第十一話 街の灯と金策の悩み
初陣を終えた**ツィーラ**は、戦利品を背負いながらバッタニアの森道を歩いていた。朝靄が晴れ、木々の間から差し込む光が彼女の白銀の髪を淡く照らす。
(……戦えた。怖かったけれど……守れた)
胸の奥にまだ震えが残っている。だがその震えは恐怖だけではなく、確かな「前進」の証でもあった。
——ツィーラ。
この先に街がある。装備を整えるにはちょうどいい。
「……はい、長瀬様」
ツィーラは歩みを速めた。
カルラディア大陸の中央やや西寄りに位置する**バッタニア**は、山脈と森に囲まれた農山地帯だ。夏は涼しく過ごしやすい反面、冬は雪に閉ざされ交易が滞るため文明レベルは控えめだ。切り立った断崖と深い森に囲まれた街々はどこかのんびりとした雰囲気を湛え、壮大な夕焼けが山々を染める。
一見すると平和だが、四方を大国に挟まれて常に戦乱の影に晒されている。国としての体裁を保てているのは、自然の要害と上級王**カラドグ**の圧倒的な強さによるところが大きい。森の民は奇襲や包囲戦に長け、かつて帝国軍と対峙した際には強力な弓兵で大戦果を挙げた。だが地理的・外交的孤立を懸念する声も少なくない。
ツィーラが目指した街は、木造の家々が斜面に沿って立ち並び、市場には香草の匂いと焼き肉の煙が漂っていた。人々の活気に、ツィーラは思わず目を丸くする。
「……すごい……こんなに人が……」
——街は情報と物資の集まる場所だ。戦う者にとっては、ここが“始まりの地”になる。
ツィーラは頷き、武具屋へ向かった。店内には木製の盾、鉄の剣、革鎧、チェインメイルが並ぶ。ツィーラは中古の片手剣を手に取り、そっと振ってみた。
「……これ、扱いやすいです。盾も……鎧も……全部欲しい……」
——全部買うには金が足りないな。
財布を開くと、戦利品を売って得た金はおおよそ**300ディナール**。片手剣だけで250、盾200、鎧400。セクンダ自身の持ち合わせを含めても足りないのは明白だった。
「……全然足りませんね……」
——まずは剣だけ買って、他は戦利品で補うといい。
ツィーラは片手剣を購入し、戦利品の中から比較的まともな革鎧と手斧を選んで装備した。
(……これで少しは戦える……はず)
武器屋を出ると、街の外れで兵士募集の声が聞こえた。
「バッタニアの若者だ!腕に覚えのある者、雇ってくれ!」
声の方へ向かうと、青年と目が合った。
「あなた……戦えるのですか?」
「もちろんだ。狩りも戦も慣れてる。雇用料は……550ディナールだ」
ツィーラは固まる。
(……剣より高い……!?)
——兵士は“命”を預ける存在だ。安くはないさ。
長瀬の言葉に、ツィーラは然りと頷いた。身を守る道具として鉄剣のように整えられた装備は確かに大切だ。一食数ディナールの世界で、中古とはいえ鉄剣一本が250ディナールと言うのも頷ける。そして、兵士は道具ではない、命が在り戦いを通じて共に育っていく仲間でもある。その者が550ディナールで雇えると言うのは、むしろ破格なのかもしれない。そして、それだけ命が軽い世界だと言う事が人の値段にも表れている。勿論、これは兵士としての取引で、奴隷としての購入ではないから、雇った後もそれなりの待遇を保証しなければならない。ただ、頭では理解していても、実際に値段として提示されると考えざるを得ない。
人を雇うのは未経験の分野ではあるが、必死で悩んだ末、ツィーラは手持ちの金をほぼ使い切って青年を雇った。
「よろしくお願いします……!」
「任せてくれ、お嬢さん!」
(……これで、私たちは二人……)
だがすぐに問題が浮上する。
「長瀬様……兵士の食事ってどうするのでしょうか?」
——ああ。契約次第でもあるが基本的に兵食は部隊で用意しなければならない。維持費としての食料が必要。つまり……金が必要だ。勿論、贅沢な食事を用意する必要は無いが、毎日の食事は直接士気に関わる。誰だってぞんざいに扱われるより、大切に面倒を見てくれる雇い主の方が一生懸命戦ってくれるようになると予測はできるだろう?
ツィーラは頭を抱えた。武装を更新し、仲間も雇った。戦闘面は幾分ましになったが、その分お金がかかるようになった。今までのように自分一人が我慢して済ますだけでは済まなくなるのだ。程度悩みは尽きない。
まずは疲れた体を休め、考えをまとめるため宿を取り、部屋に入ると、ツィーラはテーブルに突っ伏した。兵士とは別の部屋を取り、雇い主としての責務を果たす覚悟を精密に練らなければならない。だが、部隊計画を練るにしても先立つ物が何もない。ほとほと困って、弱弱しく長瀬に相談を持ち掛けた。
「長瀬様……どうしましょう……お金、もう全然ないです」
——金策ならいくつか方法がある。
ツィーラの様子を伺っていて相談される事を想定していたのか、長瀬は淡々と選択肢を挙げ始めた。
**① 家畜を買って屠殺し、肉や皮を売る**
戦闘しなくても稼げるが、無抵抗の命を刈り取る仕事だ。罪悪感と見合わない稼ぎしか得られない。
ツィーラは眉をひそめる。「……それは……嫌です」
**② 鍛冶で武器を作って売る**
加工技術が必要だが、長期的には有効。
「鍛冶……難しそうです……」
**③ 交易で稼ぐ**
安く買って遠くで高く売る。目利きが必要で、隊長格を雇う余裕があれば別商隊を設立しても良い。
「……商人は向いてない気がします……」
**④ ならず者を狩る**
略奪者や盗賊を討ち、戦利品を売る。戦闘経験も積めるし装備も得られる。
ツィーラは小さく頷いた。「……これが一番、私に合っている気がします」
深呼吸をしてから、静かに決意を固める。
(……まずは、盗賊狩りで装備と金を稼ぐ。人を傷つけるのは嫌だけど、守るためなら仕方ない)
**⑤ 闘技場で稼ぐ**
優勝すれば高性能の装備や馬が手に入る。賭けで稼ぐ手もあるが――
「賭け?ギャンブル……ですか?」
賭け。
その言葉に、ツィーラは眉をしかめて反応し嫌悪感を露にした。
(ん?ツィーラに賭け事の概念はあったのか?……これは……セクンダの記憶が影響してる?随分貧しかったようだし……賭けで苦労した事もあったのかも知れない。)
長瀬は慌てて、取り繕うように賭け事の旨味を捲し立てた。
——あ、ほら賭け事だって悪いことばかりじゃない。町の賭け事で稼ぐ方法もある。相手の手札は私が見放題だし、負けることはないからな。はっはっは。
だが、これは彼がツィーラを……アセンダの性格を読み間違えた悪手だった。
その言葉にツィーラは激怒し、鋭い目で長瀬を睨みつけた。
「長瀬様!!」
長瀬は慌てて正座し、背筋を伸ばして冷汗を流す。
目は挙動不審に踊り、辺りをぐるぐると見回していた。
——ま、まあ、冗談だ。だが選択肢は多い。君の価値観に合う方法を選べばいい。
ツィーラのあまりの剣幕に、
長瀬は、必死に取り繕うのだった。
登場人物
ツィーラ:ボイジャー・ツー(Voy‑Zira)。AI型知的生命体。長瀬を追って来た別世界の新米神様。ボイジャー・ワンの妹。少女セクンダを救う為、彼女と同化。魔力機関としての長瀬とも共生。ツィーラの名を継承。攫われた家族の救出を目指す。
プリムス:ボイジャー・ワン(Voy‑Ⅰ)。妹同様、長瀬を追って来た。ボイジャー・ツーの兄。アルドの中で眠る(スリープモード)。ツィーラにより同化で自分が助かったので、兄も助かって欲しいと言う思いから、勝手にプリムスの名を継承。
長瀬良治:カルラディア世界に来た別世界の上位神。ツィーラ・セクンダ・ローエンの魔力回復の機関として核を同化。ツィーラに寄生した幽霊のような状態で彼女を援護する。
ツィーラ・セクンダ・ローエン:ローエン家長女。奴隷商人との争いで瀕死になるが、ボイジャー・ツーと同化して死を免れた。意識が回復せず深い眠りにつく。身に計三体の魂を宿す(主格:ボイジャーツー、支援機関:長瀬、セクンダ自身は眠り)。
プリムス・アルド・ローエン:ローエン家長男。奴隷商人により捕縛された。監禁状態。身にワンの魂(眠り)を宿す。
ノヴァ:ローエン家次男。アルド、セクンダの弟。奴隷商人により捕縛された。監禁状態。出荷待ち。
ホラ:ローエン家次女。アルド、セクンダの妹。奴隷商人により捕縛された。監禁状態。出荷待ち。




