交換の動機
『ありがとう。さあ結心、こちらの席に』
狭間がスマホスタンドで、机の上にスマホを横に立てかけた。その画面には、下から覗き込むアングルで撮影された、結心と財全会長の様子が映し出されている。
「宇都君。あとちょっと画角を上にできる?」
小さな機械音と共に、少し見切れていた結心の後頭部が見え、二人とも全身が映るアングルになる。
「機械音とか鳴ったけど大丈夫? バレてないこれ?」
「絨毯の毛玉よりも小さいマイクロロボットです。滅多なことではバレません」
「こっちの音声は聞こえないんだよね。OK共犯者。実況中継といこう」
いよいよ現場を抑える形になるのか。画面越しとはいえ緊張してきた。
横の二人は緊張半分、楽しみ半分といったところだけど。
『すいません、このカクテルを。結心はファーストドリンクは何にする?』
『水で』
財全会長の優しい問いかけに、結心は冷や水を浴びせるように短く返した。
「水て。会長がカクテル頼んでるのに、水て」
「君の彼女も中々の度胸だね。まるで倦怠期のカップルだ」
まあ、あんな引きはがし方をしておいて、プライベートで上手くいくわけもないだろう。いいぞ結心。もっと水飲め。
それぞれのドリンクが運ばれきて、給仕の前で財全会長が乾杯を促した。人前なので仕方なく結心もグラスを合わせる。中身が水だから、あんまり様にならない。
『料理はデザート以外最初に持ってきてくれ。デザートのタイミングはこちらで支持する』
『畏まりました』
財全会長の指示に、給仕のスタッフが綺麗な一礼をしてから去った。
『ここ、料理も美味しいし、綺麗な夜景も一望できるから、お気に入りの場所なんだ。気になるものがあったら遠慮なく頼んでくれ。支払いは僕が持つから』
『はい』
趣味だの、家のことだの、当たり障りのない会話を財全会長が切り出しては、結心が短く返すような会話が続く。
料理が一式揃うまでは、恋絡みの話はしないだろうということで、俺たちは適当に料理を口にしながら、財全会長たちの様子を見守った。
円卓を無視し、1か所に集まって食事をしながら画面を注視する姿は、仲の良い友達と同じスマホでYouTubeを見ている時の感覚に近い。
それにしても、結心のフォーマルな格好も凄く綺麗だ。水色のブラウスに身を包んだ結心は、悔しいくらい綺麗だ。畜生、対面で見たかった。
悔しさ混じりに食べたステーキが、めちゃくちゃうまい。こんな場面を見ながらじゃなければ天にも昇る美味さだったんだろうなあ。
デザートを除いた料理が出そろったとき、結心がスープを一口だけスプーンで飲んでから、会話を切り出した。
『昨日、勇星と話しました』
少しのんびりと画面を見つめていた俺たちが、一斉に息をのんで画面に注目した。城ケ崎さんがサイドボタンで音量を最大まで上げた。
狭間が画面を見つつも、何か言いたげな視線を俺に投げてくる。いや、隠してたわけじゃないって。言う暇がなかったから言ってなかっただけで。
『……そうか。何を話したんだい?』
『会長とのお話については、何も。ただ、いつまで待っててくれるか。その確認だけ』
『彼はなんと?』
『いつまでも待ってる。そう言ってくれました』
結心の言葉に、会長の目がどことなく陰った。
『そうか。でも、今後学内で会うのは控えてくれ。どういう話が家の方に漏れるか分かったものじゃない』
『はい、今後は気を付けます』
『……今日は見舞いに付き合ってくれてありがとう。ばあやも君の顔を見て、嬉しそうだった』
ばあや、って誰だ。
城ケ崎さんに視線で尋ねると、少し思い出すような素振りをしてから答えた。
「……縁談で顔合わせをしたときに、一度だけあったことがある。上品だけど元気なお婆ちゃん」
悪い人ではないんだろうけど、どういう人かも分からないな。
それ以上情報は出て来なさそうだったので、改めて画面に意識を傾ける。
『お婆さんは、いつからああいう状態なんです?』
『2週間前からだ。急激に容体が悪化してね』
微笑するものの、財全会長の笑みはどこか暗い。
『まだ元気だから大丈夫、なんて言ってたけどね。いつ容体が悪化するかも分からないんだ。元気なうちに、沢山一緒に顔合わせしたい』
『気持ちはわかりますけど、交際しているなんて、嘘をつくのは後ろめたいです。……最期まで嘘を突き通すきですか?』
『……長くて2~3年って話だからね。それまでは』




