一人で壊れようとしている君へ。
「城ケ崎、さん……?」
動きを止めた俺の視線の先で、城ケ崎さんが司会からマイクを奪い、舞台の前に出る。
「全部私が頼んだの。司会長をあなたに貸すから、唐草君を私に貸してって。結心さんは何も悪くない。この場で結心さんを晒し上げるような真似はやめて」
突然の告白に、会場のどよめきが一気に大きくなる。
もちろん、この一件は城ケ崎さんが始めた話なんかじゃない。だけど真相を知るのは、俺と結心、城ケ崎さんと財全会長の4人だけ。
何でそんな嘘を。
なんて考えることもなく、城ケ崎さんの考えは分かる。
「自分を盾に、結心のことを庇う気かよ……?!」
結心からは何も言えない状況を、一瞬のうちに察したのだろう。
だけど、舞台の上で肩を震わせたまま、続く言葉が出てこない。もしかしたら、反射で助けてしまったのかもしれない。
ガラスに張り付くようにして、VIP席から城ケ崎さんの様子を伺うと、
「――!」
城ケ崎さんと、ほんの一瞬、目が合った。
そのとき俺がどんな顔をしていたのかは、分からない。
だけど、俺の顔を見た城ケ崎さんは、安心したように穏やかな笑みを見せてから、
「――私は、『NACの令嬢』である、自分のことが嫌いだった」
と落ち着いた口調で、皆の前に立って話し始めた。
「唐草君?! どこに行く?!」
んなもん決まってんでしょ!
声に出ていたかは分からない。俺は真っ白になりかけている頭で、バネに弾かれたようにVIPルームを飛び出した。
向かうのは当然、城ケ崎さんがいる舞台。
俺はほとんど人のいない廊下を、全速力で駆け抜けて、舞台の袖へと向かう。
走り抜ける風景は、ほとんどぼやけて認識できてないし、自分が呼吸をしているのかも分からないくらい、俺は必死になって走っていた。
だというのに、スピーカーから漏れてくる城ケ崎さんの声は、やたら鮮明に聞こえてくる。
「……皆も知っての通り、私は最近まで友達と呼べるような人がいなかった。お金のこととか、作法とか。子どもの頃から他の子と共有できないものが多かった。誰かを嫌いになることはなかったけど、その分自分のことが嫌いになった。私もみんなと一緒が良い。普通の家に生まれていれば、私は皆と同じ時間を過ごして、同じように笑えていたのかな、って」
城ケ崎さんが語り出すと、会場は恐ろしいほどに静まり返っていた。皆が城ケ崎さんの言葉に集中しているのが怖かった。
「そのことを気に病んだ両親が、同じような家柄の生徒たちが通う、この高校を勧めてくれたけど、正直皆とどう接していいのか分からなかった。普通の子になりたかった私に、今度は『NACの令嬢であることを強要するのか』って、一時期は人間不信になっていたと思う」
この辺りは、城ケ崎さんの本音なんだろう。本音を使って、嘘に説得力を持たせようとしてるんだ。
何もかも投げうって、結心を助けようってつもりかよ。
「だから、財全会長との縁談を持ち出されたときも、本意じゃなかったの。両親からすれば、強引にでも誰かと繋がりを持ってほしかったのかもしれない。だけど、親からしても、私は『NACの令嬢』なんだなって、げんなりする気持ちの方が多かった。……そんなときに、家柄も関係なく、大企業の跡継ぎたちの中で皆と交わる、唐草君に出会ったの。そして思った。『彼と一緒にいれば、私も変われるかもしれない』って」
階段を下りた先で、中の様子を映したモニターを注視する生徒たちにぶつかりかけて、転んでしまった。
驚きながらも、自分に手を差し出した生徒たちに目もくれず、俺はよろめきながら再び走り出す。
「皆も知っての通り、私は変わった。彼の価値観が、取り繕わないのに優しい言葉が、私を変えてくれた。……だけど、同時に気が付いた。私を縛っていたのは私なんだって。皆や、私に、勝手に線を引いていたのは、他の誰でもない私だった」
俺は舞台袖へと続くドアへとたどり着くと、学院祭運営に携わる生徒が、俺が中に入るのを止めてきた。
「ここは、関係者以外立ち入り禁止――」
「どいて‼ 関係者だから‼」
ドアを開け、音響設備やモニターがずらりと並ぶ、舞台袖に辿り着く。
モニターや機材の前で、狭間が驚いたように俺に振り返った気がしたけど、今はそれどころじゃない。
「きっと私が、一番私を見限っていたんだと思う。令嬢だから普通になれない私と、皆と同じような令嬢にもなれない私に。人とうまく付き合えないのは、きっと私が、私や皆を差別していたから。今回の件で、私はそのことに気がつけた。……だけど、その分、唐草君や結心さんに、大きな迷惑をかけてしまった」
光に晒される舞台の元へ。
城ケ崎さんが一人で頑張る舞台の下へ。
小さく震える、誰かの為に身を張れる、大事な親友の元へ。
俺は、立ち止まって、大きく息を吸い込んで。
「……全部、悪いのは、私だから。皆に迷惑をかけたのは、私、だから……、だから――」
「迷惑なんかじゃないから‼」
城ケ崎さんの言葉を遮るように、俺は叫んだ。
城ケ崎さんや、結心、真賀花先輩や会場中の視線が、俺に一気に集まったように思う。
皆からの視線を受けても、不思議と何も感じなかった。
俺が今、見えているのは、城ケ崎さん一人だけだった。
「何一つ迷惑なんかじゃない‼ 城ケ崎さんと一緒に過ごしたこと‼ 何一つ後悔なんてしたことはない‼」
ホントは財全会長と一緒に、事の顛末を説明すべきなんだろうけど、そんなことよりも、今は城ケ崎さんに伝えなきゃいけない言葉がある。
一人で壊れようとしている君へ。
嘘偽りのない俺の言葉を。
「一緒に遊んで楽しかった‼ 一緒に学院祭ができて嬉しかった‼ 迷惑や後悔なんて微塵もない‼ びっくりするような出会い方だった! だけど――」
俺は荒れた息を何とか整え直して、会場の全員に聞こえるように、魂に刻みつけるように、城ケ崎さんへ叫んだ。
「俺は、城ケ崎さんと出会えて幸せだった‼ ここにいる皆にも‼ 他の誰にもその事実だけは否定なんかさせないから‼ 迷惑なんかじゃない‼ 出会えてよかった‼ 幸せだった‼ それが俺の中での全てだから‼」
俺が言葉を溢れさせるほど、城ケ崎さんの目から大粒の涙が零れ始めた。
最後の方には、取り繕えないほど、表情をぼろぼろに崩した城ケ崎さんが、俺の方を真っすぐと見つめていた。
涙を見て、安心感を覚えたのは、きっとそれが悲しみから溢れたものじゃないからだろう。
「ゆう、せい……君……!」
涙で声を濁らせながら、肩で息をする俺に、城ケ崎さんが涙を腕で拭ってから、微笑んだ。
「……また、ゲーセン……! 一緒に行ってくれる……?」
「……! 当たり前でしょ‼」
俺がグッと親指を立てると、城ケ崎さんも嬉しそうに、グッと親指を立てて返した。
過去一番の城ケ崎さんの笑顔に、俺も自然と口角が上がった。
あーあ、他の人ももったいない。
今この瞬間、一番可愛い城ケ崎さんの笑顔を、真正面から見れないなんてね。
俺たちが二人で笑いあっていると、俺の後方から拍手の音が鳴った。
財全会長だ。
俺に追いついてきた財全会長の拍手を、結心が後押しするように拍手を重ねる。
その拍手の音が、舞台裏に、前で見ていた生徒たちに、そして会場全体に伝播して、不思議とオペラホール全体に、気品のある、それでいて心地の良い拍手が響き渡ったように思う。
そんな拍手の中、俺と城ケ崎さんは顔を見合わせて笑いあってから、会場の皆に一礼した。
その後、お茶会の審査は司会の生徒を変えてから、何とか円満にまとめあがった。
温かい拍手で審査の場が締まると、そのままミス不亜高の投票へと進行するのだった。




