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カルラディアの空から  作者: 天音 樹
第一章 墜ちた星と、白い少女の誕生
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第九話 初陣の刃①

 朝靄の中を歩きながら、ツィーラは胸の奥に残る微かな痛みに気づいていた。

それはセクンダの肉体が負った傷の名残であり、ツーとしての自我が感じる“恐怖”の震えでもあった。


(……怖い。でも……行かなきゃ)


 足元の土はまだ冷たく、夜露が靴を濡らす。歩くたびに身体の奥で何かが軋むように動き、呼吸が浅くなる。それは――生きているという証でもあった。


 ——ツィーラ。そろそろだ。気を引き締めろ。


 長瀬の声が頭の奥で響く。その声は冷静で、しかしどこか温かかった。


「……敵がいるのね」


 ——ああ。村の外れ、丘の向こうに三人。ぼろきれのような革鎧、錆びた短剣と棍棒。野盗の残党だ。


 ツィーラは息を呑んだ。胸の奥がざわつく。


(……人を……殺すの?)


 その問いに、長瀬はすぐには答えなかった。代わりに、静かに言葉を選ぶ。


 ——ツィーラ。“命を奪う”のは決して誇るべきことではない。だが、どの世界にも許せぬ悪行に手を染める者が多くいる。そして、その魂までも闇に売り飛ばした悪鬼の類から善良を守るために剣を取る者もいる。


「……守るため……」


 ——君は、誰を守りたい?


 ツィーラは迷わず答えた。


「……兄さま。アルドと……弟妹を。そして……セクンダの願いを」


 ——ならば、迷うな。


 ツィーラは短剣を握りしめる。手は震えているが、その震えは恐怖だけではなかった。


(……私が……やらなきゃ)


 ——そうだ。殺らなければ願いは叶えられない。


 丘を越えると、野盗たちが焚き火の残り火を囲み、酒瓶を回しながら笑っているのが見えた。


「へっ、昨日のガキどもは高く売れたなぁ」

「次はもっと若いのを捕まえようぜ」


 ツィーラは丘の影から身を潜めて野盗の様子を伺っていた。胸がぎゅっと締め付けられる。


(……この人たちが……セクンダたちを……)


 その瞬間、胸の奥で声がした。


 ——……弟妹を……ノヴァとホラを守って……


 セクンダの声。アルドと共に連れ去られた子供たちの名だ。眠りの底から響く、かすかな願いが胸の内で強く響く。その声に反応するかのように、ツィーラは短剣を構えた。


「……長瀬様。どうすれば……?」


 ——まずは一人。背後から近づけ。気づかれなければ、戦いは半分終わったも同じだ。


 ツィーラは深く息を吸い、草むらを静かに進む。足音を殺し、呼吸を整え、影のように近づく。


(……大丈夫……大丈夫……)


 心臓は激しく脈打ち、手汗で短剣が滑りそうになる。重心も定まらない。けれど動き出した時は待ってはくれない。必死で呼吸を押し殺しながら、野盗たちの背後にジワリジワリと近づいてゆく。

あと数歩、あと一歩。


 ——今だ。


 瞬間、ツィーラは勢いよく草むらから躍り出て短剣を振り下ろした。ぐじゅっと刃が、首元の肉を裂く。不快な感触が手に伝わり、一人の野盗から温かい鮮血が飛び散った。頬にかかった血を片手で拭い払うと同時に手についた血糊の跡を見つめる。


「……っ……!」


 野盗が一人、崩れ落ちた。その音がツィーラの目に映る世界のすべてを震わせた。初めて人を殺した。だが、その手並みは自分が思い描いていた動作ではなかった。自然に体が動いていた。おそらくセクンダの肉体が身に付けていた戦闘術だったのだろう。


(……私……今……)


 ——ツィーラ、下がれ!


 長瀬の声と同時に、背後から棍棒が振り下ろされた。ツィーラは反射的に身を翻し、地面に転がる。


「てめぇ……どこから湧いた!」


 二人の野盗が迫る。怒りと殺意が剥き出しの目でツィーラを睨む。


(……怖い……!)


 足が震え、呼吸が乱れ、視界が揺れる。


 ——ツィーラ、落ち着け。敵は二人。右の男は足を引きずっている。左の男は腕が甘い。勝てる。


 長瀬は、動揺に身体を強張らせるツィーラに、矢継ぎ早に指示を出した。悠長に考えている時間はない。ここは命と命をやり取りする戦いの場なのだ。


「……勝てる……?」


 ——君ならできる。


 短く、それでも明確に断言する。

その声に応えるように、ツィーラは短剣を握り直し、震える手を意志で押さえつけた。


(……守るために……!)


 野盗が楔形に歪んだ剣を振り上げて突っ込んできた。ツィーラは横に跳び、足を払うと男が転倒した瞬間に喉元へ短剣を突き立てた。噴き出した血しぶきが、銀髪を赤く染める。


 その刹那――


「おい、避けろッ!!」


 長瀬の叫びが頭の奥で炸裂した。ツィーラは反射的に身を屈めた。次の瞬間、彼女の頭上を重い金属音を伴って何かが唸りを上げて通過した。


 地面に突き刺さったのは、柄の短い、分厚い鉄の斧だった。


(……投げ斧……!?)


 当たっていたら、頭が砕けていただろう。


 長瀬の声は珍しく強い緊張を帯びていた。肉体は無いが背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。投げ斧は飛距離こそ短いが、速度が乗れば鎧ごと骨を砕く凶器だ。ツィーラのような軽装では、掠っただけでも致命傷になりかねない。


「ちっ……外したか!」


 斧を投げた野盗が舌打ちし、棍棒を構えて突進してくる。ツィーラの心臓は跳ね上がり、恐怖で足がすくみそうになる。手の震えが止まらない。


(……怖い……!)


 だが、その瞬間――胸の奥で眠るセクンダの声が微かに響いた。


 ——お願い、頑張って!……ノヴァとホラを……守って…


 ツィーラは震える足に力を込めた。


(……守るために……!)


 盗賊は怒号を上げて襲いかかる。ツィーラは咄嗟に腕を上げ、棍棒を受け止めた。衝撃で腕が痺れる。


(……痛い……!)


 だが痛みの奥で、別の記憶が蘇る。


 ——セクンダ、危ない!


 アルドの声。幼い弟妹を庇って倒れた日の記憶。追撃の棍棒が振り下ろされたが、身体に刻まれた記憶が反射的に回避行動を取らせた。ツィーラは地面を蹴り、斜め後方へ滑るように退いた。棍棒が地面を砕き、土が跳ねる。


 ——右足が甘い。今だ!


 長瀬の声に反応し、ツィーラは踏み込んだ。転倒した野盗の足を蹴り払う。男が体勢を崩した瞬間、ツィーラは短剣を胸元へ突き立てた。


登場人物


ツィーラ:ボイジャー・ツー(Voy‑Zira)。AI型知的生命体。長瀬を追って来た別世界の新米神様。ボイジャー・ワンの妹。少女セクンダを救う為、彼女と同化。魔力機関としての長瀬とも共生。ツィーラの名を継承。攫われた家族の救出を目指す。


プリムス:ボイジャー・ワン(Voy‑Ⅰ)。妹同様、長瀬を追って来た。ボイジャー・ツーの兄。アルドの中で眠る(スリープモード)。ツィーラにより同化で自分が助かったので、兄も助かって欲しいと言う思いから、勝手にプリムスの名を継承。


長瀬良治:カルラディア世界に来た別世界の上位神。ツィーラ・セクンダ・ローエンの魔力回復の機関としてコアを同化。ツィーラに寄生した幽霊のような状態で彼女を援護する。


ツィーラ・セクンダ・ローエン:ローエン家長女。奴隷商人との争いで瀕死になるが、ボイジャー・ツーと同化して死を免れた。意識が回復せず深い眠りにつく。身に計三体の魂を宿す(主格:ボイジャーツー、支援機関:長瀬、セクンダ自身は眠り)。


プリムス・アルド・ローエン:ローエン家長男。奴隷商人により捕縛された。監禁状態。身にワンの魂(眠り)を宿す。


ノヴァ:ローエン家次男。アルド、セクンダの弟。奴隷商人により捕縛された。監禁状態。出荷待ち。


ホラ:ローエン家次女。アルド、セクンダの妹。奴隷商人により捕縛された。監禁状態。出荷待ち。

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