星空の下で、元に戻って
社交パーティーは、本校舎一階の大広間で行われる。
3階まで吹き抜けた広い天井から、大きなシャンデリアが吊り下げられ、豪勢な料理が並べられた広間を照らしている。
立食式のパーティーだ。皆広間の端の方で料理を受け取り、料理を嗜みながら楽しそうに会話をしている。
ようやく一段落ついたかな、なんて思っていたら、そういうわけにもいかなかった。
「おお、君が唐草君か。息子から話をよく聞いているよ。将来の進路は決まっているのかい? もし当てが無いのなら、ぜひうちの会社に――」
「学院祭では素晴らしい活躍だったみたいですね。行動力のある人材が欲しかったのです。大学を卒業した後は――」
クラスメイトの親や、会社の人たちから話しかけられまくった。
嬉しい話だけど、まだそんな先の話を考える余裕もない。失礼にならないように、上手くはぐらかしながら、かれこれ50人くらいは話をしただろうか。
一通り相手を終えて、端の方でドリンクを口にしていると、「おつかれ」とクラスメイト達が集まってきた。
「ごめんな勇星。うちの親、止めたんだけど話聞かなくてさ」
「いいよいいよ。話があること自体は嬉しいしね」
「それよりもさ、さっき財全会長から説明受けたよ。……お前、とんでもないことに巻き込まれてたんだな」
「流石の私も、財全会長の説明でなければ信じられませんでしたわ……」
どうやらお婆さまのお言葉通り、あれ以降、財全会長は事情の説明に尽力してくれているみたいだ。
この様子だと、近いうちに結心との関係は元に戻りそうだ。というか、もう戻ったと言っていいのでは?
「ねえ、結心の場所知らない?」
俺が尋ねると、屋上で涼んでくると言って会場を後にしたのを、友達の一人が教えてくれた。
皆と少しの間語り合ってから、俺は本校舎の屋上の方へと向かった。
♢ ♢ ♢
屋上では、結心が遠くを見つめながら、ぼんやりと星空を眺めていた。
煌びやかな星空が、そっと俺を示すように風が吹いて、振り返った結心に「や」とおどけて手を上げた。
「学院祭お疲れ様。結心たちが頑張ってくれたから、皆にとって最高の学院祭になった」
「こちらこそ。……それにしても、こうして顔を合わせて話すの久しぶりだね」
結心の言う通り、こうやって二人きりで話すのなんていつぶりだろう。……ミスコン出場を頼みに行ったのが大体二か月前か。学生生活の約18分の1を、会わずに過ごしたと思うと、何か損した気分になる。
まあ、それはこれから埋め合わせて行けばいいか。
何となく結心の横に並んで、街灯に照らされた不亜高の景色を一緒に見下ろした。
今は、一緒の景色を並んでみられるだけでうれしい。
暫くの間、一緒の景色を共有し合った後、結心が不意に問いかけた。
「ねえ。ミスコンで、どっちに票を入れたの?」
ゲホッ。
突然の問いに思わずむせた。
面白そうに意地悪な視線を投げてくる結心に、俺は恐る恐る返す。
「……城ケ崎さん」
「……」
「いや、だって! 勝負の場じゃん! コインが2枚あったら結心にも入れたさ! でも1枚しかないんだもん! 仕方ないじゃん!」
「あはははは! 勝負の場なら城ケ崎さんに2枚入れなよ!」
慌てて弁明した俺の様子がおかしかったのか、笑いを堪えきれなくなった結心が盛大に笑い声をあげた。
くっそー。分かってて聞いたなこれ。
楽しい意地悪に、俺も思わず笑みがこぼれる。
「USJは割り勘ね」
「……負けちゃったからしょうがないね。いつ行く?」
負けちゃったから、か。
俺はポケットから取り出したものを、結心に向かって指ではじいた。
少し高めの放物線を描きながら、回転して飛んでくるそれを、結心が両手でキャッチする。
「……なにこれ?」
「……清き一票」
「――なんじゃそりゃ」
俺が弾いたのは、投票の時に使ったコインだ。狭間に頼んで一枚貰ってきた。
俺の言葉に可笑しそうに笑った後、結心はコインを大切そうに、両手で胸に小さく押しあてた。
「この後、大広間でダンスパーティーあるけど、どうする?」
結心に尋ねられ、俺は少し考え込む。
学院祭の締めは、大広間で仲の良い男女でペアを組んで、社交ダンスを踊ることになっている。
参加は自由だ。前までは強制だったみたいだけど、悲しいことにペアのできない人がいて、バックレる生徒が増えてからはそうじゃなくなったらしい。
今なら結心と一緒に参加することもできるけど、
「俺はいいかな。……踊るの、下手だし」
残念ながら、人前で披露できるレベルじゃない。
知ってる人しかいないならともかく、来賓の方々もいるからな。今回は遠慮させてもらおう。やるなら来年、練習してからだ。
「じゃあ、ここで踊ろうか」
結心が俺をリードするみたいに、手を差し出してきた。
一見かっこが付かないけど、必要以上にかっこがつけない関係の方が心地よい。
指と指、手と手が触れ合って、体の距離が近くなる。
自然と心臓が高鳴った俺に、結心が少し恥ずかしそうに、熱のこもった表情で続けた。
「……付き合って1周年記念。まだ間に合う?」
腕に少し、汗がにじんだ。
結心の吐く息が胸にかかる。
1周年記念。長い付き合いになるように、今までとこれからを約束するために、特別なことをしたかったのを思い出す。
きっと、結心も同じ考えだったのかもしれない。
「……リードは、俺にさせてよ」
「……うん。よろしく」
ほんの少し、目を閉じて、体じゃなくて、手と手を引きあって距離を縮めて、
唇を重ねるだけの、キスをした。
初めてのキスは何味だ、なんてよく言うけど、重ねただけだからそんなもの分からない。
ただ、不思議と柔らかくて、温かい感触の中、いつまでも、なんて考えた。
月と星が輝く夜空を背景にして、俺たちは暫くの間、手と手をつないだまま、過ぎ行く時間をただただ共有し続けるのだった。




