交換の動機②
「寿命の、話でしょうねえ。見舞いって言ってたし」
画面を見ながら狭間が唸る。城ケ崎さんもなんだか複雑な表情だ。
「私が会ったときは、そんな様子はなかったけど……。87歳って言ってたから、意外と無理してたのかな……」
日本の女性平均寿命がその位だったっけ。長生きしている方にはなるか。
珍しく動揺の色が城ケ崎さんの顔に現れている。知ってる人は長くないと知れば、そういう反応になるのも仕方がない。
『気品があるのに明るくて、とても素敵な方でした。そんな人の前で、どうして見栄なんて張ろうとするんですか?』
『そういう人だからだ。周囲の人たちが俺を跡取りとして育てる中、ばあやだけは俺を一人の人間として育ててくれた。……いつも心配してくれてたんだ。跡取りとして育てるのは大切だけど、一人の人間として立派に育つよう教育してあげなさいって、父さんたちをよく叱ってた。だから、元気なうちに俺が選んだ人を見て欲しかった』
『許嫁の方がいたでしょう。城ケ崎さんが』
『……彼女はダメだ。僕と同じだから』
カクテルを少し口にしてから、財全会長が続ける。
『そもそも、家と家との繋がりを理由に持ち込まれた縁談だ。互いにその旨を理解しているから、虎々奈との間に恋愛感情は無いよ』
『私も、財全会長とはそれほど仲良くはなかったとは思いますが』
『……恥ずかしい話だが、一方的な好意だ。学内に庶民向けの自販機を設置したり、定期的に卸売店を誘致する企画が上がったときに、何度か一緒に仕事をしただろう』
確かに、何度か財全会長が、企業とのコンタクトを手伝ってくれたことがあるし、設営にも携わってくれていたな。
『家柄を捕らわれず、生徒たちと交流する君を見て、恋をするならこういう方とだと思ってしまった。君の知的ながらも温和で優しい人柄は、財全家の許嫁としても相応しいと思う』
『……』
『だから、ばあやが生きているうちは、俺と交際を続けて欲しい。俺も、君に好きになってもらえるように努力する。そして、全部が終わったとき、関係を続けるかは君に任せる』
『私は、あなたのお婆さんには、長生きしてほしいと思っています』
結心は呼吸を置くように、グラスに入った水を口にしてから続けた。
『だけど、全部終わったら、私は勇星の彼女に戻ります。絶対に』
結心の宣誓に、『ありがとう』と寂しそうに笑みを浮かべた後、『……それでも、好きになってもらう努力だけは続けさせてくれ』と財全会長は料理に手を付けた。
その後は二人とも、短い会話を何度かしながら、黙々と料理を食べ進めた。
料理を食べ終わった後は、二人はすぐに立ち上がり、俺たちよりも早くレストランを後にした。
♢ ♢ ♢
「はあ~~~~~~~~~~~~……」
結心たちが去ったのを確認した狭間が、どでかいため息をついた。
「すっげえしょうもない理由でしたね。『惚れた女は何が何でも俺の嫁にする』ぐらいの豪快な動機を期待していたのに……」
「あの話を聞いた後でよくそんな感想が出るね情報屋……」
一切の情緒を匂わせない、白けた様子の狭間に、流石の城ケ崎さんもドン引きだ。
「むしろ何でそんな複雑そうな顔をしてるんです。いくら事情があったとて、やってることは屑でしょ。マイナス100の好感度がマイナス50になるだけです。こんな変に同情を誘う情報じゃ無くて、不亜高全土から大バッシングを浴びるような、特大のスキャンダルを期待してたってのに……はあ~~~~~~~~~~~~~」
「いちいち人の心が無いな君は」
再び特大のため息をついて、やけ酒のようにノンアルカクテルをぐびぐびと飲む狭間。
そんな狭間に呆れた顔を投げてから、城ケ崎さんが俺に向かい直る。
「……複雑な心境だね。同士」
「……まあ。向こうもそれなりの事情があったみたいですね。すっきりした部分も多いですけど」
財全会長の事情は予想だにしていなかったものだけど、聞いて色々腑に落ちた。
恋人交換を求めてきたあの日、事情とか言ってたのはこのことか。やけに脅迫的な態度だったのも、時間が迫っていたからね。
そういうことなら俺に相談してくれれば、なんて思ったけど、相談されたところでだな。
お婆さんの前でだけ、結心に恋人のフリをさせるのも無理があるし、事情があるから結心を寄越せと言われても、俺は首を縦に振らんしな。
どうせ奪うなら、圧をかけて俺の口を最初から封じていた方が、この妙な事情が伝播して、お婆さんの下に届く可能性も低くなる。
「で、どうするんです? 唐草君」
狭間がつまらなそうにあくびをしながら、俺に尋ねる。
「これで言質は取れましたからね。不亜高中にリークすれば、二人の関係は続けられなくなりますが」
まあそうだな。証言を抑える、っていう当初の目的は達成だ。
「狭間はその情報をどうしたいんだ?」
「正直どうでもいいです。握っていることが大事ですから。先輩の気持ちですよ。会長に同情するなら、使わなくてもいいんじゃないですか。長くないならそのうち結心さん帰ってきますし――いってえ⁈」
「ヘイ宇都君。今のはライン越え……」
期待値を下回ったやるせなさから、どんどん口が悪くなる狭間の頭を城ケ崎さんが殴った。城ケ崎さんにグーを出させるとは、相当だぞお前。
「……どうするの?」
城ケ崎さんが、少しだけ不安そうな様子で俺のことを伺ってくる。
……そうか。今回の件がこれで片付けば、今みたいな関係ではなくなるか。会わないってことは無いだろうけど、こんなに一緒に学校生活を送ることはなくなるだろう。
妙なきっかけで生まれた縁だけど、今思えば、中々に俺も楽しんでいた。
まあ、それはそれとしてだ。
「……全部わかった上で、こういう手段をとったことに同情はしない」
少し間をおいて俺が答えると、少しだけ城ケ崎さんの顔が曇る。スカートの裾を握る手が少し強張った。
全部聞いた上で、俺はあの行いを許す気はない。
だけど、
「その上で、この証拠は使わない」
「……は?」
「……え?」
「全部わかった上で、改めてムカついたことがある」
俺の言葉に、意外そうに眉をしかめた狭間と、目を丸める城ケ崎さん。
「ちゃんと思い知らせてやらないと、あの財全会長に」




