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カルラディアの空から  作者: 天音 樹
第一章 墜ちた星と、白い少女の誕生
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第十話 初陣の刃②

 革鎧のない首から心臓へ向けた鋭い一撃――


「……っ!!」


 渾身の一撃は頸動脈を裂き、刃が鎖骨を砕く。鈍い音が響いた。男は一瞬、驚愕の表情を浮かべ、白目を剥いて膝から大地に崩れ落ちる。


 静寂が訪れた。


 ツィーラは荒い息を吐きながら、地面に突き刺さった投げ斧を見つめる。


 本当に……危なかった。君が消えたら、私は……。

心の底から、長瀬は心配していた。勝てると確信して送り出した戦いだったが、明けてみれば紙一重だった。一歩間違えば、躯を晒していたのは自分達だったかもしれない。だが、ツィーラには必要な経験だった。この世界で生き抜いていくために、今後必ず必要になってくる糧になる戦いだった。どんなに有利な状況で推し進めても、命を賭けた戦いに安全で簡単な事は決して無いのだ。


(……これが……この世界の“死”……)


 ——ツィーラ。よく避けた。あれは本当に危なかった。


 長瀬は静かに落ち着いた声でツィーラに話しかけた。その声は、いつになく優しかった。ツィーラは震える手を握りしめ、その場に膝をついて血のついた自分の手をじっと見つめた。


(……私……人を……)


 ——ツィーラ。


 長瀬の声が優しく響く。


 ——君は、守ったんだ。セクンダの願いを。君自身の願いを。


 ツィーラは涙を拭い、表情を引き締めてからゆっくりと立ち上がった。


「……行きましょう、長瀬様。私は……もっと強くならなきゃ」


 ——ああ。君の戦いは、まだ始まったばかりだ。


 ツィーラは朝靄の中へ歩き出す。その背中には、セクンダの願いと、プリムスの想いと、長瀬の導きが宿っていた。


***


 ——ツィーラ。初めての戦いは、どうだった?


 長瀬は今の戦いを振り返り、ツィーラに問いかける。


「……長瀬様。武器が……短剣ではリーチが短すぎて……あと盾も必要かと」


 ——そうだな。刃の短い武器は接近を強いられる。それだけ危険と隣り合わせになる。それと、躱すより受ける方が戦いを有利に導くこともある。


「そうですね。投げ斧……飛び道具は冷やりとしました」


 ——街か村に寄って装備を見直した方がいいだろう。さっきの戦いで得た戦利品もある。盗賊崩れにしては金もそこそこ持っていたようだ。


 先ほどの初戦闘で得られた戦利品は三百ディナールほど。それと朽ちた鎌や手斧、くず布に近い防具、少量の食料品も手に入った。これがどれほどの価値かは、現段階では判断が難しいが、当面の糧にはなるだろう。


「そういえば……。あの盗賊たちは子供を売ったと言っていました。セクンダの弟妹はもう売られてしまったのでしょうか……」


 ——いや。奴らは別の集団だろう。この世界では、そうした話が日常的に転がっている。


「そうなのですか? 少しほっとしたような気がします。けれど日常的に……それは許し難い話ですね」


 ツィーラは一瞬穏やかな表情を見せたが、すぐに厳しい顔へ戻る。セクンダの弟妹が無事だったのは幸いだが、他の子供たちが犠牲になっている現実は変わらない。


「ここは厳しい世界なのですね。長瀬様は、この世界に降りてから情報収集……を……」


 ——そうだな。けれど、あちらの世界でもこうした話は多少はある……ツィーラ!どうした?


 会話の途中、長瀬はツィーラの異変に気づいた。急に歩みを止め、膝をついて座り込んでしまったのだ。先の戦闘でかなり無理をしたのだろうか。張り詰めていた緊張が解け、足に来たのかもしれない。心配そうに様子を窺っていると――


 ぐうぅぅぅ……。


 ツィーラのお腹が、悲しげに鳴った。


「すみ……ません。何か、身体に力が……入らなくて。魔力はまだあるのに……」


 ——はは。はははは。ツィーラ。それはお腹が減って動けなくなったんだ。人間にも動くためのエネルギーが必要だ。食事を取らなければならないね。


「そう……なのですか。そう……これが……これが人間……」


 魔道生命体だった頃も“食事”のような行為はしていた。だが、それは人間のようにエネルギー補給のためではなかった。あくまでも人間にような行動を取っていただけ。ツィーラにとって、魔力不足以外の理由で動けなくなるという経験は初めてのことだった。


 ——戦利品の中に食料もあっただろう? 少し休んで、軽く食べられるものを口にするといい。


 長瀬は笑みを含んだ声でツィーラに休息を促した。


「空も飛べないし、動けなくなるし……人間って不便ですね」


 ——はははは。そうだな、不便だ。人間ってのは。


 慣れない戦闘で緊張もあっただろう。セクンダも同化以前にいつ食事を取ったか分からない。だが、良いタイミングでもあった。張り詰めていた緊張の糸がほぐれ、ツィーラはきょとんとした気の抜けた顔で座り込んだ。


 何にしても、初の命を懸けた戦闘は勝利で終わった。新たに生まれた戦士に、僅かながらの休息と祝福を。長瀬は心の底からそう願った。

登場人物


ツィーラ:ボイジャー・ツー(Voy‑Zira)。AI型知的生命体。長瀬を追って来た別世界の新米神様。ボイジャー・ワンの妹。少女セクンダを救う為、彼女と同化。魔力機関としての長瀬とも共生。ツィーラの名を継承。攫われた家族の救出を目指す。


プリムス:ボイジャー・ワン(Voy‑Ⅰ)。妹同様、長瀬を追って来た。ボイジャー・ツーの兄。アルドの中で眠る(スリープモード)。ツィーラにより同化で自分が助かったので、兄も助かって欲しいと言う思いから、勝手にプリムスの名を継承。


長瀬良治:カルラディア世界に来た別世界の上位神。ツィーラ・セクンダ・ローエンの魔力回復の機関としてコアを同化。ツィーラに寄生した幽霊のような状態で彼女を援護する。


ツィーラ・セクンダ・ローエン:ローエン家長女。奴隷商人との争いで瀕死になるが、ボイジャー・ツーと同化して死を免れた。意識が回復せず深い眠りにつく。身に計三体の魂を宿す(主格:ボイジャーツー、支援機関:長瀬、セクンダ自身は眠り)。


プリムス・アルド・ローエン:ローエン家長男。奴隷商人により捕縛された。監禁状態。身にワンの魂(眠り)を宿す。


ノヴァ:ローエン家次男。アルド、セクンダの弟。奴隷商人により捕縛された。監禁状態。出荷待ち。


ホラ:ローエン家次女。アルド、セクンダの妹。奴隷商人により捕縛された。監禁状態。出荷待ち。

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