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俺の彼女をお前にやるから、お前の彼女を俺にくれ  作者: 糸音


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恋人交換の真意

 

「ざ、財全会長が個人的な話って……?」

「ばか、お前……勇星に話ってなるとそりゃあ……」


 クラスメイト達がざわつく中、俺は冷静に頭を働かせた。


 財全会長は今、「よかったら」って言ったよな。


 つまり、俺に拒否権はあるってことでいいのだろう。

 今から皆で、城ケ崎さんと結心の応援をしないといけないから、個人的な話は、またの機会に。いつになるか知らんけど。


「すいません、今から皆でクラスメイトを応援しないといけないんで――」


 丁重にお辞儀をしようとした瞬間、クラスメイトが俺の頭を叩いた。

 いってえな。すっげえ景気の良い音が鳴ったぞ。いきなり何すんだ。


「どうぞどうぞ! 勇星は持って行ってください!」

「大事な話なのでしょう? ぜひ二人でごゆるりと!」


 皆が何かを察してか、俺の身柄を財全会長に差し出そうとする。おい皆やめろ。いきたくない。まじでいきたくない。


「「「「「いいから行け……‼」」」」」


 抵抗する俺を、皆が最後に睨んで制してきた。そんなすごい剣幕を見せられちゃあ、こっちも引き下がる他ない。


 俺は渋々財全会長の後についていき、2階席にあるVIPルームに連れ出された。

 ガラス張りのVIPルームからは、オペラホール全体が一望できる。防音機能もあるみたいで、本戦見ながら秘密の会話をするにはうってつけってわけだ。


「……」

「……」


 とりあえず席に座るも、お互い何も話そうとせず、早々に胸が詰まるような雰囲気だ。


 正確には、財全会長が何かを切り出そうと、タイミングを計っている雰囲気はあるんだけど、どう切り出したもんか迷っているっぽい。

 いや、この空気の元凶もあんただし、俺を連れてきたのもあんたなんだから何とか言えよ。今更気を使ってんじゃねえよ。


 うっすらと冷や汗をかく財全会長を見て、俺は呆れた息を吐いてから、「用件は?」と切り出した。


「……虎々奈が、明るい性格になっていて驚いた。あれは君の影響か?」


 恐る恐る尋ねる財全会長に、俺は目を丸くしてから、不敵に笑って「どうでしょ?」と返した。


「本人の素養でしょ。俺は一緒の時間を、一緒に向き合って過ごしただけ。特別なことは何もしてません。可愛く見えたなら、惜しいことしましたね。財全会長」


 どうせここには二人しかいないんだ。

 とびっきり厭味ったらしく言ってやると、「そうか……」と財全会長は難しい顔になって、深く考え込むような仕草をした。


「虎々奈にとって、君との出会いは良いものだったみたいだね。……良かった」


 良かった。


 その言葉にイラっときた俺は、少しだけ穏やかな表情になった財全会長の横顔にガンをとばしてから、「俺からもいいですか」と切り出す。


「お婆さん、容態が安定しなくて大変みたいですね」


 俺の言葉に、財全会長が驚いたように振り向いてくる。


「……なんでそれを。結心から聞いたのか?」

「……そんなとこです」


 盗聴してました。なんて、言えるはずもない。ごめん結心。万が一の時は話を合わせて。

 後ろめたさで、服の中に汗がにじむ気がするが、コホン、と小さく咳払いをしてから、俺は改まった顔になって続ける。


「なんで、お婆さんに紹介する恋人は、城ケ崎さんじゃ駄目だったんですか」


 あの盗聴の時に、感じた怒り。

 それを、顔を合わせないまま、質問の形にして財全会長にぶつけた。


 財前会長は少し怯んだように、口を小さく開けた後、俺と同じく舞台を見つめながら、独り言のように語り出した。




「初めて会ったときの彼女は、感情の無い人形のようだったよ。NACの令嬢として、形だけの縁談を成し遂げるためだけの人形。……いや、成し遂げようという意思さえなかったかもしれない。誰かが糸を引けばそっちに動く、操り人形のようだった」


 思い出すように遠くを見つめる財全会長の横顔を、俺は見つめる。


「自分の意思に反して、縁談をしなければならないことがあるのは理解している。俺もそういう立場の人間だ。だから最初は縁談を反故にするつもりはなかった。……だけど、俺を大事にしてくれた婆やの容態が急に悪化した」


 財全会長の横顔が陰った。


「……生きている間に、家の跡継ぎじゃなくて、一人の人間として誰かと過ごす姿を見せたかった。それが婆やを安心させる、一番の方法になると思った。……そんなとき、学校の業務で君や結心が、家柄の垣根を越えて皆と交わる姿を思い出して、彼女ならって思ったんだ。彼女となら、俺は跡継ぎじゃなくて、一人の人間として誰かと繋がれている姿を、婆やに見せてあげられると思った」

「……」

「……それに、きっと虎々奈にも、そういう人が必要だと思った。だから恋人交換を申し出たんだ」


 財全会長が視線だけで俺の方を伺ってくる。俺もその視線に、視線だけ合わせて返す。


「彼女の過去は知っている。彼女は最初、普通の女性になれずに苦しんで、その後はNACの令嬢であることを強制されて、俺の元に来た。無気力になるのも当然だ。俺も一緒に食事をしたり、観劇をしたりしたが、彼女は俺に心を開くことはなかったよ。分かったんだ。互いに、互いでない誰かが必要なんだって」

「だから、交換?」

「そうだ。実際に、結心は婆やに紹介するに相応しい人物だったし、虎々奈も彼女が必要とする人物に巡り合えた。……この関係がひと時のものになることは俺も分かっている。だが、それまでは、この関係を続けさせてくれないか。今日話したかったのはそのことだ」


 どうやら言いたいことは言い終えたらしく、財全会長が俺の前に立ち、深々と頭を下げてきた。


 要は、今の関係を、お婆さんが生きている間は続けさせてくれって頼みに来たのね。


 俺は座ったまま財全会長を見上げて、深く息を吸い込んだ後、




「……話になんねえや」




 深いため息を吐きだしながら、頭に手を当てた。

 呆れてしまって、敬語も砕けた。

 俺の態度を、拒否だと思った財全会長が、悲痛な表情になる。


 ……この人はほんとに何もわかってないみたいだな。


「財全会長。相応しいってなんすか」

「……え?」

「結心も城ケ崎さんも、あんたの価値観の中で生きているわけじゃないでしょ」


 俺の言葉に、財全会長が言葉を失ったように固まった。


「それに必要ってなんすか。俺は結心が必要だったから付き合っていたわけじゃないし、城ケ崎さんは、俺が必要だったから仲良くなったわけじゃないでしょ。舐めてんすか人のこと」

「いや、そんなわけじゃ――」

「ぐだぐだめんどくさいこと考えずに、もっと本人のこと知ろうとすればよかったんでしょ。なんすか食事とか、観劇って。本人が行きたいって言ったんすか。会長って、見栄張ってデートのプランとか自分で決めちゃうタイプすか?」


 俺の質問に、財全会長は少し間を開けてから、「……言ってない」と零した。


「俺はデートするときは、行く場所は一緒に決めますよ。食えないものじゃなくて、好きなもの聞きましたか。行けない場所じゃなくて、行きたい場所聞きましたか。俺が城ケ崎さんとデートするなら、外せない場所が1個あるの知ってます。NACの令嬢じゃなくて、城ケ崎さんのこと、何か一つでもちゃんと知ってることってありますか」


 口が勝手に動いて、雪崩のように、溜めていた言葉が溢れ続ける。

 俺が畳みかけるように問い詰めると、財全会長は深く俯いたまま、何も言葉を返せなくなっていた。


 ひとしきり話し終えて、俺も少しずつ落ち着いてきた。


 怒りが伝わったのか、項垂れる財全会長をみて、ちょっと胸が空いた気持ちになる。


「……結心もお婆さんのことは大切にしたいみたいなんで、俺の方から、今の関係を終わらせることはありません。ただ――」

「……ただ?」


 財前会長が、弱々しく顔を上げ、俺の方を伺ってくる。


「全部終わったら、必ず城ケ崎さんとゲーセンに行ってください。俺が突きつける条件はそれだけです」


 俺がそう告げると、財全会長は、少し魂を抜かれたように、呆けた表情になった。

 なんだその拍子抜けしたみたいな顔は。もう一回、一から説教し直してやろうか。


 俺が睨むと、財全会長は慌てたように、「わ、わかった」と頷いた。


 分かったなら良し。俺も長々あんたと話を続ける気はない。


 話が終わったところで、ちょうど照明が消え、会場にブザーのような音が響き渡る。


 城ケ崎さんと結心の運命の舞台。


 その勝負の行方を、俺はこの一連の騒動の元凶となる人物と、肩を並べながら見守るのだった。


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