「それは非推奨だね。協力者が内通者にジョブチェンジする可能性もあるんだから」
「……それはそうか」
どっちを支持するかって話だったな。証拠がない以上、信用しきれない味方を増やすのは危険だな。
かといって、俺がそういう会話を録音できる気もしないし、城ケ崎さんを頼っても厳しいだろう。
「俺たちで何とかするしかないけど、俺たちだけで何とかできる気はしない」
「そうだね。足りない戦力は補充するしかない」
「補充?」
「スカウトだよ。ミッションをこなすために必要なパーティーメンバーを雇おうか」
……? さっき、協力者は危ないって言ったばっかりじゃ?
首をかしげる俺の前に、城ケ崎さんがタンクの上から飛び降りてきた。
「募るのは協力者じゃなくて傭兵。報酬で雇われるビジネスマン」
「雇われる? 外部から探偵でも雇うの?」
「ノー。雇うのはこの学校の生徒だよ。こういうサイトがあるんだけど、知ってる?」
城ケ崎さんがスマホを取り出して、俺に画面を見せてくる。
映っていたのは、校内SNSからリンクがある、『お茶会相談所』という個人運営サイトだ。
「『あなたのご希望のお茶会プランをご相談ください。報酬に応じて、可能な限りで実現いたします』。……何これ?」
「生徒の間で有名なサイトだよ。ここにお茶会のプランを依頼すれば、ほぼ100%成功させてくれるって」
お茶会に誘われることはあっても、誘うことなんて滅多にない。俺が知らないのは当然か。
「唐草君。お茶会に誘われて、不自然に自分のことを知られていたり、やたら自分の好物が出てきたこととかない?」
「……何度か心当たりがあるなあ」
クラスのご令嬢たちと仲良くなり始めた頃だったか。お茶よりもコーヒーが好きだとか、家族構成や趣味、昔の出身校の話だとか、話したこともないような情報を、知られていたことがある。
その時はそんなに気にしなかったけど、今思えば不自然だ。
「ここの運営者は、生徒のプロフィールを売って、他の生徒の情報を集める暗躍者だね。情報を仕入れる手段を持っているはずだよ。彼、もしくは彼女を雇おう」
「雇うって言ったって、それを相応の対価を与えないと協力してくれないんだろ? 俺、クラスメイトの好きな食べ物とか、趣味くらいしか知らないけど」
お茶会に有効そうな情報ではあるだろうけど、打倒財全会長の件で、協力を依頼するには弱い気がする。
頭を悩ませる俺に、チッチッチと城ケ崎さんが細い指を振った。
「そんなことないよ。唐草君は今、とっておきの対価を持っているじゃない」
「? どういうこと?」
「司が君を脅して、大事なガールフレンドを奪っていったって情報。この学校で今一番のスキャンダル、情報屋が食いつかないわけがないよ」
なるほど。それはその通り。しかも本人からの情報提供だ。一番ホットな対価かもしれない。
「この情報屋、誰か分かる? 対面で会いたい」
「わからない。けど突き止める。個人に配布されているパソコンのアクセスログから逆探知できるかも」
「なんかスパイ映画っぽくなってきた」
「まともな手段は通じないからね。外法には外法だよ」
逆探知なんて、褒められた手段じゃないけど、もともと財全会長の横暴で始まった騒動だ。まともな手段で付き合ってやる必要はない。
あとは、この情報屋が自分たちにとって、敵か、味方か。
翌日。城ケ崎さんから連絡が入って、放課後対面で会うアポイントメントが取れたとのこと。
俺は緊張で身をこわばらせながら、情報屋が指定した場所。第2音楽室へ放課後足を運ぶのだった。




