城ケ崎 虎々奈
俺は寮を飛び出て、指定された場所へと向かった。
大図書館前に辿り着くと、一人の女子がスマホをいじりながら、建物の前のスロープに腰を下ろしている。
あの子、うちの生徒か……?
俺が声をかけるか迷っていたところ、俺に気が付いたその女子が、俺の方に歩いてきた。
「……合言葉」
「上・上・下・下・左・右・左・右・B・A」
「唐草君だね。来てくれてありがと」
俺がコナミコマンドを唱えると、その女子は満足そうに頷いた。
「普通にスマホを鳴らせばよかったのでは?」
「そうだね。でも合言葉で確認し合う方が、風情が出て好き」
隠しコマンドで生まれる風情ってなんだよ。
開幕から会話のペースを握られて困惑する俺に、その女子は右手を差し出してきた。
「初めまして。私は城ケ崎 虎々奈。株式会社NAC代表取締役社長の一人娘であり、財全司の元許嫁」
「NACって、あの超大手ゲームメーカー?」
握手をしながら尋ねると、城ケ崎さんはVサインで答えた。
NACはファミコン時代から創業している、超大手のゲームメーカーだ。シリーズ総売上数千万本のタイトルを複数持ち、少しでもゲームを知っている者なら知らない人などいない、国内でも有数の超大企業。
そんな企業のご令嬢が、不亜高にいること自体に疑問は無いのだけれど、彼女が不亜高生徒かどうか判断に迷ったのは、理由がある。
「変なやつ、って思ったでしょ。見た目も含めて」
そう。この城ケ崎さん。不亜高の他の女子生徒と比べて、何から何まで浮いている。
まず服装。もう夜だし、私服で学校に来ることは不思議じゃないんだけど、不亜高の生徒の私服は、プライベートでもフォーマルな装いをしていることがほとんどで、ドレスコードみたいな私服を着ている人が多い。
なのに、城ケ崎さんの私服は、ゲームのキャラクターが大きくプリントされたジャケットに、同じくゲームのロゴがプリントされたシャツ。動きやすさを重視したミニスカートに、ぶかぶかに緩んだルーズソックス。履いている靴も、底の大きいスニーカーだ。
淡いクリーム色の髪の毛は、縮れるようにウェーブがかかっていて、首丈ほど長さの髪の隙間から、大きなヘッドフォンが首に掛かっている。
背丈は低くて、童顔寄りの彼女は、よくよく見れば優美な顔立ちをしているものの、どうしても飾り気のない印象がぬぐえない。
メイクの差だろう。他の生徒は顔が引き立つよう、学校でもメイクを施している人がほとんどだが、城ケ崎さんはほとんどすっぴんだ。
可愛いゲーマー女子って感じの印象で、申し訳ないけど大企業のご令嬢には到底思えない。
俺の沈黙を肯定と捉えた城ケ崎さんが「まあいいけどね」とポケットからスティックキャンディを取り出す。コンビニとかで売ってる10円のやつだ。
「今回の件はご愁傷様。彼女、取られちゃったね」
「取られちゃったね、って……まるで他人事みたいに……」
「他人事だもん」
城ケ崎さんは近くのスロープに腰を下ろして、足をぶらぶらさせながら続けた。
「この学校に入学したことも、財全家との縁談も、全部家が決めたこと。人が決めたものごとが、どういう方向に運ばれても私には関係ないもの」
「……そんなこと言うなよ。それに、少なくとも俺の恋路は俺のものだったんだから」
「そう言い切れる人生で羨ましい。ごめんね。こんな人間が代わりにやってきちゃって」
「いや、そういう風に謝られても……」
なんか訳ありっぽいけど、諦めたような態度のせいか、妙に会話がかみ合わない。
互いに言葉がなくなり、静寂が辺りを包んだところで、俺は小さく息を吐いてから会話を切り替えた。
「……なあ、あいつから何か話聞いてる?」
あいつというのは当然、財全会長のことだ。
「あなたのガールフレンドも、恋人交換に同意したみたいよ」
「……だろうね」
「だろうねって、もっとショックを受けるかと思っていた」
「結心も『一般特待生』を盾に取られたんだろ。じゃなきゃ同意なんてしないよ」
「信じてるんだね。元カノのこと」
「まあね」
なんて言ったものの、形だけとはいえ、彼女を奪われた事実にげんなりする。
俺もスロープに項垂れながら腰を下ろすと、城ケ崎さんが俺の隣に座り直してきた。
「これからどうするの」
「このまま黙っているわけにはいかないよ。何とかして結心を取り戻す」
「どうやって取り返すのでしょーか」
「……検討中」
城ケ崎さんがスティックキャンディをマイク代わりに俺に近づけてくる。なんのインタビューだよこれは。
俺の気落ちした返事に、城ケ崎さんは残りの部分を噛んで飲み込んだ。
「困ってるね。私が力を貸してあげる」
「他人事じゃなかったの?」
「よく考えたら、私が司に見限られなければ、あなたに迷惑をかけることもなかったし。それに、この学校で司に歯向かおうなんて人、面白い。諦めない人、私好き」
責任感3割、興味7割ってところか?
正直、俺一人で何とかできそうな話でもないし、味方が増えるのはありがたい。
「よし、じゃあよろしく。城ケ崎さん」
「OK同士。とりあえず、今日からよろしくね」
城ケ崎さんがジャケットからスティックキャンディを2本取り出して、片方を俺に手渡してきた。
手渡されたキャンディに、城ケ崎さんが乾杯するようにキャンディを当てて、俺と城ケ崎さんの奇妙な関係はスタートしたのだった。




