それは、気づかないうちに
叶と恋人になって少し落ち着いてから、私はまたたくさんハンドメイドをできるようになっていた。
没頭して時間を忘れて。その楽しい時間は今日もあっという間で。
そうやって作業していれば急に影が差した。見上げる前に、その人の手が作品へと伸びる。
「お、これ新作?」
「あー! まだ見ちゃダメっ!」
人はわかっているので、すぐさま手でその子を隠す。そうしてから見上げると、笑みに少し拗ねた様子を混ぜた叶がいた。
「なんだよ、恋人特権」
「ハンドメイドの方は平等でーす」
なんて笑いあって。
家にやってきた叶の目の前から新作を片して、リビングへと促す。椅子に座ってもらって、コーヒーを準備して叶からのありがとうを聞いてから、話題は先ほどのことへ。
「ごめんね、インターホン気づかなかった」
座って、そう謝る。
まだダメ、と言いながら、その新作たちを見せることになったのは私が夢中になっていて叶が来てくれたことに気づかなかったからで。
意地悪を言ってしまったことと併せてそう言えば、叶は微笑んで首を横に振った。
「別に気にしてねぇって。おかげで新作ちらっと見れたし?」
「わ、わかんないじゃん」
「明らかだろ。作りかけだったし」
前は、死願病の影響でその「作りかけ」のままさよならしてしまうことも多かったけれど。
今はそんなことなくて。
少し見られてしまったけれど、それでもきっと、すごいと言ってもらえるような大作であることは変わらないから、笑った。
「楽しみにしてて」
「おー」
タバコを咥えて笑う叶にそう、自信満々に返したのは一か月ほど前。
「♪、♪」
鼻歌を歌いながらひと編み、またひと編みと毛糸を編んでいく。
「あ」
そうして、一度置いて。
イヤホンから流れる声に意識を向けた。
《お待たせいたしました! 今日も来てくれてありがとう~》
そこから流れるのは、男の人の声。けれど叶じゃない。
当然、私にしゃべっているわけでもない。
それは、今流行りの配信者、と言われる人がやっているラジオからの声だった。
よく見る音楽番組のゲストで出ていた人で、そのしゃべりのテンポや話題が面白くて、動画配信やラジオの方も聞くようになった人。観ていけばファッションや小物のセンスも良くて、ハンドメイドの参考にもなりそうということでどんどんはまっていき。
「ふふ」
今では、その人にどっぷりはまっている。
昔から映画とかは好きだけれど、あまりこういう、いわゆる芸能であったり、ましてや一人の役者さんとかにはまったりすることはなくて。
最初は戸惑いもあったけれど、最近はその”推す”ということがとても楽しいということにようやっと気づいた。
《そういえば今度、○○というドラマに出て――》
「えー、観なきゃ」
《あ、あとバラエティーの方もありがたいことに――》
「予約しよー」
ちょうどその人は今が売れ時なんだろう。
元々は動画配信サービスで活動していたらしいけれど、今ではテレビに引っ張りだこで、私が見ていた番組以外にもいろんな番組に出てる。
そんな、いわゆる「推し」がたくさん番組などに出れば、話題も増えるわけで。
「今度映画出るんだって」
「へぇ」
「恋愛なんだけど、一緒にどう?」
「喜んで」
叶とも、いろんな話が前よりもっとできるようになって、嬉しくて。
「♪」
一か月というのは、とても早く過ぎた。
「よし、こんなものかな?」
来月に迫ったハンドメイドのイベントまであと少しというところ。そのための新作を並べて、口を緩ませる。
「今回もよくできた~♪」
一番の大作であるウエディングドレスのあみぐるみを撫でて、眺めて。過去一の出来に抱きしめたい衝動は我慢しながら。
ふと、一度首をかしげる。
「……ちょっと少ないかな」
そう。気持ち程度だけど、いつもより数が少ない気がする。いつもは十個から、多くて十五個くらいの新作を出してる。今目の前にあるのは、六個。
いつもの半分ちょっとくらい。少ないかな、と思うけれど、ゆるく首を横に振った。
「……ウエディング結構時間かかったもんね」
そう、今回は大作がある。とてもこだわったから時間もかかった。だから多少、新作が少ないのは仕方ないと言ってもいいと思う。
そう納得して。
出来上がった新作たちを、SNSに載せた。
結論から先に言えば、新作はすぐに完売した。
ちょっと気になったのは、来てくれた人たちの反応。あ、もちろん悪いとかじゃなくて。
みんなどこか、焦った、というか急いで来たという感じがした。
首をかしげていたら、「まだあった、よかった」というありがたい言葉。そしてもうひとつ。完売した後に来た人たちの言葉。
”やっぱりもうなかった”と。
やっぱりってこう、売り切れるのがわかってたっという言い方だよね? すごくこうありがたい言葉ではあることはわかっているし、実際、完売もありがたくて、大作のウエディングはとくに、とても欲しくてって感想つきで買っていただけてとても嬉しかった。
SNSを見ても、とても高評価だった。
でもこう、もちろん不満とかじゃなくて、こう、なんて言うんだろう。
違和感、みたいな?
そう悩んでいれば。
「お前の今回の新作早かったな、売り切れるの」
イベントが終わって、また次のイベントに向けて少しずつ準備も始めている日々の中。叶に言われて頷いた。
「うん、ありがたいことにね!」
「新作少なかったし、秒だったろ」
と、また言われて。
「やっぱり少なかった!?」
「うぉあぶねっ」
思わず前のめりに聞けば、叶はタバコを吸っていたらしく身を引く。次に火を消してから。
「そうだなあ、今までより半分くらい?」
「うん」
「ウエディング衣装のが結構手こんでたけど……それでも少なかったって印象かな」
そう、言われて。
「え」
と声が出る。それを聞いた向こうも。
「え?」
と。びっくりした顔をした。お互い目を合わせて数秒。口を開いたのは、私。
「ほんとに、言ってる?」
「ほんとだけど……。え、だって昔、同じくらい手込んでるやつ作って十二、三個新作出してたろ」
死願病の影響かと思ったけど、とまた火をつける叶にさらに詰め寄った。
「え、え、叶、私元気だよ!?」
「お前マジであぶねぇって!! なんで火つけたタイミングで来んだよ!!」
慌てて火を消そうとしてくれる叶に、タバコと叶に申し訳ないので止めさせて。一度煙を吸った叶は息を吐いてから、言葉も吐く。
「元気なのは知ってるけど。多少こう、大作久しぶりだからってのがあるのかなと思って」
「手は込んでるとは思うけど……」
でも言われてみればそうだ。昔同じくらい手が込んだものは作ってる。いよいよ自分の作品制作ペースが遅くなっていることに血の気が引きそうになっていたら。
「!」
ぽん、と頭を撫でられた。見上げれば、そこには優しく笑う叶。
「ま、病気と向き合ってまだ数か月くらいだろ。ペース取り戻すにはもうちょいかかるって」
「……そう、かな」
「そうだよ。危機感を覚えんのはもう少ししてから、な」
そう言ってくれる叶に今だけは甘えてしまおうと、優しくなでてくれる恋人に。
「――うん、ありがとう」
そう、こぼした。
『それは、気づかないうちに』/幸




