同士とガイドに挟まれて
「え、ガイド? お化け屋敷に?」
こういうのは不意打ち気味に驚かす仕掛けが来るから、面白いイメージがあったけど、ガイドなんて用意してるのか。
目を丸くする俺に、結心が笑顔のまま続ける。
「お子様や怖いものが苦手なお客様向けのサービスです。勇星は怖いの苦手だから、ガイドが必要ですよね?」
「ノープロブレムだよ受付嬢。ホラー大得意の私に任せておけばいいよ」
「勇星? 必要ですよね? ね? ね?」
不自然な敬語で笑顔のまま圧をかけてくる結心。……なんだか知らないけど、不自然な敬語が恐怖を更に加速させてくる。クーラーが効いているせいだろうか。やたら背筋が寒い。
「……結心、その――」
「……」
「……ガイド、お願いします」
選択肢を探ろうとしたけど、これ「はい」か「イエス」の選択肢しかねえわ。
豹変ぶりが気になるけど、とりあえず頷いておくしかない。
ぶぅ、と頬を膨らます城ケ崎さんに、にっこり微笑んだ結心が、そのまま俺の腕を引いて中に案内していく。
屋敷の見取り図が飾られた、青い照明が照らす廊下を歩く。薄汚れた壁の煤や、俺に腕を絡ませる城ケ崎さんの輪郭ははっきり見えるから、視界が悪いわけではない。
だけど、世界から色を抜いたような光景に、静かに恐怖を引き立てる環境音。程よく冷えた空気が、全身に恐怖をじわじわと浸透させてくる。
これは一人で歩けるような場所じゃない。結心と城ケ崎さんがいてよかった。ガイドの必要性はよくわからんけど。
息を詰まらせる俺は、半分引っ張られる形で先へ進んでいく。
廊下の突き当りへ出ると、そこには2階へ続く、不気味な木製の階段が続いていた。
「それじゃあ楽しんでいきましょう! まずは、死者の悲鳴が聞こえる恐怖の階段! 足元に注意してお進みください!」
「……同士、先に行っていいよ」
城ケ崎さんがここぞとばかりに先を譲ってきた。怖がっている様子はないから、完全におれが怖がるのを楽しみにしている。
畜生、そんな簡単に悲鳴を上げてたまるか。
引け腰になりながら、俺は階段の一段目を踏むと、
『――あ“ぁ”あ“あ”‼ 痛い‼ 痛ぁ“い”……‼』
「ひやあああああああああああ⁈」
人の肉を踏んだかのように、沈む階段と、壁から吹き出る生暖かい息のような風。そして床下から響く悲痛な声に、俺は思わず飛びのいた。
派手な仕掛けじゃないのに、全身の五感を利用して最大限に恐怖を演出してくる。既に学院祭で出すレベルのじゃねえぞこれ⁈
思わず悲鳴を上げる俺に、城ケ崎さんも、
「きゃー」
と腕に抱き着いてきた。なんか余裕のある悲鳴のような気もするが、城ケ崎さんも唸らせるような演出ってことだろうか。
「……城ケ崎さん。さっきはホラーが得意とか言ってなかったっけ?」
「こういうお化け系は無理。幽霊はロケランで殺せない。勇星こわーい。助けて―」
結心の前で、城ケ崎さんが俺に体を寄せる。悪い。城ケ崎さん。今の俺に余裕はない。正直城ケ崎さんを気遣う余裕がない。無事に脱出できれば御の字だ、このお化け屋敷。
今後もこのレベルの演出が続くと思うと、正直生きて帰れる気がしない。
そしてなぜだろうか、
「……」
どことなく、今日は結心の笑顔が怖い気がする。
二つの恐怖に挟まれて、俺は無事に脱出することができるのだろうか。
「……次は生けるものを冥界へ誘う密室です。魂を持っていかれないよう、しっかりと意識を保ってくださいね」
悲鳴が響く階段を超えると、案内されたのは、アンティークの家具が並ぶ、整然とした仕事場のような部屋だ。
部屋の前で、死神の特殊メイクをした男子生徒が、ギィ、と建付けの悪いドアを閉める。
そして暫くすると、部屋の空間が歪み始めて、家具や部屋の壁がぐにゃりと歪んだ。
うお、だまし絵的な空間か。それを壁型のモニターを使って再現してるのは分かるけど、家具まで歪むのはどういった理屈だ?
凄まじい錯覚を利用した体験に、浮遊感を覚えているところ、家具の中から現れた、血化粧を施した生徒たちが現れ、恐怖で俺の感覚を現実に戻してくる。
「「「「魂を、よこせ……!」」」
「ひいいいいいいいいいいいい‼」
グロくはないけど、死んでいることが一目でわかる特殊メイクに、重心を失ったように這い寄る生徒たち。初見でビビるには十分すぎる迫力だ。
「きゃー、こわーい」
「……」
城ケ崎さんも、棒のような悲鳴を上げて、俺にすり寄ってくる。後何故だろう。さっきから別な恐怖の元がもう一つ。
その後も、家具や建物の隙間から現れる幽霊や、大きな音を立てて崩れた後、宙を泳ぐ本や家具など、ありとあらゆる技術を駆使して用意された、本格的な仕掛けに驚かされるばかりだった。
あと少しで出口に辿り着くころには、俺は涙声になりながら城ケ崎さんと結心の腕に引っ張られるように歩いていた。
「勇星。あとちょっとがんばろ? ね?」
「同士。もう少しで出口だよ」
最後の方は二人に引っ張られるように歩いていた。見くびっていたわけじゃないけど、ここまで怖いと思ってはいなかった。天井に意識を向けて置いて、床からお化けが出てくるところは心臓が止まりそうだった。
最後は広間へと続くルーフ状の階段を下りて終了ね。広間の中心に顔出し看板がある。あそこで写真を取って終了か。
恐怖を楽しんだ後に、思い出を写真に残して終了か。流れとしてよくできている。……俺の今の顔は写せたもんじゃないけど。
とはいえ、
「最後に皆で写っていくか」
せっかく3人そろっているんだ。こういう機会はなかなかないかもしれない。思いで一枚くらい納めて帰ろうかな。
「え、いいの? 私も写って?」
「ガイドさんのおかげで楽しめたしな。城ケ崎さんも良いだろ?」
「OK同士。皆で写ろうか」
城ケ崎さんが結心にふふっと笑って、階段の方へと向かう。
二人が俺を横目に見ながら、階段を降りようとしたとき、
「――⁈ 待った‼」
「ひゃっ⁈」
「ふぇっ⁈」
結心と城ケ崎さんの方を慌てて掴んで、俺の方へ引き寄せる。
勢いあまって強く引いてしまったので、転ばないように二人を腕でキャッチ。
「ゆ、勇星⁈ いったいこれは……」
「切れてる」
「え?」
腰が抜けそうな二人をゆっくり解放してから、俺は階段の一段目付近に膝をついた。
暗いお化け屋敷内でも足元や壁の位置が分かるように、今までの通路は暗色系のLEDライトで縁取りをしていたんだけど、この階段だけ、一段目の照明が切れてしまっている。
「うそっ⁈ ……! ごめん二人とも、ちょっと待ってて」
結心がすぐさま無線をつないで、誰かに連絡を取り始めた。
手すりがあるとはいえ、結構な高さの階段だ。足を踏み外せば大けがをする可能性がある。
結心が電話をしている間に、城ケ崎さんがスマホのライトをつけて、階段のあたりを物色し始めた。
「同士。これ見て」
城ケ崎さんが見つけたのは、LEDの電線が、何かで切られた痕跡だった。
出し物は5分ほど中断し、予備のLEDと入れ替えた後すぐに再開したけど、明らかに人の手が加わった痕跡に、俺たちは怪訝な顔になって、互いの顔を見合わせた。
「このまま何事もなければいいけど……」
そんな不安を胸に抱きながら、俺と城ケ崎さんはお化け屋敷を後にした。




