学院祭開幕
いよいよこの日がやってきた。
俺は早朝から、本校舎前の広場に建てられた出し物の前で、深く息を吸った。
敷地面積凡そ200坪。25ⅿプール二つ分ほどの敷地を使って建てられた、小さな中華街。
見上げるほどの高さの門をくぐった先には、異国情緒漂う、赤を基調に彩られた中華ファンタジーのような街並みが広がっている。
骨組みは全て3Dプリンタで作成し、専門の業者に組み立てを依頼したものだ。水道に電気、あらゆる設備もそろっている。
分かっているけど、これ学生の出し物の範疇じゃねえな。
金さえあれば、ここまでのものを作り上げられるということが、今更ながら恐ろしい。
各調理器器具や、材料の在庫をチェックしていると、理数クラスの皆が続々と集まり始めた。
「お、流石勇星。一番乗り」
「設備の確認をな。念のため」
まだ集合時間の1時間前だというのに、続々と集まってくる。皆も事前に現場に入って、気合を入れたいということだ。
そして、それは向こうも同じようで、
「向こうのお化け屋敷もすっげえなあ」
同じ規模の敷地に建設された、廃屋のような洋館。見るからにおどろおどろしい、見るだけで陰鬱な気分になりそうな不気味な建物が、華やかな不亜高の中で異彩を放っている。
建物前の案内を見るに、2階建ての洋館の中を、1週する形式のお化け屋敷のようだ。2階建てにすることで、同じ敷地でボリュームやスケールの底上げに成功している。
そして、人気のない大広間に、続々と現れる文系クラス。向こうも余裕を持って集まって、段取りの確認を行うらしい。
「まあ、出し物に関して言えば、向こうのクラスとの一騎打ちになるでしょうね」
「ハロー同士。いよいよ開幕だね」
皆の和に混じって、狭間と城ケ崎さんも合流する。
少しもしないうちに全員がそろったので、俺は皆を一か所に集めて、採集ミーティングを行った。
「皆。まずは俺の突拍子もない提案に乗ってくれてありがとう」
俺がそう切り出すと、「まったくだ」といった野次に近い声が各所で上がった。
「でも、皆で今までにない規模で協力ができて、作った俺たちも驚くような、すっごい出し物が完成した。準備は万全。そして、ここからが本番だ」
ここまで来るのに、早二か月。企画を出してから今日になるまで、あっというまの時間だった。それだけ、皆で頑張ったこの2か月は充実していた。
それは皆も同じようで、ここにいる全員がやる気や自信に満ちた、活き活きとした表情で俺の話を聞いてくれている。
「全力でゲストをもてなして、休憩時間は全力で楽しむ! 今までで最高の学院祭にしよう!」
「「「おー‼」」」
俺がこぶしを突き上げると、皆威勢の良い声で、同じように拳を突き上げた。
ラーメンのオーダーでヒーヒー言っていたご令息・ご令嬢たちが、ずいぶんと逞しく、頼りがいがある雰囲気になったものだ。
他の学年の生徒たちが続々と登校し始めて、朝の9時。
晴れやかな青空に響き渡る空砲の音で、俺たちの最終決戦の幕が上がった。
♢ ♢ ♢
「オーダー入りました! 北海道塩ラーメン2つ! 博多とんこつラーメン3つ! 塩ラーメン一つはチャーシュー抜き!」
「「「あいよぉ‼」」」
出し物が開幕して早々、俺たちのラーメン店はすさまじい行列ができた。
準備期間の初期のころから、本校舎の前の広場で、大規模な設営作業を行っていたんだ。準備そのものがPRになった形だ。
おかげで、主に1年生からお茶会に引っ張りだこになってしまったけど、そのおかげもあり、学院祭開幕と同時に、ここに駆け込んでくる生徒も多い。
「はい! ラーメンおまちどお! 横浜家系と背油魚介が2つずつですね!」
「まあおいしそう! 私、一度『ラーメン』というものを食べてみたかったのです!」
「良ければ紙エプロンもご使用ください。割りばしの割り方はご存じでしょうか?」
「せっかくだからご教授頂けます?」
俺にはなじみのある光景も、個々の生徒たちにとっては目新しい体験だ。いつも用意されたナイフとフォークで食事を摂る生徒もいるから、割りばしの使い方を知らない生徒もいる。
忙しい中でも、接客はどの生徒も完璧だ。ここに関しては育ちが良いからか、皆もとよりもてなしの美学は持っていた。
皆がラーメンを食べたり、席が空くのを待つ中、ひときわ目を惹いたのは、
「はい! 北海道塩ラーメンおまちどお! 三番卓にお願い!」
麺の湯切りをこなす、城ケ崎さんの姿だ。
手際よく盛り付けや、スープの作成を手伝いながら、出来上がった麺を、かっこいい動作で湯切りする。
スナップの効いた手の動きに、ビシッと床を跳ね、湯気を立てるお湯。
洗練された動作に、ラーメンを待つ生徒たちが好奇心に顕わに、厨房の様子を除いているのが、遠目でも伝わってくる。
「あの人、どこのご令嬢だ? あんなかっこいい先輩、不亜高にいたか?」
「知らないのか? 城ケ崎先輩だよ。ほら、一般特待生の人と一緒に、出し物の相談にのってくれた――」
知らない生徒にも、こうやって知らず知らずのうちに顔が売れていく。ミスコンで後輩の票も期待して良さそうだ。
俺は業務の合間に、列の整理をしている狭間に状況の確認に伺う。
「どうだ。出だしは好調と言ってよさそう?」
「ええ。過去の出し物たちと比べても、最高の出だしと行っていいでしょう。ただ、そんな出し物が今年はもう一つありますが」
俺たちの出し物に続く列。その線対称の位置に、同じように行列を作る、文系クラスの出し物がある。
見るだけで涼しくなりそうな不気味な洋館に、多くのご令嬢・ご令息が長蛇の列を作っている。
「はーい、こちらお化け屋敷の最後尾でーす! 暑い季節に心から涼しくなりたい方! ぜひぜひ仲の良い生徒たちと一緒に、度胸試しに訪れてくださーい!」
前日からの準備の様子はもちろん、食堂にお化け屋敷をモチーフにしたスペシャルメニューを出したり、各学年の教室に、告知のポスターの掲示やパンフを配る、草の根的な宣伝のおかげで、向こうも相当なロケットスタートだ。
「その日ごとに、アトラクションの仕掛けが変わるみたいです」
「……上手いな。リピーターの確保もできるし、あとから行けば、なんて思っている客も、初日から集めることができる」
狭間と共に難しい顔で唸る。
お化け屋敷は一回きりの体験だと踏んで、複数の味を出してるこっちが、リピーターの数で優位に立てると踏んでいただけに、嬉しいが厳しい誤算だ。
やるな、結心。いや、文系クラスの皆だな。
こういう頭も心も全力でぶつけ合うのは楽しいが、同時にヒリヒリもする。ああいう相手にこそ絶対に勝ちたいなあ。
適度にライバルの観察をしてから、俺は自分の出し物の運営に戻る。
俺は基本フリーポジションで、外の様子を見ながら、その都度必要な場所に入る遊撃兵だ。
「勇星! ちょうどよかった!」
さっそく俺にお呼びがかかって、俺は声の元に、速足で向かった。
「こちらのご婦人が、向こうの席を希望されているみたいだ。席を用意してくれないか?」
一瞬だけ、男子生徒の横に控える女性の姿を見る。
見た目60代くらいの女性だ。背筋はぴんと張っていて、白い髪を上品に後ろでまとめた、目元が生気に溢れたご年配の方。
車いすに乗っている辺り、体のどこかが悪いのだろうか。どちらにせよ、車いすを引くお連れの方含め、カウンター席では狭いだろう。
「大丈夫ですよ。あちらの席にご案内しますね」
「ご丁寧にありがとうございます」
ちょうど希望された付近のテーブル席が空いたので、無線で勤務中の生徒たちに報告を入れる。
俺の報告と同時に、カウンター担当の生徒が席を清掃し、誘導する俺と入れ替わる形で机を磨き上げていた。
細かく指示をしなくとも、皆やるべきことを即座に判断できるくらいには、仕上がっている。
「足が悪いから、どうしても今日ここに来たくて。明日以降は、ゲストの方でどうしても混雑するでしょう?」
この女性の言う通り、学院祭は1週間にかけて行われるけど、ご家族の方や、企業関係のゲストが来られるのは、主に2日目からだ。1週目はほぼ、生徒たち各クラスの出し物を楽しむための、予備期間みたいなものだ。
学院祭について精通していることから、誰かのご家族の方だろうか。
「それにしても、沢山メニューがあって楽しいわねえ。どれにしましょう」
「……良ければ、一杯当たりの量を少なくして、様々な味が楽しめるようにしましょうか? 料金もその分お安くしますので」
「あら……よろしいのですか?」
「ええ。折角来ていただいたのですから、色んな味を食べて頂きたいですので」
車いす、ということは、何日もかけて往復するのは、お連れの方がいるとはいえ大変だろう。どこの方かは知らないけど、学院祭は最大限に楽しんでもらいたい。
厨房に無線を入れて、オッケーを貰う。
「ありがとう。あなた、とても素敵なおもてなしね。どこの企業のご令息の方かしら?」
「あー、すみません。実はそんな良いところの出じゃないんです。『一般特待生』の枠で、この学校に通わせていただいている者でして……」
「あら。そうだったの。お会いできて光栄だわ。この学校を楽しくして頂いていると聞いています」
お、親御さんの耳にも入るくらい、功名が広がっているのは嬉しいな。
このご婦人と優雅にお話をしていると、厨房から泡食った様子で、城ケ崎さんがこっちに駆けてきた。
「お、おばあちゃん⁈」
「お久しぶりね。元気だった? 虎々奈ちゃん」




