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幸願病 推しで一悶着シリーズ  作者: 澪ナギ


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一応嫉妬心もあるわけで

 幸と恋人になってから、彼女の死願病はだいぶ回復して、作品を作るペースがぐんと上がった。

 家に行けば、没頭して作品を作っている幸がいることが増えて、恋人としても、ファンとしてもとても嬉しかった。


 そんな制作ペースが少し落ち始めたのは、とある人物が幸の口から出るようになって、しばらくしてからだった。



「佐藤くんがね、映画に出るって」

「へぇ」

「一緒に行かない?」

「喜んで」


 なんて、男の推しに若干対抗心やらなんやら生まれているのは見せないようにしつつ、幸の生活に入ってきた新たな趣味の話に耳を傾けていた。

 決して、そう、決してその、いわゆる「推し」という存在が彼女のペースを落としているわけではない。実際、その推しができた頃の話。


『このデザイン良くてねっ』

『うん』

『この人センス良くて、勉強になるの』


 推しにどっぷりはまったきっかけだったんだろう。よくデザインに関して褒めていて。それに刺激されたのか、逆に制作ペースは上がっていた。


 それが、ここ最近になって。



「……?」


 ガクッとペースが落ちてきている。

 元々、幸の作品を作るペースはとても早い。夢中になればなるほどどんどん作っていき、イベントのスパンが短くても毎回十から十五体はぬいぐるみを出していて、当初は本当に驚いた。

 死願病のときに作れなかったことは一旦置いといて、落ち着いた今、ペースは以前と同じくらいに戻り、前回のイベントも病み上がりを疑うほどのいつも通りの数を出してきた。


 のだが。


「……少なくね?」


 彼女のSNSで新作が発表されて思うのは、そんなこと。

 今回は六体。一つ、写真で見ても手の込んでいるくまのウエディング仕様のあみぐるみがあった。それに時間がかかったのだろうか。


 いや、でも。


「……前に同じくらい手込んだやつあったよな」


 そう、それこそ彼女と出逢った頃だ。


 あれはハロウィン仕様のもので、すげぇ手が込んでるのに他にも作るんだと生き生きしていて素直に尊敬したことを覚えている。

 まぁでも。


「それこそ病み上がりだもんな」


 手の込んだものはまた話が別なのかもしれないとその時は納得して。


 そのイベントも無事終わって少しした頃。

 幸も今回の自分の作品数について思うところはあったらしい。

 完全な復帰はもう少し長い目で見るべきだろうと励まして。


 一応、様子は見てみようかと、より彼女のことは注意深く見るようにしてみた。

 精神の病というものは厄介で、治ったと思ってもひょんなことから簡単に再発してしまう。

 彼女のような頑張り屋は特にそうだろう。

 今回の件がきっかけでまた落ちないよう、気持ち意識して、逢う日数を増やしてみた。



「あ」

「ん?」


 そのイベントが終わって少ししてから。

 ようやっとゆっくり逢えるねと二人、映画に行く途中だった。幸は何かに気づき、立ち止まる。彼女を見れば、スマホを見ていた。


「どした」

「んー、ちょっと」


 さすがに画面を見るのは無粋だろうと、「そ」と返して彼女を待つ。そうして数秒後。


「ごめん、お待たせ!」

「おー」


 幸が動いたので、こちらも歩き出す。

 気になってしまうのは、「何をしていたか」だ。連絡? とかだよな、普通に考えると。

 誰と? デート中に返さなきゃなんねぇやつ?

 ってなるとほら、あれだ、ハンドメイド関連か、あとは家族? とか? まさかほかの――いやいやいや。


 加速してしまう考えに首を振って、このままじゃちょっと映画も集中できないだろうと、映画館までの道すがら聞いてみる。


「大丈夫か?」

「? なにが?」

「連絡とかこう、重要なもんじゃねぇの」


 言うと、幸は一旦考えて、何のことか思い至ったのかすぐに笑った。


「あぁ! 大丈夫。お取引の連絡だったから」


 その言葉に、俺は首を傾げた。


「取引?」

「うん」

「ハンドメイドの?」


 いやでもそれは通販か。そう納得したところで、答えも帰ってきた。


「ううん、推しグッズの」


 ぴしっと固まりつつ、けれど足止まんなかったのすげぇと思う。

 とりあえずいったん深呼吸して。


「グッズ」

「うん、佐藤くんのねー、めっちゃかわいいのがあって」


 これなんだけど、と出してきたのは可愛い顔をした彼女の推しのマスコット。


「ランダムでね、自引きできなくて。交換してもらえるらしいから約束したんだー」

「……へぇ」


 なんかこう、知らねぇ外国に来たみてぇにわからん言葉が並んでいて、ひとまず相槌を打ってみる。

 そうして頭の中で反復して、重要なところだけを確認。


「逢うって直接?」

「ううん、郵送!」

「そ」


 住所も住所で怖いが直よりは大丈夫か?

 わからんけど、この推しはたぶん女性ファンが多いだろうから、その点に関しては多少安心であると信じよう。思うことは多々あれど、いったんいろいろ飲み込んでおいて、二人、映画館へと入って行った。



 そうして別の日。


「あ」

「んー?」


 休日、俺の部屋。

 少しずつ幸は新しいイベントに向けて準備をしている中、まだ落ち着いているからとゆったりと二人で過ごす時間。

 家の中で映画を観るのもいいだろうと、借りてきたDVDを鑑賞していたら、幸がスマホを取った。


「止める?」

「ううん、へーきー」


 結構いいとこではあるけど。まぁ本人が言うならと俺はまた画面へと目を戻す。

 今日観ているのは世界滅亡がテーマのSF。主人公が愛する人を助けるため、敵の組織へと向かっているところだ。


 アクションシーンがいいんだよなこの俳優。

 他のも借りてこようかなと思いながら映画を観つつ、幸にも意識は向けておく。


 が。


「……」

「……」


 一向にスマホを置く気配がない。

 これもうだいぶ進んでるけど。え、もしかしてつまんなかった? いやでも結構のめり込んで観てたよな。あぁでもあれか、スマホ持ったまま見てるとか?


「……」


 そう、ちらっと隣を見ると。


「……」


 めっちゃ真剣にスマホ見てるわ。え、これ俺どうすればいい? 映画止める? 気づかねぇフリした方がいい?


「……」


 それもなぁと、もう頭に入らなくなってしまった映画に目を戻しつつ、考える。

 最近こんな感じだなぁ、と。

 彼女がスマホを触る時間が増えているような気がする。


 いや別に?

 俺といるときに触んなとかそんな心狭いこと言うわけじゃねぇけども?

 日に日に。

 そう。

 日に日に、増えている気がすると、こう考えると思う。前は家に行くと没頭して作品作ってることも多かった。けれど今は、スマホを真剣に見ていることも多い。


「……」


 そう考えると、と。

 映画の映像だけを見つめつつ、もう少し思考に落ちた。


 いつからだったか。スマホ触ってること多くなったの。

 前のイベントの少し前? そうだ、ずっとペース良かったのに途中でガクッと落ちた。

 その時の、幸。

 元気ではあった。けど、こう。今と同じく、何かに気がそれている感じがなかったか。

 今ほどじゃない。けどそうだ、確かにスマホを触ることが増えている。

 今も、前よりそれが増えて。じゃあ作品ペースはどうだ。


「……」


 イベント前なのに、まだ二体くらいだった気がする。

 いや押し入れとかにあるとかなら話は別なんだけど。出来上がってるなというのはそう、まだ二つだ。


「んー……」


 うなっている隣の幸に目を向けた。

 真剣にスマホとにらめっこしている彼女はどこか必死だ。手も、ずっとスクロールを続けている。こっち見ろよ、と言うのは今はちょっと我慢。


 さて、と。


 こいつがこうしてスマホを触るようになったのは何故か。

 まぁ答えは簡単に出せる。


 推しがきっかけだ。


 けれど決して、そう、前にも思ったはず。

 決してその推しが悪いとか、そう言いたいわけじゃない。幸と共にその推し関連のものは数多く見てきた。演技もうまいし、物のセンスもいい。クリエイター気質なタイプなら幸と同じように刺激を受けて作品作りにも良い影響を出すだろう。

 問題なのは、その人じゃない。

 その幸の情報の追いかけ方や、向き合い方だ。

 今はとても便利な時代で、情報というものはすぐ上がるし、前の幸のように交換だなんだというのも手軽にできる。

 それ”だけ”なら、言ってしまえばまぁよかったかもしれないが。

 いかんせん、その情報はこの時代、過多でもあるわけで。

 知りたい情報一つ知るために、十は違う情報も無意識に入ってきてしまう。しかも大半ネガティブなものが多い。元からうまく付き合えるタイプだったり、あとは慣れてしまったりして平気な人も多いんだろうが。


「幸」

「んー」


 彼女は死願病踏まえ、そういったいわゆる”ネガティブ”には耐性がほとんどないと言ってもいい。上手く受け流しきれないのだ。

 そして元がシングルタスクなタイプなのでいろんなことが並行して起こることに弱い。だから他がおろそかになる。

 名を呼んでも、俺への対応はいまいち。やっぱりこう、面白くはないわけで。


「なぁ」

「ちょっと待って」

「ずっと待ってる」


 言っても、彼女は「うん」と言うだけ。なんだ悔しくなって。


「わっ」

「……」


 映画を止め、俺は彼女の膝に頭を預ける。いつもなら「もー」と言うが、それでも彼女の意識はスマホ優先なんだろう。普段しないくせに、俺の頭を撫でてまたスマホへ行ってしまう。

 それは正直面白くない。


「……なんか見てんの」

「んー?」

「最近スマホばっかりじゃね」

「えー? そう?」

「そうだろ」


 これもしかして無自覚か? それはそれでまずくね、と探るように言葉を重ねていく。


「結構ことあるごとに見てる」

「うーん、前よりは見てるかも?」

「なんか推しが忙しいっけ?」


 ごろんと、彼女の方に向けば。


「そんなことないよ」


 と、言葉が落ちてくる。

 それに一度止まって、また上を向いた。


「忙しくねぇの?」


 もう一度聞けば、「うん」と返ってくる。そうして、「でもね」とも。


「SNSでさ、結構推しの話とか、これまでのこう、切り抜きって言うの? そういうのが上がってて、気になっちゃって」


 止まんないんだよね、と笑う。そうして、


「ずーっとこう、なんかもっとないかなーって見ちゃって」


 ごめんねと言いながらも、癖になったのか目はスマホに落ちる。


 それに、納得がいった。


 つまりはこう、要約すりゃあスマホ依存気味だと。


 きっと最初は単に推しを追うだけだったのが、習慣になり、その習慣の合間にさりげなく断ち切りづらい面白いのが出て、こうしてスマホを見るのが癖になっていると。


「……」


 原因が分かったところで、起き上がる。


「わぁっ?」

「没収」

「えぇ!?」


 幸からスマホを取り上げれば、彼女はショックと言わんばかりの顔で俺を見る。けれど原因が原因なので気にしない。そして同様にはっきり言える。


「お前今スマホ依存気味だぞ」

「え、あの若い子たちがよくなってるやつ!?」

「お前も若いだろ……」


 いや同い年だけども。一旦置いといて。


「スマホばっか見てるだろ」

「そんなことないよ」

「逢ってる時もよく見るようになった」


 画面が開きっぱなしなので、ちょっと悪いが操作させてもらって。

 今ならではの、スマホの使用時間を見てみる。


 と。


「おわ……」

「?」


 不思議そうな恋人にその画面を見せてやる。と、瞬時にその顔は驚きに変わった。


「は、八時間!?」

「勤務時間じゃねぇか」

「そんなに触ってた!?」

「ちなみに依存になる前がこれ」

「い、一時間も見てない……」

「これは作業ペースも落ちるわな」


 よかった、こう、こいつの推しが原因じゃなくて。まぁきっかけにはなってしまっているんだろうが。

 推しの供給が原因の場合俺なんて言おうかすげぇ迷ったわ。

 そこに、心をほっと撫でおろして。この現実にショックを受けている幸へ。


「幸」

「はい……」

「ペース戻そうぜ」

「はい……」

「俺も手伝うからさ」


 言えば、幸はかわいらしく首をかしげる。

 それに、にっこりと笑って。


「ちょっと賭けてあそんでみねぇ?」


 これまで構ってもらえなかった分も踏まえて、そう告げた。



『一応嫉妬心もあるわけで』/叶





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