そう、これは運命の出会いというわけですわね。
「じゃあ、すみません。遠慮なく」
顔がニヤついてしまっているのが自分でもよく分かる。こんなに大きな宝箱だ。中に入っているのは、黄金で出来た立派な宝剣か。はたまた未知の金属で作られた聖盾か。もしかしたら、宝石や金貨がギッチギチに詰まっているかもしれない。縦に積みたくなるくらいにたっぷりと。
そんな想像が溢れ出て止まらない。明かりさん達に手元を照らしてもらいながら、俺はその宝箱を開封した。
中から出てきたのは⋯⋯。
お鍋だった。
料理に使う、取っ手が2つある金属製のデカい鍋。蓋付き。俺は悔し涙を流しつつも、付属されていた取扱説明書を口にくわえ、その鍋を両手で抱えて、走ってこの洞窟から出たのだった。
お宝ではなく、お鍋だとは。これだけでどうしろと。そのお鍋を持って出てきたところで、洞窟も再びその入口を閉じてしまったし。
そうなってしまったらあれだね。
放尿するしかないね。つまり、洞窟が暗くて寒かったから催してしまったわけ。
本来、排せつ行為なるものは、害を及ぼさない所定の場所か、所定の装備をしてから楽しむものと認識していますけど。
今はもう仕方ないね。なんせ、赤ちゃんくるみ布と鍋以外の装備品や所持アイテムがないわけですから。
木の枝すら、洞窟の中に置いてきてしまった次第でして。そう、鍋を抱えた時にうっかり。
そうなったら、川に向かって排尿を試みることを誰が責められようか。ワイバーンとの戦闘中に、大失禁しながらも、前衛で勇敢に斧をふるい、部隊に勝利をもたらした友達もいましたから。
それに何より、人生初の排せつ。記念すべき1発目。俺は悠然と腰に巻いた赤ちゃんくるみ布を引き抜くように華麗に外し、右手でしっかりとそれを握った。
「ショータイムだ!」
記念すべき生まれて初めてのやつ。俺は高らかに宣言しながら遠慮なくまき散らした。
その結果⋯⋯。
川の水が見事なまでに浄化された。自然が清らかに息を吹き返したのだ。
流石に目を疑ったね。いわゆる立ちションなんかをした時には、通りすがりの大人に怒られたり。眠っていた魔物が目を覚まして追いかけられたりと、そんな事が起こるんじゃないかと想像はしたけれど。
まさか、紫混じった鈍色の川が、清流に生まれ変わるとは。戦争の爪痕。愚かな争いの産物。それが排尿1発で即解決。
もし、大陸清流コンテストなんてものがあれば、間違いなくベスト3に入って来るようなレベルでお流れになられていらっしゃるのだ。
皆は見たことあるだろうか、川が魚で詰まってしまっているところを。出先で綺麗な川なんて見つけても、よーく目を凝らしてやっと1匹2匹の魚の影を見つけたり。
今、そこで魚跳んだ!って言ってテンション上がったりするものだけど。魚群があまりにも魚群過ぎて。異種団体さん過ぎて川中詰まりを起こしているなんてどうかしていますよ。
魔王が何かしらの魔法を使ったとしてもこうはならないだろう。そこそこの幅はある川ですよ。大きめの石が水面からあちこちで顔を出しているとはいえ。
ともかく、生の魚がせっかく穏やかな川で、びちゃびちゃぎゅうぎゅうとのたうち回っているのは気持ち悪いので、俺は自身のショータイムが完全に終了した事を確認し、指先を洗いながらその川に足を踏み入れた。
そして魚詰まりの先頭辺りに赴き、石をいくつかどけた。川のうねりがなくなり、水の通りがさらにスムーズになる。
魚達の渋滞も解消。様々な種類の魚がご機嫌な様子で気持ちよさそうに泳ぎ、川を下っていく。
俺はそれを眺めながら川を上がり、赤ちゃんくるみ布を腰に装着。そろそろ、何処かへ行きますか。はじまりをしに。
魔王と勇者の子供。禁断の愛の結晶らしくさ。
「きゃあああぁぁっ!!」
女の子の悲鳴。孤独な旅の始まりには欠かせないものだ。
そんなに遠くない。俺は鍋を抱えて川岸を駆け上がる。結構な傾斜を問題にせず。軽いフットワークで一気に野原へと繰り出した。
辺りを見渡す。
「だれかぁ、だれかぁっ!!」
そんな声が聞こえてきたのは、森の入り口。そちらの方へと俺は再び走る。土草の上を走り、太い木を避け、藪を2つ程飛んで越えた先。
ゴワッとした灰色の髪の毛と全身が夜明け前の空のような深い青色の皮膚で覆われた肉付きの良い体。
オーガ種だ。
それの女の子。しかし、まだ小さい。魔族の中でも屈強と名高い純オーガだ。お尻の筋肉の付き具合を見せてもらわないと正確には判断出来ないが、おそらく7つか8つの間くらいだろうか。どちらかと言えば7つよりの。
そんな年齢の女の子が長いツルをうねうねとさせた植物系の魔物に襲われていたのだ。双方には倍の高さの差があった。
かなり危ない状況だ。自分に女の子を救える力があるかなんて分からない。
でも、考えるよりも先に体が動いたのだ。自分がどうなろうと知ったこっちゃない。
無我夢中で走り出す。戦争に負けた魔王の息子として、やらねばならないことがあるのだ。救わねばならないものがあるのだ。
俺は投げ捨てるように鍋を手離しながら、彼女から少し離れた位置で足を止め、ただただ応援したのだ。
「そこのオーガの子!が、がんばれぇっー!!まけるなぁ!!やればできるぞぉ!!」
「た、たすけてよおっ!!」




