黒幕との対峙
後を付いて行くと、城ケ崎さんと、とある令嬢がオペラホールの前で鉢合わせした。
「……ごきげんよう。こんな時間に、この場所へ何の用かしら」
「ごきげんよう。明日の会場の下見ですよ。先輩」
出会ったのは真賀花 聡美先輩。確か大手IT企業のご令嬢だ。Cグループでは下馬評通り、あの人が勝ち抜ける結果となった。
Cグループ予選は見てないから、細かい情報は分からないけど、クイズも得意ジャンルで順当に勝ち抜いての予選突破だったらしい。
明日は結心を交えての、三つ巴の対決になる。
そのせいか、城ケ崎さんの雰囲気が妙に威圧的だ。……城ケ崎さんは試合前にライバルを威圧するような性格じゃない。威圧、というよりは侮蔑や怒りの混じった雰囲気を感じる。
冷たい声色で、軽く声だけの挨拶をする城ケ崎さんを見て、俺も思わず身を縮めてしまう。
「そうですか。決勝に残った者同士、明日は互いに頑張りましょう。……それでは、私はこれで」
「私のドレスの位置は分かりましたか? 控室のロッカーに置いてあった、白いドレスです」
足早に立ち去ろうとする真賀花先輩に、城ケ崎さんが告げると、先輩の足が一瞬止まる。
「……その様子だと、何かしたみたいですね。案の定」
「何のことだか。あなた、何か誤解をしているのではなくて?」
「控室に行けば分かるでしょう。でも大丈夫です。明日は別のドレスを着る予定だったので」
ドレス? 何かした? ……真賀花先輩が何か細工をしたってことか?
俺の頭の中で、今日のミスコンでの出来事がつながって、俺は思わず息を殺しなおす。
真賀花先輩のエントリー№は7番。
あの会場で唯一、ボタンの反応が良かった席だ。
城ケ崎さんの返しに、真賀花先輩は表情を凍らせた後、「ふふ」と邪悪な笑みを浮かべて、城ケ崎さんに顔を向ける。
「あのボロキレ、あなたのだったのね。見るも無残な状態だったから、捨ててしまおうか迷ったのですけれども」
「備品泥棒も、お化け屋敷のトラブルもあなたが?」
「さあ、どちらも存じ上げませんわ。それにドレスまで私のせいにするのはやめてくださる? そういう状態のドレスを、見つけたというだけの話ですよ」
「……運営サイドに、あなたの手先がいるんだね。クイズの映像も後から見たよ。あなたの問題だけ、やたらマニアック。知らない人でも解けるような問題が一問も無かった」
備品やお化け屋敷の件はともかく、ミスコンの仕込みは運営側に手を回さなければできない。
真賀花先輩は得意ジャンルで無双して、クイズの予選を突破したと聞くけど、そっちの方でも細工をしてたってのかよ。
「それを言うなら、あなたの得意ジャンルだって、ずいぶん都合の良いタイミングで選出されたではありませんか」
「あなたと違って、日頃の行いは良いからね」
「見せ場を用意するためとはいえ、問題がマニアックというのは、あなたも一緒でしょう」
「5問目でひっかけが来るのは想定外だし、ゲーム&ウォッチとダークライは一般常識」
ダークライは違うと思うよ、城ケ崎さん。
「他の問題の難易度については、あなたが『長篠・小牧長久手合戦図屏風』に描かれている火縄銃の数を答えられるなら不問にしてあげる」
「……」
……ジャンル『日本史』の3問目のあれか。火縄銃で有名な、長篠の戦の戦場の様子を描いた歴史的資料ね。問題文が読み終わってしばらく経っても、誰もボタンを押せなかったあれだ。なぜだか日本史得意の令嬢は答えていたけども。
他の難問もあのレベルだったし、難問の割合も『ゲーム』だけ特別多かったわけじゃないから、難易度についてとやかく言われる筋合いはないはずだ。
真賀花先輩が思わず黙るあたり、城ケ崎さんはレスバが強い。
「プライドないの? あなた。そこまでしてミスコン勝ちたい?」
「あなたが私を疑うのは勝手ですが、状況証拠だけで問い詰められても困りますわ。……それに、人生の先輩として一つだけアドバイスをするならば――」
小さく咳払いをして、真賀花先輩が表情を整え直す。
「何の実績も無いのに、プライドだけ持っていてもしょうがないでしょう。然るべき実績があって初めて、誇りが意味を持つのではなくて?」
「OK、悪役令嬢。実績が犯罪歴にならないよう、せいぜい気を付けることだね」
両者が静かに火花を散らしてから、形だけの会釈をして、真賀花先輩がその場を去った。
城ケ崎さんは、疲れたようにその場に立ち尽くして、呆然と地面を見つめている。
よく見ると、若干肩が震えている。
「……」
強くなったとはいえ、流石に人に啖呵を切るのは初めてか?
そうだとすると、抑え込んでいた感情が、後になって溢れてきているのかもしれない。
俺は、小刻みに息をしながら俯く城ケ崎さんに歩み寄って、
「――ダークライ……!(低音イケボ)」
「――ひゃあああああああああああ?!」
耳元で城ケ崎さんの真似をすると、驚いた城ケ崎さんが高い声を上げながら、前に飛びのいた。
「か、か、唐草君?! ななな、なんでここに?!」
「いや、城ケ崎さんの様子が変だったから、何かあったのかなって」
俺がケロッと笑うと、城ケ崎さんが顔を赤くしながら、何とか息を整える。
「……全部、見てた?」
「うん。1から10まで」
笑いながら後頭部で手を組む俺に、城ケ崎さんが呆れたように首を振った。
「良いの? 野放しにして。証拠はないけど、牽制にもなるし、俺なら運営にチクるけどね」
「……証拠もなしに告げ口しても、こっちの印象が悪くなるかもしれないし、向こうに先輩の手先がいるかもしれない状況で、アクションは起こせないよ。……分かってて聞いてるでしょ?」
「もちろん」
どうやら、思考の方は冷静らしい。
試すような問いかけが不服だったのか、ブスッと城ケ崎さんが頬を膨らます。
「どうする? こっちも狭間に何か仕込みを依頼する?」
「断然拒否だよ、同士。向こうの土俵に下りるつもりはないから」
「だよね。正々堂々勝つしかないわけだ。俺たちは」
俺が不敵な笑みを浮かべると、城ケ崎さんが毒気を抜かれたように、目を丸くした。
「……ごめんね、同士。私、気を張ってた」
「張るでしょう。そりゃあ」
大きく息を吐いて、城ケ崎さんが穏やかな表情に戻る。
決戦前に相応しい表情に戻ったようで何よりだ。
その後は、念のために控室へ、一緒にドレスを回収しに向かった。
案の定ドレスはボロボロになっていて、城ケ崎さんが一瞬だけ怒りの表情を浮かべたけど、「このドレス一着で寿司何年分食えるのかなあ」なんて呟くと、城ケ崎さんがおかしそうに笑った。
そして、誰もいない夜の学校を歩いて、城ケ崎さんを校門まで送り届けた。
「それじゃあ、明日」
「うん。明日ね。同士」
迎えの車がやってきて、城ケ崎さんが窓の奥で優雅に手を振った。
俺も手を振り返して、車がどんどん遠くなっていく。
明日はいよいよ本番だ。
懸念が無いわけじゃないけど、不思議と安心している自分がいる。
今の城ケ崎さんも、結心も、あんな妨害には負けやしないだろう。
根拠はないけど、人を信じるのに根拠なんて必要ないのかも。
なんて思いながら、遠くなっていく車を目で追っていると、
「?」
ふと、車が止まり、窓から城ケ崎さんが身を乗り出した。
「――勇星君!」
大きな声が、夜の学校に響いた。
凛と透き通った声で、俺の名前が呼ばれて、胸が小さく跳ねた。
「私! 明日、ぜえぇぇぇったいに! 勝つからね‼」
楽しそうに、嬉しそうに叫ぶ城ケ崎さんに、俺は拳を空にかざして返答した。
陰謀が渦巻いた2日目の夜を超えて、
ここ2か月の集大成となる、ミスコン本戦が行われる、学院祭3日目がいよいよ幕を開けるのだった。




