奪われた青春と、許嫁からのメッセージ
「……??????」
何を言われたか分からずに、固まる俺。
聞き間違いでなければ、俺は今、人類史上最低の等価交換の申し出を受けたような気がするのだが。
「……すいません、今、なんとおっしゃいました?」
「俺の彼女をお前にやるから、お前の彼女を俺にくれ。だ」
聞こえなかったから聞き返したわけじゃないんだよなあ。
真顔で宣言するように復唱する会長に、心の中で首を傾げた。
「突然の話で申し訳なかったね」
準備万端だったとしても許されないだろ。
「いやいやいや⁉ ダメに決まっているでしょう⁈ 何がどうなればそんな頼みごとをするに至るのですか⁈」
「そうだな、やはり説明が必要だった」
説明すれば了承を得られるみたいな態度が気になるが、話を聞かないことには始まらなそうだ。
すまし顔をぶん殴りたい衝動を必死で抑えながら、俺は会長の言葉に耳を傾けた。
「まず、俺には幼い頃から婚約を約束された存在――許嫁がいるのだが」
「弁明の余地なくアウトじゃないですか」
「焦るな。最後まで聞いてくれ」
出だしでオチといて黙って聞けは勝手が過ぎる。
「家と家との取り決めで決められた、いわば政略結婚というやつだ。彼女と互いに恋愛感情は無い」
「……はあ」
「家族からは、彼女より良いご令嬢が見つかったら、縁談を反故にしていいと言われている。俺は夢原結心さんを、婚約者として迎え入れたい。――そういうわけだ」
「ちょっと待て⁉ 口ぶり的に、俺と結心との関係は知ってるんですよね⁈」
「ああ。早急に別れてくれ」
「了承するわけないでしょそんな横暴⁉ 第一、人の色恋沙汰に割って入る権利なんて、あんたには無いはずだろうが⁈」
「俺に権利は無いが、君には義務があるだろう」
「はあっ⁈」
取り乱して言葉が荒れる俺に、財全会長は淡々とした口調で告げた。
「『一般特待生』としての義務だ。3年間本校の生徒たちと活発に交流し、良好な関係を築きながら、優秀な成績を維持すること。君がこの申し出を飲めないのなら、君と俺は良好な関係ではいられなくなるな。もちろん、夢原氏もだ」
「っ⁈」
なんでこんな横暴が通ると思ったのか。
その根拠を理解した俺は、怒りを滲ませて財全会長を睨んだ。
「……そういう権力の使い方しちゃいます? 会長のこと、軽蔑しましたけど」
「理不尽な手段だということは理解している。……が、すまない。俺にも事情がある」
「俺の事情は考慮してくれないんでしょ。いい御身分ですね。結心もそういうの嫌いだと思いますが」
「ああ。マイナスからのスタートになることは理解している。信頼は積み上げていく」
どうやら引く気は一切ないらしい。
「その代わりと言っては何だが、俺の許嫁を君に紹介しよう。老舗ゲームメーカーの跡取り令嬢だ。大企業との令嬢と関係を持つことは、君にとって滅多にない機会だろう」
「生憎、進学には興味があっても、出世には興味がないんで」
「では、これを機に世界を広げてみると良い。悪い話にはしない」
これ以上何を話しても押し問答だろう。
そう察したのか、財全会長が小さく咳払いしてから向かい直った。
「夢原氏には、後で俺から話をする。一先ず、俺の要求を飲むかどうか、ここで決めてくれ」
「……」
「沈黙は了承の意とみなすが、良いか?」
んだよこれ。なんだよこの理不尽。
怒りで歯を食いしばる俺に、「了承だな」と、財全会長は勝手に頷いた。
「俺の元許嫁にも、報告を入れておく」
「……このまま黙ってはおきませんからね」
俺個人の問題で済むならいいが、結心も大学の推薦枠を目的に、不亜高に来た身だ。
俺がもめたことで結心の『一般特待生』の権限を取り消されるのは絶対に無しだ。
俺は生徒会室のドアを乱暴に閉めて、生徒会室を後にすると、廊下には既に結心が待機していた。
「勇星……? 何かあった?」
俺の様子を見て、結心が心配そうに寄って来るも、俺も頭が真っ白で、何も気の利いた言い回しが思いつかなかった。
「……ごめん。ただ、結心は何があっても自分の将来のことを優先して」
「? それってどういう……」
「夢原氏。入ってくれ」
結心が首をかしげるも、遮る形で生徒会室から財全会長の声が聞こえてきた。
俺の方を振り返りながら、生徒会室に消えていく彼女の姿を、未練がましく見送ってから、俺は力のない足取りで、寮までの道を死んだように歩いた。
♢ ♢ ♢
寮に帰るまでに30分かかった。いつもの3倍だ。
それだけ歩幅が狭かったってことだろう。部屋に帰って、暗くなった窓の景色を見て、初めて夜になったと認識した。外を歩いてきたはずなんだけどな。
制服のまま、そのままベッドに倒れこむ。支給されたとはいえ、一着30万の制服だ。いつもならしわにならないように丁重に扱うのだけれど、そんな余裕もない。
え? 終わり? 俺の青春。こんなNTR未満の何かで終了?
もう結心と放課後勉強したり、お弁当作って互いに持ち寄ったり、買い物したり、映画行ったり、夜電話しあったり……
そういうこと、何一つできないってこと?
怒りと悔しさでベッドに拳を叩きつけるも、ボフッとむなしい音を立てるばかりだ。畜生この低反発マットめ。こんな時まで優しく受け止めんな。
あの野郎、結心にも同じ話をしたんだろうか。
そして、結心はその話をどう思ったのだろうか。
纏まらない思考が頭の中をグルグル回って、無駄に時間が溶けていく。
ベッドの上で部屋の天井を仰いで一時間ぐらい経過したときだ。
「――⁈」
俺のスマホから着信音が鳴り響いて、反射的に飛びついた。
「……知らない番号かよ」
結心かと思って手に取ったけど、未登録の番号からだったから、大きなため息とともにスマホをベッドに放る。回線の業者か? こんな時にかけてくるなっての。
とりあえず、明日からどうすればいいんだ。俺。
なんてことを考えようとした矢先、今度はスマホからショートメッセージの着信音が聞こえてきた。
このタイミングってことは、さっきの番号からか?
正直今は他のことを考えたくないから、確認するのも面倒だけど、間髪入れずにメッセージが来る辺り、何か用件がある可能性もある。
そして、そのメッセージの内容に、俺は思わず息を止めて、目を見開いた。
『唐草君のスマホでOK? 私、元許嫁。今後のことで話がある。今日会える?』
元許嫁ってことは、財全会長の元カノってこと⁈
俺は一瞬固まった後、すぐさまメッセージに返信して、大図書館の前で落ち合う約束をした。




