潜入 お化け屋敷
驚いて固まる城ケ崎さんに、「おばあちゃん」と呼ばれた女性は、優雅に優しく微笑んだ。
「暫く合わない間に、すっごく綺麗になったのね。活き活きしていて、楽しそう」
女性の言葉に、城ケ崎さんは顔を赤くしながら、「……素敵な出会いが沢山ありましたから」と体を小さくよじりながら返した。
それにしても城ケ崎さん、自分の身内だというのに、なんかよそよそしくないか? それとも、お金持ちの世界って、身内でも敬意を形にしっかり表して接するものなのだろうか。
「会ったのは縁談以来ね。……ごめんなさいね。うちの馬鹿孫が、突然縁談を破棄するなんて言い出したばかりに」
「気にしてないよ。見限られるような私に否があったから。それよりもおばあちゃん。体大丈夫なの? 車いすに乗っていてびっくりしちゃった」
「私は杖でも大丈夫なんだけどね。人が多い場所だからって、周りの人が聞かなくて。でも、おかげで、この殿方に素敵な気遣いを頂けたから、よかったわ」
……ん? 縁談? 馬鹿孫?
……あれ? もしかして、この人、城ケ崎さんのおばあちゃんじゃなくて――
頭をよぎったとある予感。冷たい波紋が広がるように、嫌な予感が俺の体を満たしていく。
「唐草君、紹介するね」
城ケ崎さんは改まった様子で、そのご婦人の前に並び直してから続けた。
「財前 葵おばあちゃん。財前会長のご祖母様、だよ」
「財前会長の、おばあ様⁈」
驚きのあまり、悲鳴に近い声を上げる俺。
あまりの声量に、皆が俺の方を振り返る中、財全会長のおばあ様は、「どうぞよろしくお願いいたします」と、頭を下げた。
「あ、いや、こちらこそ……。というかすみません。学費の件でお世話になっている身なのに、普通にお話をしてしまって……」
「とんでもない。むしり『一般特待生』の素顔が見れて良かったわ」
財全会長の家は不亜高の運営にも多額の出費をしている。普通の会社で言ったら大株主といったところか。俺の学費の出元もこの人達の出費によるもの。
今になって粗相がなかったか心配になるものの、ご婦人の様子を見る限り、大丈夫、なのかな? とにかく失礼が無くて良かった。
『城ケ崎さん。そろそろオーダーが溜まってきた。ほどよいところで戻ってほしい』
「了解。今戻るね」
『勇星さん。お会計に人が溜まっています。可能であればフォローをお願いします』
「了解。俺も現場に戻る」
無線で厨房からヘルプが入る。知人や取引先のゲストも多く訪れるため、一声かければ挨拶で抜けるのはOKだ。だけど、流石に長居しすぎたか。
「ラーメンは小分けでお持ちしますね。ごゆっくりお楽しみください」
「おばあちゃんのラーメン、私が作ってあげるね」
「あらあら。それは楽しみだわ。あなたもご案内ありがとう」
現場に戻る俺たちに、ご婦人は優雅に手を振って返してくれた。
それにしても、あの人が財前会長のおばあ様か。体が悪いって聞いていたから、もっと病弱なイメージだったけど、生命力にあふれていて、ずっと若い人だったな。
結心と分かれることになった、動機にもなる人だから驚いたけど、不思議な魅力にあふれる人だった。
……やったことは許せないけど、あのお婆さんを安心させたいって気持ちは正直分からんでもない。
その後、ご婦人は4種類のラーメンを食べ、城ケ崎さんに挨拶をしてから、満足そうな様子で、対面のお化け屋敷の方へと消えていった。
ずっと混雑が続いていたけど、午前の部は問題なく終了。
次のシフトの生徒たちに現場を引き継いでから、俺と城ケ崎さんは自由行動の時間になった。
♢ ♢ ♢
「ねえ同士。自由時間、一緒に動かない?」
賄いのラーメンをすする俺に、城ケ崎さんが提案してきた。
「いいね。どこ行く?」
「決まっているでしょ。敵情視察。相手の出し物も見ておかなきゃ」
「お、勇星たちもお化け屋敷行く?」
「私たちもご一緒してもよろしいですか?」
どうやら行きたい場所は一致しているみたい――というか、うちのクラスメイト達も、自由時間でほとんどが、最初にそこへ向かっている。
行先はもちろん、俺らと同じく、大盛況の出し物。文系クラスのお化け屋敷だ。
ラーメンを食べ終えた俺たちは、足早になってお化け屋敷へ向かい、長い列の最後尾に並んだ。
列に並んでいるのは50名ほど。二人一組ずつ案内しているから、25組か。
「お、勇星じゃん。そっちの出し物も凄い好評だな」
「そっちこそ。午後組が言ってたぜ。過去一楽しい出し物だったって。お化け屋敷さえなければ、一人勝ちだったってのに」
「出し物の投票は、お化け屋敷にしてくれよ? はい、お化け屋敷のパンフレット。後20分くらいは待つから、その間読んでな」
1年のときクラスが一緒だった友達と笑いあった後、パンフを受け取って、皆で見る。
何々……死者の悲鳴が聞こえる会談に、空間が歪む密室。死体安置所にポルターガイストの書斎――。相当本格的なつくりなのが、パンフレットでも見て取れる。
順番が近づくほど、中からの悲鳴が良く聞こえるようになって、俺とクラスメイト達は、顔を見合わせて、口角をひきつらせた。
ちなみに俺はホラー映画が苦手だ。
「ふふふ。もしかして怖気づいた? 同士」
この場で余裕がありそうなのは、城ケ崎さんだけだ。
「そういう城ケ崎さんはビビってないの?」
「ホラーゲームとか大好きだからね。零にサイレントヒル、バイオハザード。有名どころは大体網羅しているよ」
ほう、そいつは頼もしい。
ペアを決めていないクラスメイト達と顔を見合わせて、無言のうちにじゃんけんを始めた。
よっしゃ俺の勝ち。精神的支柱確保。
なんてやり取りをしている間に、俺たちの番がやってきた。
「じゃあ、お先に失礼するね。皆」
入り口の前に来て、怖がる皆を後にして、俺と城ケ崎さんが中に通される。ファーストペンギンみたいなもんだ。やばい仕掛けがあったら、全力で声を上げるのが俺の仕事ね。とほほ。
「ようこそ! 文系クラス合同企画、『恐怖と悲鳴の館、スリラーハウス』へ! ……って、勇星⁈」
「お、結心じゃん。お久~」
中に通されると、頭に大きなねじが刺さった仮想をした結心が、俺たちを出迎えてくれた。フランケンシュタインの仮装かな? 血の気の無いお化けメイクの結心も可愛い。いいタイミングで来たなこりゃ。
「今ちょうど休憩なんだ。それで敵情視察に」
「なるほどね。私も晩ご飯は、そっちでラーメン食べるつもりだから、博多とんこつラーメン、ちゃんと用意しててよ?」
「切らすような発注はしてないよ。なんなら替え玉もOKだから。前みたいに3杯はお代わりしていいけど」
「ちょっ、城ケ崎さんの前で、やめてよね⁈」
慌てて顔を赤くする結心を見て、思わず噴き出した。
なんだかいい雰囲気になったところで、
「……同士。他の出し物も見たいから、早くはいっちゃお」
「そうだな。じゃあ、楽しんでくるよ」
城ケ崎さんが俺の手を引く、というか、腕に腕を巻き込んで、体全体でリードするように、お化け屋敷の順路へと誘った。
「……」
一瞬結心が冷たい笑顔になった気がしたが、気のせいだろう。
俺の腕を引いて歩き、無言で手を振って見送る結心に、城ケ崎さんが口元だけで笑ってから、
「べ」
悪戯っぽく、小さく舌を出した。
……? なんかよく分からないが、今日一城ケ崎さんが楽しそうだ。
不気味なBGMが鳴り、歩幅が小さくなる俺に、城ケ崎さんがほんのり熱のこもった体を寄せると、
「……ちょっとお待ちくださいお客様」
どことなくどすの効いた声で、呼び止めれた。
振り返ると、ドスドスと歩幅を広くした結心が、凍り付くような覇気を纏った笑顔で迫り、俺の腕に腕を絡ませながら続けた。
「……ホラーが苦手なゲストの為に、仕掛けをあらかじめ案内するサービスがあるのです。ガイドが必要ではありませんか?」




